第19話 お腹をすかせた二人の少年



 side 少年たち



「ねえ、本当に行くの? 兄ちゃん」


「もちろん」


 弟の言葉に兄は頷いた。


 村の外れにある山で昨日の昼頃に見たあの飛行機。川に沿って高度を下げていたのが見えた。翼から炎も上がっていたし、たぶん墜落したのだと思う。その音は聞こえなかったから、かなり遠くだと思うけれど。

 川に墜落したなら見つけられるかもしれない、と兄は考えていた。もちろん見つからない可能性もある。いやその可能性は高いのだろうが、もし見つかれば何か得なことがあるかもしれない。

 幸い、川を下るための小舟は村にある。魚とりは少年たちに与えられていた仕事でもあったので、使うことに問題はない。手漕ぎになるが向かうのは川の下りだ。流れに乗っているだけでいい。上手くいけばそれほど時間がかからず見つけられるかもしれない。

 もし見つけられなかったら――――その時はその時だ。失敗したと諦めればいいだけだ。


「もし飛行機が落ちていたら何かいいことがあるかもしれないだろ?」


「いいことって?」


 兄の言葉に弟は首を傾げた。飛行機が落ちて自分たちにいいことがある、という意味が分からない。


「た、例えばほら、もし人が怪我しているのを見つけて助けたら、お礼をくれるかもしれないぞ」


 露骨な自分の希望を言うことを躊躇した兄だったが、その言葉を聞いた素直な弟は、なるほどと思った。それに人助けをすることは教えられている神の意思の沿うことだ。


「そ、それに…………もしかすると、食べ物とか積んでいたかもしれないし」


 小さめな声になっている意図までは分からず、兄の「食べ物」の言葉に弟の目が輝く。

 雨期が終わってから、一日一食の日が続いている。いや、二日に一度の日も珍しくはない。それは育ち盛りの二人にとって、決して十分な食事ではなかった。

 両親もいない孤児の二人の村での扱いは良くない。反抗的ではないから追い出されることはないものの、ただでさえ貧しい村の中、影を潜めるように暮らしていた。

 特に弟は、最近数か月、夜にひどい咳をすることが多くなった。たぶん、体のどこかを悪くしたのだろう。だが、村に医者などいないし、もし居たとしても弟など診てくれないことは分かっている。そして、村人たちの「距離感」が、少しずつ広がっていっているのを兄は感じていた。


 兄として一人きりの家族である弟は守ってやりたい。だが、弟を守り切ることができるのかが分からない。

 悲しい思いを抱えながら、それを隠して兄は弟の前では元気に振舞っていた。

 そんな兄の気持ちを本当は知っているのかもしれない弟は、元気な声を上げた。


「そうだね!」


 その姿を見て、どこかホッとした思いを感じた兄が右手を上げる。


「ということで出発だ!」


「おー!」


 そして勢いのまま、兄弟は乗り込んだ船を出発させた。



 ▼▽▼▽



 side アンジェ



「ん?」


 翌日の朝。朝食ための食材を荷物室に取りに向かったアンジェは、展開していた「MAP」のスキルに反応が現れたことに気がついた。


「黄色?」


 現れた点は二つ。まだ距離はかなりある。「MAP」の端なので約30キロぐらいか。ここがスーダンであることを考えれば、黄色ということはアンジェのことを知らない人間が近づいている、ということでいいだろう。

 とりあえずその黄点に対して「鑑定」を行ってみる。



 名前:ファルーク

 年齢:13歳

 性別:男性

 状態:飢餓

 HP:―

 MP:―



 名前:デン

 年齢:6歳

 性別:男性

 状態:飢餓

 HP:―

 MP:―



 どうやら離れたところの現地人のようだ。苗字がないが、アフリカには名前しかない地域があると祖母の記憶に残っている。年齢は少し離れているから、兄弟かどうかは分からないが、二人で行動していることを考えれば家族の可能性は高いだろう。黄点が移動するスピードと表示されている場所を考えると、船で川を移動しているようだ。


 問題は…………


 この近づいている少年たちの目的だ。普通に考えれば、何かの用事があって川を下っている、ということが考えられる。その場合、この飛行機が船の往来を防いでいることが問題だ。

 もう一つ考えられるのは、昨日の飛行機が墜落したのを目撃していて近づいてきていること。健康状態が飢餓とあるから、食糧を探しに来たということも十分あり得るだろう。


 ただ、少なくとも現時点でアンジェに対して悪意を持ってはいる気配は感じない。このスピードなら、ここまで来るのにあと二、三時間くらいか。脅威は何も感じないので、アンジェは来た段階で対応を考えることにした。



 ▼▽▼▽



 side 少年たち



「おい、デン! 見ろ!」


「何、兄ちゃん?」


 時速10キロぐらいでゆっくりと川を下る小舟に揺られていた弟、デンは、何かが見つけられないかと岸を見ていたのだが兄が指差す方を見ると…………


「飛行機だ!」


 そう、数百メートル先に飛行機の尾翼部分が見える。辺りをよく見ると、川底が削られているのが見えるから、たぶん川の中に不時着したのだろう。

 見える範囲で燃えたような跡もないし、煙も上がっていない。


「もしかすると、人もいるかな?」


「どうだろう? 静かだし人の姿は見えないよ」


「とりあえず行ってみよう!」


「うん!」


 二人は櫂を手にして勢いよく舟を漕ぎだした。



 ▼▽▼▽



 side アンジェ



 舟が傍までやってきたので、アンジェは尾翼に登った。立ち上がると、100メートルぐらい先の上流から小舟がこちらに向かってくるのが見える。乗っているのは二人の少年だ。

 櫂で懸命に漕いでいるのが微笑ましい。アンジェを目にした二人の「MAP」の表示は黄色から薄い青色へと変わった。少なくとも、敵意が向けられていないのは確かだ。どちらかと言えば、好意が向けられている。



 やがて――――



 尾翼に、コツンと当たって停止した舟に向かってアンジェは呼びかけた。


「誰?」


「ぼ、僕はファルーク。隣にいるのは弟のデン。お姉ちゃんは?」


 アンジェが持つ「言語理解」のスキルが、適切な言語を選択してくれたようだ。言葉はしっかり通じているのに安心ながら、アンジェは自分の名前を告げた。


「アンジェ」



 ▼▽▼▽



 side 少年たち



 自分たちを見下ろしているのは美しい少女だった。明るい緑色の髪は染めているのだろうか? 見たことがない。

 それに、自分たちと同じ言葉、アラビア語のスーダン方言で喋っている。白人ではないけれど、スーダンの現地人でもない。


 少し戸惑いを覚えながらファルークは、アンジェに話しかけた。


「こ、この飛行機、どうしたの? 何か困っていない?」


「墜落した。今は困っていない」


 何を言えばよいのかが分からずに、困っていることがないかを尋ねたファルークだったが、端的に答えられてしまい、どうしようと隣にいる弟の顔を見た。

 すると弟のデンが、何の遠慮もなく少女に話しかけた。


「お腹が空いたの、僕たち」


「おい!」


 慌ててファルークはデンの口を塞ぐ。


 確かに自分たちが困っているのは食事だ。だが少女も、いきなりお腹が空いたと言われても困るだけだろう。

 この飛行機は昨日、事故に遭ったばかりだ。このアンジェと名乗った少女は被害者だ。困っているのはアンジェの方だ。


「ご、ごめんなさい」


 謝るファルークを見たアンジェは、少しの間、何かを考えて「待ってて」と言って尾翼の向こうへと姿を消した。こちらに降りてくるのだろうか…………自分たちは何か騙されているんじゃないだろうか…………

 本当に待っていて良いのか、と思いつつもファルークは、真っ直ぐに自分を見つめたアンジェの瞳に囚われたかのようにこの場を離れられないでいた。横ではデンが、期待を込めた視線をアンジェが去った尾翼に向けている。



 やがて――――



 十分ほどすると、バシャバシャと音が聞こえてきた。


 二人が音が聞こえた方に顔を向けると、アンジェが川の中を歩いてくるのが見えた。今、小舟が佇む尾翼の場所の水深は一メートルほどだが、機体が乗り上げる形になった川底は、土が削られて脇に積もったのか、どうやら水深が浅いようだ。水面はアンジェの膝下ぐらいにある。


「これ」


 近づいてきたアンジェが立ち止まったのは尾翼の横の辺り。水中は濁っているから分かり辛いが、その先は深くなっているのだろう。そして、アンジェが何かを差し出した。少し大きな巾着袋だ。

 ファルークは小舟を漕いでアンジェのところに近づき、差し出された袋を受け取った。


「これは?」


「ご飯。食べて」


「え? いいの?」


「ん」


 全く想像していない出来事に直面したファルークは、反射的に返事をしていた。デンもご飯、と言う言葉を聞いて横で目を輝かせている。


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