第15話 【閑話】大叔母と女神(前編)
※この閑話は、アンジェが大叔母と会う直前の話です。
side 華星 美月(アンジェの大叔母)
「……うっ」
意識が唐突に覚醒し、目を開けるとそこには真っ白な世界が広がっていた。
――――ここは?
倒れた状態から身を起こして辺りを見渡すが、「白」以外の何もない。天井も空もない。壁もない。それどころか身を伏せていた地面すら白い何かだった。
決して寒くはなく、もちろん暑くもない。
空気すら白く見えるところをみると、まるで死後の世界に足を踏み入れたかのように感じる。
「ええ、だいたいそんなところよ」
聞こえてきた声に思わず肩をビクリとさせて振り向くと、そこには高貴な雰囲気を漂わせた若い女性が立っていることに気が付いた。
乳白色に輝いているキトンを纏うその女性は、美月にとって「女神様」と称する存在のように見える。
さっき辺りを見渡した時、こんな女性も椅子も絶対になかったはずなのに…………目の前にいる女性がもしも女神なら、やはり自分は死んだのか。
「ちょっと違うわね。正しくは死にかけよ」
「死にかけ?」
考えを読んで返事をしているとしか思えないが、女神ならそれも当たり前かと、あっさり状況を受け入れた美月を、女神は柔らかな笑みで受け止めた。
「ええ。あなたが乗った飛行機がエンジントラブルで墜落、今、あなたは大怪我を追って生死を彷徨っているところ」
なるほど、と美月は思った。簡潔な説明だったが、自分に何が起きたのか、自分がどういった状態なのかを把握した。そして記憶が浮かび上がってくる。
そうだ、スーダン上空で突然エンジンから出火、機長がメーデーを発信したと聞いた直後に、機体の制御が失われ窓から地上が急激に近づてきた光景を思い出した。
ということは…………
「エンジントラブルは事故? それとも――――」
「ええそうね。事故じゃないわ」
女神の言葉に、美月は「そう」と小さく呟いた。
「仕掛けたのは、誰? もしかして…………?」
「残念だけれど、それは教えられないわ」
「え? なぜ?私は助からないからここに呼ばれたのでは? 自分の死因ぐらい知っておきたいと思うのはダメなのかしら?」
「あなたはまだ死んでいないわ。そして死ぬ予定ではないのよ」
「でもさっき、死にかけといってたわよね?」
「ええ。正しく表現するなら、これから死にかけのあなたを救いに来る者がいるわ」
「救いに来る?」
そして美月は姿勢を改めて、正座した。
「それが誰かは、教えて貰えるのかしら?」
すると、目の前の女神が「はあ」とため息を吐く。
「なんでそんなに敏いのかしら。この『白い世界』に送られてきて、それだけ冷静な人は少ないのよ。まあ、そうでないとあれだけ大きな財閥の運営はできないのだろうけれど…………」
「私の評価を高く見てくれているのは嬉しいけれど、それよりも救われるかもしれないという理由を教えてもらっても?」
「……こんな状況をすぐに受け入れて、質問をすぐに返してくるのも、やはりあなたが並の人じゃないことを示しているのかもしれないわね」
心底あきれた表情で美月を眺めた女神だった。
「まあいいわ。えーっと、あなたのお姉さんのことを覚えている?」
女神の言葉にきょとんとした表情を見せる美月。
「私の姉? もしかすると亡くなった彩夢姉さんのこと?」
「そうそう。その彩夢さんだけれど、亡くなったあとに異世界に転生したのよ」
「……………」
言葉が出ずに、大きく目を見開いて女神を見つめる美月の表情に、女神はうんうん、と頷いた。
「そうそう、驚いていいのよ。それで、その彩夢さんが異世界でいろいろあって誕生したのがアンジェという女の子なの」
「……………」
「そのアンジェがね、運悪く、異世界で敵に倒されてしまい、それを不憫に思った彩夢さんが、この世界に送ってくれる――――転生させてくれることになったのよ。それで、そのアンジェという女の子がこれからあなたを助けてくれる予定、ということね。わかった?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、待って、待って」
驚いた表情のまま、美月が何とか声を振り絞った。
「ま、まず聞きたいのだけれど――――彩夢姉さんが亡くなってから異世界に転生したという部分はまあいいわ。そんなことがあるという事実だけ認識すればいいだけだし。まず、そのアンジェという女の子は誰? まさか、彩夢姉さんが異世界で生んだ子どもなの?」
「正しくは違うわね。だって、異世界に転生した彩夢さんの種族は人族じゃなかったから」
「ひ、人族じゃないって、何? 彩夢姉さんは何に生まれ変わったと言うの?」
「神龍よ」
「は、はあ? 神龍?」
想像外の言葉に美月は絶句した。さっきから驚かされてばかりだが、「神の龍」と言われても分かるはずがない。
「簡単に言えば、ドラゴンね。それも力を持った」
「ド、ドラゴン…………彩夢姉さんが? あの美しい彩夢姉さんがドラゴン? 爬虫類に生まれ変わったというの? ま、まさか!?」
何とか言葉を振り絞る美月。
「何か勘違いしているようだけれど、異世界のドラゴンとはオオトカゲじゃないわ。もっと高貴な存在よ。この世界のイメージで言えば東洋の龍をイメージすれば近くなるかしら? 一応、ドラゴンにもピンキリあるけれど彩夢さんが転生した神龍とは、異世界でトップに立つ生命体で、それも不老不死の存在と言って良かったのよ」
「…………」
「それで、アンジェと言う女の子は、神龍が作り出した分身――ヒト型をした仮初の身である「御使い」が創り出したのよ。イメージでいえば神龍の孫、という存在と覚えておけばいいわ」
「ま、孫…………彩夢姉さんに孫……私ですら孫はいないのに…………」
何かがピンポイントに引っかかったのか、遠い目で空を見上げる美月。もっともその目に映るのは白い空気だけだが。
「この世界のイメージだと、生命体とは主に交尾により誕生するけれど、異世界では、ドラゴンぐらいの高貴な生命体は精神の力で子孫を産み出すことができるのよ」
「……まあ、いいわ。それで、その彩夢姉さまの孫という立場のアンジェと言う女の子が、事故で死にかけている私を助けに来てくれる、ということね?」
少し疲れた表情を見せながら、美月は頷いた。
「ええ。理解が早くて助かるわ」
「ドラゴンがいるような異世界なら、魔法とかも使えて、そのアンジェは治癒効果のある魔法が使える、ということでいいのかしら?」
「ふふふ。本当にあなたは頭の回転が速いわね。優秀よ。びっくりするぐらい」
「お世辞はいいわ。それよりも、今の私の認識は合っている?」
「ええ。その認識で間違っていないわ」
「もう一つ聞きたいのだけれど…………治癒の力を持ち、そして異世界で亡くなったならアンジェはか弱い聖女ということ?」
「ふふふふふふ」
美月の言葉に、女神が突然笑い出した。
「あ、アンジェがか弱い? しかも聖女ですって? いいわね、あなた!!」
「…………?」
不思議な顔をしたままの美月を置き去りにして、ひとしきり笑い転げた女神は、しばらくしてからようやく話し始めた。
「ああ苦しかった…………ごめんなさいね」
「そんなに笑い転げる、ということは…………」
「そうよ。アンジェはか弱い娘なんかじゃやないわ」
そう告げる女神の表情は、何かを軽んじているような影は見られない。心底、そのアンジェという美月にとって又姪となる存在が、特別であることを物語っていた。
「彼女はこれから地球に転生してくるけれど――――正しく言えば、すでに転生は終えているのだけれど、異世界で得られた力が使えるアンジェは、間違いなくこの世界で『無敵』『最強』と言える存在よ」
「無敵? 最強?」
小首を傾げる美月。
「ええ。誰一人、アンジェに害を成すことなどできやしないわ。例えば、どこかの国がアンジェに向かって核兵器を放ったとするわ。そしてその核兵器がアンジェの真上200メートルの地点で爆発したとしましょうか」
「核兵器が真上で爆発? そんなことが起きたら…………」
「そう。普通なら真上で核爆発が起きればどうすることもできないわ。この世界では、その直下にいる生命体は消滅すると言ってよいわね。でもアンジェなら、爆発した後で、そのエネルギーや放射性物質を、自分に届く前に太陽の中に転移スキルで放り込むことができるはずよ」
「は、はあ?」
女神の言葉を想像すらできなかった美月は、思わず変な声を上げていた。
「それにその気になれば、アンジェは核爆発により生じたキノコ雲の中ですら生存できるわ。爆風や熱放射をそのまま受けたとしても傷一つ、やけど一つ負うことはない。彼女が使える『無効』のスキルは、最高レベルだからそうした事象を全て無効化できるの。それこそ、深海でも生存できるし、宇宙空間ですら難なく生存できるのよ、アンジェは。太陽に生身で突っ込むこともできるわ。空気は必要だけれど、それは転移スキルで安全な場所から持ってくることができるから」
「…………」
「もちろん彼女のその『無敵』といえる力を以てしても、異世界で敵に討たれたわ。でも、それは彼女が油断したとかじゃない。アンジェが守りたいアンジェが愛したミナトという男性を守るため、異世界人特攻武器の前に彼女は身を投げ出したの」
「異世界人特攻武器?」
「ええ。異世界人にのみに致命傷を与える武器よ。嫌よね異世界って。魔法とか使えても、そうした特殊武器への対抗手段がないのだから」
「ということは、ミナトというアンジェが愛した男性が異世界人だったということなの?」
「そうよ。ミナトはこの地球で生まれ育った人間で、アンジェの異世界に転生したの」
美月は目を閉じ、こめかみに指を当てて頭をゆっくりと振った。
「ちょっと、整理させてもらってもいい?」
「ええもちろん」
そして女神は、どこから取り出したのかカップを手に、さらにいつの間にか現れた椅子に座ると、ゆっくり口をつけ始めた。その姿を見ることなく美月は、ブツブツと呟いていた。
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