第13話 女神が創ったストーリーとは?
「女神…………さま?」
アンジェは、キョロキョロと辺りを見渡したが、足元に倒れる女性以外に気配は感じられない。
『ええ、そうよ。あなたが「白い世界」で会った女神とは違う女神だけれど』
その言葉を聞いた瞬間、アンジェの「察知」のスキルに反応が現れる。意識していなかったが、
目の前だ。
すると、空中にスーッと浮かび上がるように、キトンに包まれ宙に浮いた女神が現れた。その容貌は、転生前の「白い世界」で会った女神とは違う。もう少し落ち着いた感じを纏っていた。
「この世界を担当する女神さま?」
「その考えで合っているわ。それと、私の方が落ち着いているって見抜いたみたいね。その通りよ」
胸を逸らした女神の姿に、アンジェの評価は少し落ちたが口にはしない。
「そう…………」
そして、その「自称女神様」は、いろいろと教えてくれた。
まず、アンジェがこの場所に現れたから飛行機が落ちたのではなく、飛行機が落ちることが分かったので、この場所がアンジェの転生先として選ばれたということ。
だからアンジェが心配した、この世界にアンジェがきたことで事故が起きた、というわけではないと教えてくれた。
アンジェは、少しだけ胸をなでおろした。
それと、息を吹き返したこの女性は、アンジェが思った通り、祖母がこの地球にいた頃の妹でアンジェの大叔母だった。アメリカの七大財閥の一つ、ミラー財閥の創立者と結婚したそうだ。夫はすでに亡くなっているので、現在はこの大叔母がミラー財閥を率いている。
この世界を管理、調整している女神でも、世界に対して大きな改変を行うことはできないが、細かな事象に対して僅かに手をつけることはできるようで、女性の記憶を少し変えたそうだ。
女神が創り出したストーリーはこうだ。
大叔母の女性にとって
アンジェがガーナを目指した目的は、「カクム国立公園」や「ヴォルタ湖」。ガーナは、比較的治安が良い国で、その大自然を経験するためアンジェが望んだことだ。もちろん、一人で向かったといってもプライベートジェットを使っているし、ガーナでは先に、アンジェが通う私塾の講師が現地入りして待っていた。
しかし、ガーナに向かう途中で、搭乗していた航空機がトラブルを発生、スーダン上空で消息を絶った。
一週間が経過、安否情報も一切不明のままだったことで痺れを切らした大叔母が、プライベートジェットを使いアメリカから捜索のためスーダンに向かった。だが、その途中、アンジェが行方不明になったスーダン上空で、同じように航空機のトラブルが発生、墜落したというストーリーだ。
つまり、ここはアフリカ大陸のスーダンということになる。暑く感じるはずだ。
実際のところは、仕事のためプライベートジェットでガーナに向かっていた大叔母が、機体トラブルで墜落に巻き込まれただけのことらしい。それを軸に、女神曰く、僅かな改変を行ったそうだ。
少々、強引に思えるストーリーだが、大叔母の行動自体は変えていない。これくらいの改竄なら女神の裁量に任されているということだった。
なによりスーダンは、アフリカ大陸の諸国の中で治安が悪いベスト5に入る。
アンジェが助かったストーリーを構築する上では、辻褄が合わせやすいそうだ。それと、この事故は大叔母にとってかなりの危険を及ぼしていた。一命をとりとめるところまでは世界に干渉したそうだが、できればそれ以上のこと、例えば救命とか、救出とかはアンジェに任せたかったそうだ。
「――――これだけ改竄するのは、結構、大変だったのよ」
少し遠い目をする女神。
どうやら女神が行った改竄は、イレギュラーの面が多かったのかもしれない。
「部長が、始末書だせとか言うし。部長とか部長とか部長とか…………」
「そう……ありがとう」
ブツブツと呟いている女神を見て、大変だったことが分かったアンジェは、一応、礼を言っておくことにした。
「まあいいわ。とにかく、あとは任せたわよ」
どうやら、この後はアンジェに任せるみたいだ。
「ここスーダンは、かなり治安が悪い国よ。でも、あなたにとって関係ないわよね?」
「ん」
そう、アンジェは前の世界で得られた力をこの世界でも使うことができる。どんなに治安が悪かろうとも大叔母を守ることに何の支障も問題もない。身を守るだけなら「無効」のスキルを大叔母にかけておけば、例え銃弾であっても、極端な話、目の前で爆弾が爆発しても、怪我一つ負うことはない。
あるいは、大叔母の家に「転移」スキルを使って帰ることも不可能ではない。上空、いや宇宙空間に転移して地球を一周すればアメリカ大陸はすぐだ。まあ、家の正確な所在地が分からないから、少し苦労するかもしれないが。
「分かっていると思うけれど、私が作ったストーリーにできるだけ合わせた行動をお願いするわ」
「ん。分かった」
確かに女性の家に転移で戻ったら、今、女神が言った「辻褄合わせ」をアンジェの力で行うのは難しいだろう。疲れた表情を見せている女神に、これ以上の負担はかけない方が良い。それぐらいの感謝の気持ちは女神に向けるべきだ。
「まもなく国連が捜索隊をここに向かわせることになるわ。あなたの大叔母さんはこの世界でビッグネームだから。たぶん、一週間ぐらいで来るはずだから、それまで頑張ってね」
「敵は来る?」
「残念だけれど、ここはスーダンだから…………プライベートジェットが墜落した、ということが分かれば有象無象が押し寄せることになるわね」
「そう」
まあ、有象無象がいくら来てもアンジェに問題はない。
「一つだけ教えておくと…………今回、あなたの大叔母さんが乗った飛行機がここスーダンで墜落したのは偶然ではないわ。誰かが仕掛けたものよ」
「それって、暗殺?」
「まあ、似たようなものね。詳しくは教えられないけれど、今後、押し寄せてくるであろう有象無象の中には大叔母さんの敵対者が含まれる可能性もあるから。アメリカに帰ってからは特に注意してね」
「分かった」
「それと…………あなたの大叔母さんはかなりファジィ―な考え方ができる女性だけれど、あなたの力を見せすぎるとびっくりするかもしれないから。力の使い方に気を付けてね」
「ん」
国連関係の救援がくるまでの一週間という時間は、ただここで過ごすことを考えれば長い時間だと言える。だが、その長い時間であっても力を見せずに大叔母を守ることは簡単だ。眠らせてしまえばよい。
でも、おそらくそのストーリーを女神は歓迎していない。これから大叔母と共に暮らすことを望んでいるのだから。極限状態だからこそ得られやすい関係もある。それをアンジェに築いて欲しいと思っているはずだ。
そしてもう一つ。女神はアンジェに「力を大叔母の前で使うな」とは言っていない。「力の使い方に気を付けて」と言っただけだ。アンジェは、女神の忠告をしっかり心に刻んでおくことにした。
「ああ、それともう一つ伝えておかなきゃいけないことがあったわね」
「?」
「一応あなたは、自分が乗った飛行機が墜落後、記憶の混乱があって雨期後の草原化した一帯を彷徨っていた、ということになっているから」
「ん」
「まあ、目の前にいるあなたの大叔母さんは相当な辣腕を振るっていたし、異才の持ち主でもあるから、あまり心配しなくても理解は早いと思うわよ」
「ん」
普通に考えれば、15歳の少女が飛行機の墜落に巻き込まれ、無傷で一週間もスーダンを歩き回っていたなど、映画の設定でもあり得ないだろう。そんなことができるのは屈強なアメリカンヒーローだけだ。
だが、それを踏まえた上で、大叔母にアンジェを上手く理解させることができると女神は言っているようだ。
まあ、アンジェが何をすればよいのか、ということは分かる。
「それに大叔母さんの記憶の中にあるあなたは、類を見ない才器を持っていることになっているから、大抵のことは受け入れてくれるはずよ」
「…………ん」
アンジェ自身は、その才器がどういったものなのかは分からない。だが、どうやら大叔母の中にあるアンジェの偶像には「天才」――――いや、もしかすると「鬼才」という文字が付帯しているのかもしれない。
それは利用させてもらおう。
目の前にいる女神は、相当苦労して異世界転生後の辻褄合わせ、調整を行ってくれたようだし、それを無駄にするわけにはいかない。
なので、アンジェはもう一度しっかりと返事をした。
「わかった。大丈夫」
その言葉を聞いた女神は、満足したのかニコリと微笑んだ。
「じゃあ…………もし機会があれば、また会うこともあるでしょう。あとは頑張ってね」
片手を胸の前で小さく振る女神の姿は、威厳のようなものは感じられなかったが、どこか微笑ましかった。
「ありがとう」
アンジェは短く礼を言うと、再びスーッと薄れゆく女神の姿をただじっと見つめていた。
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