第12話 アンジェが助けた女性は…………
腕を投げ出して床に横たわる女性は、薄い紫色をしたシックなボウタイブラウスとフレアスカートを着用している。髪はアップにまとめていた。
しかし、その女性の横顔を見た時、なぜかアンジェの胸はドキリと跳ねた。
――――え?
驚いた理由は、その顔が異世界でのアンジェの母であった「御使い」に似ていたからだ。
「御使い」は、祖母である「神龍」が作り出した人型の分身であり、そしてアンジェはその「御使い」が作り出した娘だ。だから母である御使いとアンジェは、同じ年齢、少女という共通項があった。もちろん顔の容姿も似ている。
というか、他人が見れば双子の姉妹に思う者も多かっただろう。
しかし、今、目の前に倒れている女性は少女ではない。アップにまとめた髪から伸びる首筋も肌の極めは細かくない。老女とまではいかないが、おそらく50代から60代ぐらいだろうか?
ただ、女性の顔の造り、いや在り方は母である「御使い」がどうしても思い浮かぶ。「御使い」の髪色は、アンジェのエメラルドグリーンの色ではなくピンク色だった。しかし目の前の女性は黒髪だから見た目の印象は違う。だが、その容姿から抱く印象は全て、アンジェの記憶にある「御使い」そのものといってよかった。
「母」という意味合いを深く考えれば、もしかするとその役割は、「御使い」よりも目の前の女性の方が担っていたといって良かったかもしれない。
しゃがみ込んだアンジェは、そっと手を伸ばし、その顔に手を触れる。
――――冷たい
そう、その体温はかなり低いことが分かる。よく見ると、床面と頭部の間には、小さな血だまりも確認できた。慌てて首筋に手をやると、脈は触れることができた。かなり弱々しいが。
どうやら、この女性は瀕死の状態のようだ。
「完全再生!」
アンジェは、反射的に治癒をもたらすスキルの最上位版を発動させた。アンジェの
白い光が女性の体を覆うと、一瞬だけ強く光り、そして消えていった。
――――どうだろう?
おそらくこれで助かったはず。アンジェは、確認のため「鑑定」スキルを使った。
「鑑定!」
脳裏に女性のステータスが表示される。
名前:華星 美月(ミツキ・ミラー)
年齢:55歳
性別:女性
状態:健康
HP:―
MP:―
どうやらステータスの表記も、元の異世界とは違うようだ。この世界に住む人々は、HP、MPがないのか、そういった概念を持たないのか…………ただ、HP、MPが表示されているということは、その意味合いがこの「世界」に認識されていることは確かだろう。
それよりも、表示された名前にアンジェは覚えがあった。記憶を探る。
――――あった!
祖母である神龍がこの世界にいたときの名前と同じ「華星」姓だ。
そして、さっき心が大きく動いたのも当然だ。この女性は祖母が地球にいた時の実の妹と同じ名前だった。もちろん同姓同名の他人ということもあり得るかもしれないが、それは違う。
アンジェはこの女性に「母」を感じた。それに祖母の記憶からは、穏やかで温かな感情が目の前で横たわる女性――――妹に向けられているのを感じることができたからだ。
――――間違いない
祖母はこの世界にいた時、日本の有名な華道の宗家の一員だった。時間があればもっと記憶を探りたいが、祖母は異世界に転生したあと、「神龍」として何十万年と生きていた。異世界転生する前の、この世界にいたころの祖母自身の記憶は、もうほとんどが深いところに仕舞われている。いや封印されている、といった方が良いだろうか?
だから、アンジェは蘇った記憶を元に考えることにした。
まず、祖母の妹ということは、アンジェから見ると「大叔母」に当たる。
そして、女性の名前には「ミツキ ミラー」という表記も書かれている。日本名と外国名が並んでいるということは…………祖母の記憶によれば、婚姻による永住権の獲得を行うなど、何らかの方法によって二つの国籍を持っているのかもしれない。
そういえば、自身のステータス表記はどうなるのだろうか?
ふと思いついたアンジェは、早速、自身に向けて「鑑定」スキルを使ってみた。
「鑑定!……え?」
脳裏に現れたのは…………
名前:華星 杏樹
年齢:15歳(∞)
性別:女性
状態:健康(∞)
HP:∞
MP:∞
「…………これって? 無限大?」
そう、名前と性別以外の表記には「無限大」の記号がついている。アンジェが持つ常識で考えると、「HP」が無限大、さらに年齢にまで同じ無限大の表記があるということは「不死」という意味合いなのかもしれない。
アンジェの祖母である神龍も、前の世界では事実上の不死に近い存在だった。そのことを嘆く祖母の記憶もアンジェの中に残っていたが、祖母が持つ「不死」とは
とはいえ、「不死」の存在を示されていることは仕方がないのだろう。アンジェは、「御使い」の娘であると同時に、不死の存在だった「神龍」の孫なのだから。
――――まあ、いいか
アンジェは深く考えることはしなかった。
少なくともこの世界で生きていく上で、HPやMPが無限大というのは大きな利点ともいえる。その時間が長く過ぎていったあとのことは、その時点で考えればいいだろう。
小首を小さく傾げただけで、ステータス表記についての考察を、アンジェは終了させた。
――――そんなことよりも……
そう。今、考えなければならないのは目の前の女性、大叔母についてだ。
なぜ、転生後すぐに大叔母に会えたのか?
どう考えても、この場所で、この地球で血縁がある女性と遭遇した、というのは偶然ではない。
いや、そんな偶然があるとは信じない。おそらくこの結果は、この世界へと転生させた「
もちろんアンジェの能力があれば、一人で生きていくこと自体はできる。それこそ、スキルを使えばお金だって好きなだけ手に入れられる。
何も窃盗のような犯罪に手を染める必要はない。
極端なことを言えば、太陽系の他の星に転移して、重金属を手に入れて販売すればよいだけだ。この世界は国単位で道徳も法律も異なることが多いから、売買はなんとでもなるだろう。そして、そのために必要な「力」をアンジェは持っていた。
それでも――――
この世界で、未成年の少女が社会に受け入れられるためには、最初から家族の元にいた方が良いのは確かだった。その方が、余計な面倒ごとを封じることができる。
ただ、少し気になることがある。
もしかすると、アンジェとこの美月という大叔母を出会わせるため、この飛行機が墜落したのではないか、ということだ。
もう一度、探索スキルを使って探ってみたが、この飛行機に目の前の女性以外の生存者はいない。というか、探知できる数百メートル四方には、人の存在が確認できない。ここはかなり僻地の場所なのだろう。
もしもこの事故が、アンジェがこの世界での居場所を設けるために引き起こされたのだとしたら?
客室にいた男性二人、そしてコックピットの機長と副機長、合計4人の人の命が失われたのはアンジェのせいなのではないだろうか?
『ふふふ…………違うわよ』
その時、脳裏に女性の声が響いた。それは転生前、「白い世界」で出会った女神の声に似ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます