第1章(過去) 異世界からの転生先は、地球だった

第11話 墜落した飛行機



 side アンジェ



 浮遊感がゆっくりと体から抜けるのを待ってから少女アンジェはゆっくりと目を開けた。木々が辺りを覆う中、その中でも一際大きな木の根元に立っているのを確認する。


 アンジェはまず、自身を確認する。

 服装は、白いTシャツに白い短パン。もちろん、彼女がいた元の世界の服装ではない。この「地球」における標準的なものだろう。

 靴はいわゆる「運動靴」。白いトレーニングシューズと呼ばれる靴だ。

 ちなみに、服も靴もその情報は、アンジェの祖母神龍の知識から得たものだ。


 前の世界では、ほぼ着物を着ていたのだが、「転生」したことでどうやら着衣も変化したようだ。もしかすると容貌も変化したかもしれない。



 ――――後で確認しておこう



 アンジェにとって自身の容姿は特に気にするものではない。だが、もしも転生前と比べて大きく変化しているなら、仕草や言葉も変化させた方が良いかもしれない、と思ったからだ。


 空を見上げると、雲が浮かぶ青空が見える。気温はこの薄着でも少し暑く感じるぐらいだ。時刻はお昼ぐらいだろうか…………

 果たしてこの場所は、地球のどこに位置する場所なのか?

 後でスキルを使って上空から確認しておこう、とアンジェは考えていた。この星の地図は祖母の記憶に残っている。


 お腹が空いていないことを確認してから、アンジェはゆっくりと歩き始めた。


 自身が、この世界地球に「転生」したことは分かっている。あの女神—―――いや「調整者」との会話ははっきりと記憶の中に残っている。



 その時――――



 ゴオオオオ……



 大きな振動がアンジェの身を襲う。同時に、木々の間から、空を銀色の何かが横切っていくのが見えた。かなり低空だ。翼を持つその物体は、炎を纏っている。



 ――――あれは……飛行機?



 今まで見たことがない物体だったが、記憶を探ると、今、上空を横切ったそれが何だったのかはすぐに分かった。アンジェがいた異世界は「科学世界」ではない。「魔法世界」だった。「飛行」という行為はスキルや魔法で行うことができたが、飛行できる「機械」というのは初めて見た。



 ――――この世界に、空を飛ぶ「機械」があったのは知っているけれど…………



 ドン!!! ガガガガガガ!―――――ドン!



 大きな地響きが聞こえる。今見た飛行機が墜落したのだろう。爆発した音は伝わってこないから不時着ができたのだろうか…………もしかすると生存者がいるのかもしれない。


 少し迷ってからアンジェは、ゆっくりとその音がした方角へと歩き出した。


 この「地球」と呼ばれる惑星で、アンジェが一人で生きていくことが困難なことは分かっていた。もちろん、それが無理ということではない。ただ、この世界の生活の基本は「社会」にある。社会とは他者との協力関係により成り立つ。まあ、一人で生存環境を整えられる者からすれば、それは協力関係ではなく依存関係にしか見えないのだが…………


 ただ、地球では社会に溶け込めることが、トラブルを回避できる近道になるはずだ。そして、「転生」したばかりタイミングで飛行機の墜落事故に出会うことは、もしかするとあの女神が調整してくれたのかもしれない。社会に溶け込むためのきっかけとして。


 とにかく、この「世界」で生きていくための一歩を記すために必要なことが何なのか、ということを考えると、おそらくそれは「端緒」だ。あとは得られたその端緒に十分な意味が込められていればなお良い。



 ■□■□



 ガサッ



 黒い煙が上がる中、30分ほど歩いたアンジェは、身長ほどある草をかき分けて川に出た。スキルを使えば空中を移動することもできるが、急ぐことは何もない。まずは、この世界の感触を得るためにアンジェはゆっくりと行動していた。

 現れた川は幅が10メートルくらいはある。だが水深は深くないのだろう。そこに先ほど見かけた飛行機が着水していた。沈んでいる部分は1メートルもない。


 飛行機の全長は約30メートル100フィート。おそらく、プライベートジェットであることが記憶から引っ張り出される。


 延焼しているのは翼部分で胴体には着火していないが、コックピットの部分は大きく破損している。おそらく着陸時に壊れたのだろう。パチパチと何かがはじける音と共に煙が上がっていて、鼻をつく臭いが川に広く蔓延しているようだ。


 記憶を辿ると、この飛行機が置かれている状況がよろしくないことが分かる。


 川に残る引きずったような跡を見れば、かなりの距離をこのジェット機が進んだことが分かる。一応、不時着にトライして成功したようだが、コックピットの破損を見ると、機体そのものに損傷はなくともコックピットの乗員の命が助かっているかはかなり怪しい。


 それでも、アンジェはゆっくりと機体に近づいていった。



 ■□■□



 アンジェは異世界で、「神龍」が生み出した「御使い」によって、同じように生み出された存在だ。いわば「御使い」が母で「神龍」が祖母のようなポジションと言ってよかっただろう。

「御使い」が生み出した彼女を命名したのが「ミナト」。彼は、彼女が今回訪れたこの世界地球で生まれ育った男性だったが、亡くなったあとで異世界に転生、そこでアンジェと出会った。

 その後、ある事件が起きた時、ミナトを守り命を落としたアンジェは、祖母と言える神龍の「ひらがなスキル裏スキル」によって、この世界へと転生してきた。


 アンジェは、元の世界で得ていた力を使うことができる。ミナトの眷属だったのでミナトが持つスキルと、そして祖母の神龍が持つスキルを、「ひらがなスキル」を除いて、自由に使うことができた。


 アンジェは「人間」として転生したが、それは形だけだ。元の世界で得ていた力を使える少女を、この世界で害せる者は恐らく存在しないだろう。



 ■□■□



 周囲の状況を探るための探索スキルを起動させると、どうやら飛行機の中には、客席に一人だけ生存者がいるのが分かった。残念だが、やはりコックピットは全滅している。探索スキルには、四人の反応を失った体が現れていた。コックピットの二人は機長と副機長だろう。客室内の二人は誰だろうか?

 焼け焦げた臭いが漂う中、アンジェは躊躇うことなく機体へと近づいた。アンジェにとって、自身と関りがない他者の生死は忌憚を向ける対象ではなかったから、人が焼けたような臭いが混じっていても戸惑いはない。


 胴体着陸したジェット機はプライベートジェットとはいえ大型だ。破壊された機体から覗くキャビンはカスタムされているようで豪奢に見える。その室内が覗ける破壊された部分は地上から5メートルほどの高さにある。破壊された部分から機体内部への進入路は、本来、少女の体であるアンジェが乗り込める高さではないが、元の世界で持っていた能力が使えるアンジェには関係なかった。


 アンジェの足元に白い光で作られた「浮遊」スキルの魔法陣が広がる。


 その魔法陣に乗って、スーッと音も立てずに浮かび上がったアンジェは、川の中に沈むプライベートジェットの、大きく縦に破断した隙間から室内へと足を踏み入れた。



 ■□■□



 広々としたエレガントだったはずの室内は、着陸の際の衝撃だろう、至る所が無残に破壊された状況になっている。乳白色の革張りの座席は床に転がっており、テーブルは反対側の窓から半分が突き出た状態だ。


 アンジェは、まだ煙で覆われたその客室内をゆっくりと奥へと進んだ。


 途中、二人の男性が倒れているのを見つけた。さっき探索スキルで見つけた客室内の反応がなかった二人だ。制服のようなものを着ているので、キャビンアテンダントだろう。プライベートジェットには男性のCAも珍しくないと祖母神龍の記憶にはある。もっとも首が向いてはいけない方向に折れており、すでに命は失われていたが。


 探索スキルに反応した生存者がいる場所はもう少し奥だ。アンジェは、二人の男性の遺体にチラリと視線を向けただけで、そのまま周囲を確認しながら進んだ。



 そして――――



 大きく壊れた扉にできた隙間から反応があった個所に入ったアンジェは、そこに一人の女性が倒れているのを見つけた。


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