第10話 【閑話】オリビアの突撃取材(対サンダー)
side オリビア(AAKニュース)
バタン…………
(車のドアが開く音がして、二人が降りて駆けてくる)
「サンダーさん!」
「なんだい?」
「すいません、お忙しいところ。少しお話をお伺いしたいのですが?」
「あなたは?」
「ああ、申し訳ありません。私はAAKニュースの
「ええと、ミセス・オリビア…………」
「リブと呼んでください、サンダーさん」
「そうかい? ではリブ、何の話を聞きたいんだい? この後、ニューヨークの試合に向かうから時間がない。歩きながらでも構わないか?」
「もちろん。感謝します、サンダーさん。まず、Congratulations!(おめでとうございます!)」
(歩き始めた二人の前には、カメラを構えながら歩くスタッフの姿がある)
「ああ、昨日の試合のことか」
「ええ。一打逆転のピンチで三者三振のピッチングは素晴らしかったです。ファンも大きな声援を送っていましたね」
「ありがとう。昨日は調子が良かったよ」
「これで、今シーズン40セーブ目ですね」
「ああ。応援してくれているファンには感謝している」
「どうでしょう? このままいけば、MLB記録の62セーブも更新できるんじゃないんですか?」
「そうなるといいけれどね。セーブは個人の記録であって個人の記録じゃない。チームの力が必要だからね。まあ、そうなるよう頑張るよ」
「特に今シーズンは絶好調じゃないですか?」
「そうかい? ありがとう」
「だって、今シーズン、あなたから打点を放ったバッターはただ一人だけです。アンジェ・ミラーのみというのはすごいことです」
「…………そうかもしれないな」
「ところで一つ、噂を聞いたのですが?」
「噂?」
「ええ。エンジェルボールの」
「……………」
「あなたの娘さんが病院を退院されたという話と、その退院にエンジェルボールが関わっている、という噂を聞いたんです」
「sorry(すまない)、その話は答えられない」
(立ち止まるサンダー)
「答えられない、ということは、何か関係があったということですね?」
「…………」
「分かりました。ちょっと待ってください――――カメラは止めて。それと、ここからは私だけがインタビューするわ……ええ、構わない。事務所で待っていて――――申し訳ありません、サンダーさん。カメラマンは帰らせます。ここからは、オフレコにしますので少しお話をお伺いしたいのですが?」
「一つ確認しておきたいが、リブ、あなたは何を知りたいと思っているんだ?」
「全てです。アンジェ・ミラーのことを。彼女は何を成し遂げて、何を人々に与えているのかを。そして――――彼女が何者なのかを」
「では…………リブは、彼女の何を知っているんだい?」
(並んで歩き出す、サンダーとオリビア)
「私が最初にアンジェのことを耳にしたのは2年前です」
「2年前?」
「ええ。最初に聞いた彼女の話は、アフリカのスーダンでの出来事でした」
「スーダン?…………詳しく知らないが、確か治安が良くない国じゃなかったかい?」
「ええ、その通りです。アンジェはスーダンで、大叔母であるミツキ・ミラーと彷徨っているところを
「救出? それは事故か?」
「正確な記録を私は閲覧することができませんでした。ただ、いくつかの情報を組み合わせていくと、ガーナに向かっていたアンジェを乗せた飛行機が墜落、その後、大叔母のミツキが彼女の救出に向かったものの同じくスーダンで墜落事故に巻き込まれたのです」
「それって…………二人が同じスーダンで事故にあったのは偶然なのか?」
「いえ。偶然ではないと思われますが詳しくは分かっていません。記録に残っているのは、ミツキの飛行機が墜落して10日後に、ミラー財閥からの
「なるほど…………」
「これは、公にされていない情報ですが、救出作戦に伴いスーダンで内戦を行っている組織の一部隊が壊滅したそうです」
「内戦を行っている組織? それで、その組織が壊滅したこととアンジェに何か関係でも?」
「分かりません。ただ、私が聞いた断片的な情報を繋ぎ合わせると、ミツキの飛行機が墜落後、その壊滅した組織が飛行機を襲撃、おそらく飛行機の積み荷などを略奪に向かったようですが、そこで何かが起きたそうです」
「なるほど。でもそれなら、やっぱりアンジェには何の関係もないんじゃないかい?」
「ええ。もちろんアンジェがその組織を壊滅させたという話ではありません。2年前ですから、いうまでもなく当時は15歳ですからね。ですが、UNHCRによって救出されたのはアンジェとミツキの二人だけだったのです」
「二人だけ? 他の乗員や乗客は?」
「アンジェもミツキも、プライベートジェットを利用していましたので他の乗客はいません。ですが、両機ともに複数名の乗員はいましたが、その乗員は全員、死亡が確認されています」
「信じられないな。乗員が全員亡くなった墜落事故だったのに、アンジェと大叔母の二人だけが助かったなんて。しかも、別々の飛行機だったんだろう?」
「その通りです。どうやって二人が墜落事故で助かったのか、そして合流したのかは記録が残っていません。ですが、他の乗員が生存していない事故にアンジェとミツキの二人がそれぞれが単独で巻き込まれ、そのままスーダンの過酷な自然の中で長い時間彷徨った。特に、アンジェの乗った飛行機が墜落してから救出までの時間は三週間です。その上、50名以上の銃器を持った組織の襲撃を受け、最後に生き残ったのがアンジェとミツキの二人だけ。これは救出したUNHCRに記録が残されていました。さらに――――」
「さらに?」
「その壊滅した組織の襲撃者の数は、正しくは合計52名でした。うち51名は何かの高熱量兵器での攻撃を受けたのか遺体は大きく損傷していました。その51名全員、胸に大きな穴が開き、心臓が消し飛ばされた状態だったそうです。それも血も流さずに。ただ、現存する兵器を用いて同様の損壊をもたらすことは難しく、どういった兵器が使われたのかが分かっていないそうです」
「…………」
「それと、残る1名は銃器による銃撃を受けて死亡していましたが、体内に残されていた銃弾は、その組織の一人が携帯していた銃器から発射されたものと断定されました。誤射か仲間割れかは分かりませんが…………」
「………何か、映画の話のようだな」
「ええ。ですがこれは、アンジェのことについて伝わる、最初の始まりの第一章に過ぎません」
「ということは、第二章、第三章があるのかい?」
「そうです。この2年間で、アンジェの影がちらつく噂は他にもあります。サハラ砂漠での話、南極での話、さらには火星での話まであります。噂とは違いますが、東京やニューヨークでの話はサンダーさんもご存じなのではないでしょうか?」
「ニューヨークと言うと『タイガー』の話かい? 東京は知らないな」
「そうです。その『タイガー』です。東京も似たような話ですが、一年以上前の話ですし、アンジェがまだ表舞台に立つ前の話ですから。あまり大きな話題にはならなかったようですね」
「そうか…………」
「タイガーの話は、アンジェ自身が動画に映っていますし、まあそういうこともあるのでしょう。ですが…………」
「サハラ砂漠、南極、そして火星の話のことかい?」
「ええ。どうやったらそんな話を作ることができたのかと問いたい噂ばかりです」
「それって、どこも人が簡単に関われるような場所じゃないだろう? いったいそれは、どんな噂なんだい?」
「申し訳ありませんが詳しくは話すことができません。聞いても誰も信じませんし、
「では、アンジェの影がちらつくとはどういったことなんだい?」
「アンジェの影がちらつくというのは、そこで起きた事象に名前が挙がった人々がアンジェとの関りがあったのではないか、という程度のものです」
「全く意味が分からないが?」
「ええ、そうですね。私も最初に情報に接した時、何の意味がそこにあるのか、と思いましたから。少しだけお話すると――――サハラ砂漠で発見された集団を調べると、アンジェに対して誘拐を計画していたという噂に行きつきました」
「…………?」
「もちろん、アンジェはサハラ砂漠に行った記録は残っていません。南極にも、当然ですが火星にもです。単に、ある不思議な出来事が、それも無関係な出来事が全く関係のない場所で現れ、そしてそのいずれにもアンジェの影がちらついていた、ということです」
「すまない。リズ、君が話している内容は、やはり何を言っているのか、いや何を言いたいのか全く理解できないのだが?」
「ええ。話している私も、その意味を理解できている自信はありませんので」
「そ、そうか…………」
「それよりも――――私が、今日、サンダーさんの元を訪れたのは、その噂、いえ、アンジェの『都市伝説』に新たな一ページが加わったのではないか、と考えたからです」
「…………エマのことか?」
「はい」
「5月に始まった都市伝説は、もちろん知っているんだろう?」
「ええ」
「例の愛好家老夫婦ではなく、エマが新たな一ページだというのか?」
「……はい」
「…………」
「…………」
「――――彼女が何と呼ばれているかは知っているかい?」
「もちろん。エンジェル、でいいですよね?」
「ああ、その通りだ。彼女のあの愛らしい見た目もあるからエンジェルと呼ばれるのも当然だと思うが…………」
「……思うが?」
「だが、私はこの前の対戦の時、彼女に二つの姿を見た。おそらく彼女と対戦したことがあるピッチャーなら、分かってくれるはずだ」
「それは……?」
「彼女は天使であり――――そして堕天使だと」
「…………」
「私はクリスチャンだ。クリスチャンにとって天使のアンジェなら崇拝する。だが堕天使のアンジェがいたなら、それは崇拝の対象ではない。真逆だ」
「…………」
「では、人が崇めるのに必要な条件とは何だろうか? 考えたことがあるかい?」
「…………神々しさ、とでも呼べるもの?」
「そうだな。それも一つの条件と言えるだろう。そして、おそらくその答えは個人個人で違うと思う。でも……私が出した答えはこうだ」
「それは?」
「一言で言うなら、おそらくそれは『希望』だと」
「…………希望、ですか?」
「ああ。当たり前のような言葉かもしれないがね。私は天使のアンジェに、そして堕天使のアンジェに、共にその『希望』を見たんだ」
「それは、天使と堕天使、言い換えれば善と悪の両方に、同じ意味を持つ『希望』をあたなは見た、ということですか?」
「いや、その『希望』が持つ意味は…………違うな、正しく言うならその『希望』が何を示しているのかは、異なっていたのかもしれない。ただ、その意味は『希望』で良いのだと思う」
「…………サンダーさん、最後に一つだけ質問させてください」
「なんだい、リズ?」
「ついさっき、サンダーさんは『私が出した答え』とおっしゃいました。その答えを出したのはいつですか? この前のアンジェとの対戦したときですか?」
「…………そうだ、いや正しく言えば対戦後、だ」
「そして、アンジェが持つ二面性、天使と堕天使の両方に同じ『答え』を見出したと?」
「そう受け止めてもらって構わない」
「…………ありがとうございます。サンダーさん、今、お聞きした話を広めることはありませんのでご安心ください。もちろん記事にもしませんから」
「ああ。分かっている。リズの目を見れば、それは分かる」
「…………次の試合はニューヨークとおっしゃっていましたよね? 対戦はメートですか?」
「そうだ」
「活躍をお祈りしています」
「ありがとう」
(握手を交わしたたサンダーが立ち去るのを、オリビアはじっと見つめている)
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次話から第一章「異世界からの転生先は地球だった」がスタートです。
明日、12/4から第一章が終わるまでは毎日一話ずつ投稿する予定です。
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