第4話 銃弾は映るが、アンジェの打撃は映らない?



 しかも、それを演出した打者が17歳の美少女というのだから…………瞬く間に彼女がアメリカの「ヒーロー」と認められたのは当然のことと言えただろう。もう一つの、「アレ」も合わせて。



 だから…………



 こんなシチュエーションが整えられた状況で、申告敬遠などしようものなら、監督は大バッシングを受けるだろう。いや、間違いなく受ける。


 それは、チームの勝利が問題だからではない。


 ベースボールという商業スポーツで、これ以上ない「おいしい」場面で「大スター」といってよい少女と、なぜ勝負をしなかったのか、ということが問題になるからだ。少なくとも20回に一度は打ち取れるのだ。直近でのアンジェが最後にアウトになったのは10日前だ。確率だけで考えれば、そろそろ「出番」が回ってきてもおかしくはない。


 だったら――――なぜ、それ打ち取ることにチャレンジしない?


 もちろん、その議論には味方であるはずの自軍リポーター記者たちも参加するだろう。を非難して。

 そういったおかしな議論が、なぜいくつも引き起こされるのか?…………その原因を、サンダーは分かっていた。


 それは…………


 もちろん「」も関係している。

 だが、それ以上に目の前の相手が、見える少女であることが原因だ。それも「超」がつく美少女であることが大きく関わっている。世論は弱者である少女の味方なのだから。


 もっとも――――目の前の美少女が弱者でないことは確かだったが。


 とにかく、万一、申告敬遠をして今夜のスポーツ番組で、それが大きく取り上げられるようなことになれば、監督の進退問題につながる可能性は否定できない。いや、可能性は高い。

 だから、監督が勝負しろというのも分かる。分かるのだが…………


 いろいろ考える中、再び弱気を覚えたサンダーは、一瞬、ファーボールでアンジェの打席を終わらせる考えが頭に浮かんだ。


 もちろん「死球」はダメだ。絶対にダメ。それこそ、今夜この球場からノア・サンダー自分が無事に帰宅できなくなる恐れがある。今のアンジェに死球など与えようものならファンが暴走する。間違いなく。サンダーはその暴走に巻き込まれるだろう。エマに会えなくなる。


 もっとも、アンジェに死球を与えられるとも思えなかったのも確かだったが。


 今シーズン、すっぽ抜けや故意で何度か「ビンボール」がアンジェに向かっていった。しかしそのボールが、アンジェの体を捉えたことは一度もない。

 というか、全てホームランにされている。

 それも、故意と思われるビンボールは3球あったが、その球はいずれも決まって、バックスリーンの場外に消えていった。キレイな弧を描いて。例外なく。

 幸い、その対戦チームに閉鎖されたドーム球場はなかったが、もしあれば屋根が破壊されていたのかもしれない。


 とにかく、アンジェが持つバッティングセンスは「異常」だった。


 自分の体に向かって、場合によっては顔面に向かってくる100マイル以上のボールを躊躇なく正確に振り切れるバッターなど過去にいただろうか? それも一度の失敗もなくだ。

 おそらくアンジェの体に向けて投げられたそのボールは「無駄なことを……」と呟いていたに違いない。



 そういえば…………



 サンダーは、少し前にメディアで流れていた特集番組を思い出していた。


 その番組では、アンジェのバッティングについて検証していた。メジャーリーグと球団の許可を取り、実際の試合で特殊カメラを使って彼女のバッティングを撮影、そしてさまざまな項目で調べた内容を放映していた。


 一般的な話で言えば、ピッチャーが投げてからキャッチャーミットに収まるまでの秒数は、0.3秒の後半らしい。そのタイムは、ピッチャーが投げてからホームにくるまでの間で、打者がボールを見ていることができる時間にほぼ等しい。

 サンダーが出せる球速なら、その時間はさらに短くなるだろう。


 対してバッターがスイングができる時間は約0.17秒。

 つまり、バッターが「打つ」と判断するまでの猶予時間は、ピッチャーの手から球が離れて到達するまでの半分以下しかない、ということを示している。

 しかし、アンジェの打撃を特殊カメラで捉えたところ、スイング時間は0.1秒を切っているという結果が出たそうだ。残念ながら正確な時間は分からなかったのだが…………


 その正確な時間が図れないと言う検証も、おかしなものだった。


 動画を撮影する機材は、1秒間に何回静止画を撮影しているのかでその性能を示している。その単位はfpsFrames Per Secondで現される。

 人が認識できるのは30fps一秒間に30コマ程度と言われている。スマホでの動画撮影は240fpsぐらいだ。そして高性能のカメラ、ハイスピードカメラになると200万fpsでの撮影ができるというカメラもある。


 光を捉えるために研究機関MITが用いたカメラは1兆fps。1秒間に1兆回の撮影ができるスピードだが、もしその1兆fpsで1秒間の動画を撮影、それを人の目で認識できる毎秒30fpsで再生した場合、見終わるまでに必要な時間は1,000年(!!)以上かかるという話をしていた。そのため実際に撮影したのはたった480コマだけ。

 もちろん、そんな超々性能なハイスピードカメラでの撮影は特殊な環境が必要になる。光ですら分断しながら撮影するということは、1コマあたりの光量もわずかになる。実際、1兆fpsで光の撮影を行った映像では、真っ暗な画面に緑色に光るぼんやりした線だけが映っていた。どうやら、それが光らしい。


 だから、球場での撮影は絶対に無理だ。そこで番組のためにメディアが用意したのは82,000fpsの機材だった。


 しかし、放たれた銃弾ですら撮影できるその機材でも、球場での離れた場所からの撮影では、アンジェのスイングを正確には捉えられなかったそうだ。従って、スイング時間はもしかすると0.01秒を切っているかもしれない、と言っていた。

 その放映された番組では、アンジェの信じられないスイングスピードが、正確にボールを捉えることに成功している原因であり、そして今の成績に繋がっていると考えられると結論付けていた。


 そのメディアでは、正確なスイングを測定するため専用の施設での撮影を球団に呼びかけていたが、もちろん球団は一切の回答を行っていない。無視だ。


 確かに、これまで彼女がホームランを打った際のナチュラルな映像を見ると、彼女が振ったバットそのものの姿は大きくぶれている。ほとんど見えていない、といっても良いだろう。


 こうした科学的な検証が、より彼女のミステリアスさを際立たせることに繋がっていることは確かだった。

 世間で、彼女が神に見出された使徒ではないかという話がまことしやかに噂されているのも仕方がなかったのかもしれない。


 エマも、アンジェに関わる報道を片っ端から視聴して、そしてうっとりしている。

 しかし、もちろんサンダーはそんな話に耳を傾けることはない。


 いろいろと考えている中、審判がプレーを再開するコールを告げた。

 アンジェが打席に入り、ピッチロックがスタートする。



 いずれにしても…………



 プレートを踏みながら、「弱さ」を自分の中から追い出すため、サンダーは集中を高め始めた。


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