第3話 初めてのカメラ、初めての写真。①
「で?私が実験台に選ばれたと?」
「うん。
「さぁ睦月ちゃん、気軽に跳んでみてくれ」
「ハルちゃん先輩に頼まれちゃ断れないなぁ!」
わたしは昨日写真部に入部して、今日ハルちゃん先輩に「さぁ撮りに行くぞ」と言われた。
そして何かないかと探していると、練習中の睦月を見つけ今に至る。
わたしたちは昨日ハルちゃん先輩と知り合った。
昨日の今日なのに、二人はもの凄い早さで仲良くなっていることが不思議で仕方ない。
さすがのわたしもコレには嫉妬してしまう。気が合うのかもしれないけれど、それにしたって早すぎる。
「んじゃ教えた通りにやってみ」
「は、はい」
とりあえずカメラはハルちゃん先輩のを貸してもらった。
重くて、高そうなカメラを手に持つと手が震えてしまう。人の物だし、もし壊したりしたらどうしよう、手が滑って落ちたら、なんて考えてしまう。
「大丈夫だよ、のの。ストラップしてるんだし、そんな怖がるなって」
「でも、もし切れたら?もしぶつけちゃったら?もし――」
「うるさいな。そんな高価な代物じゃないし、結構年季入ってるから掠り傷くらい気にするな」
ハルちゃん先輩はそう言うも、わたしからしたらそんなの関係ない。怖いのは怖いんだ。
「行くぞー!
「えっあっ」
睦月が手を高く上げて合図を出すと、走り出した。
わたしはハルちゃん先輩から聞いた大雑把な説明を思い出して、カメラを構えた。
構えて、ボタンを押す。
それだけだ。
睦月の足が徐々に加速して行く。わたしは何度見ても不思議に思う。前を向いていたはずなのに気付けば背中から飛び込んでいる。
滑らかに体を逸らし、棒を避けてマットの上に落ちる。
「どうだー?」
「凄いきれいに跳んでた!」
「へへー、まぁねぇ?」
照れる睦月にわたしは手をパチパチと叩くと、ハルちゃん先輩がわたしの頭を叩く。
「のの、撮ってねぇだろ?確かにあたしもすげぇって思ったけどさ。睦月ちゃんはお前の為に跳んだんだからしっかり撮れ」
「すみません、ボタン押すの、忘れてました」
「撮ってねぇのかよ!」
しょうがないじゃん。睦月の跳ぶ姿に見惚れちゃったんだから。
「じゃあ今度はしっかり撮ってくれよー!」
睦月はまたさっきと同じ位置に立ち、走り出す。
わたしは今度こそと意気込んでは、見失わないようにレンズ越しの睦月を追う。
一番いいタイミングで、一番睦月がかっこよく見える瞬間で、一番高く跳んだ時、わたしはシャッターを切った。
「どうだ、のの?撮れたか?」
「……」
「撮ったぁー?」
ハルちゃん先輩と睦月がカメラの小さなモニターを凝視する。
わたしが初めてカメラで撮った写真。
素人だから上手くいかないのは分かってる。自分のタイミングでただボタンを押す、という簡単なことでも。
まさか、こうなるとは思いもしなかった。
「のの、お前……すげぇな」
「さすがの私も驚いた」
「……」
静寂が一瞬訪れると、すぐに二人は大笑いを始めた。
「うひひっ!あっははははっ!なにそれっブレブレじゃん!!露乃さん!?」
「くっふふっ……のの、初めての写真にしては、あはっ!……んん”っ、いいんじゃないか?」
わたしの初めての写真はブレブレのボケボケで何がなんだか分からなかった。
ここが睦月の顔で、これが手?いや足かな?……棒か。
二人はまだわたしの隣で笑っている。
これは怒っていいやつだよね?初めてなんだからしょうがないでしょ?
わたしは真剣だったのに、これでわたしがカメラマンという才能の芽が潰されたかもしれないぞ?
学生の可能性が一つ消えるのは大きな罪、大罪だ。
「そんなに焦らなくても大丈夫だって」
突然ハルちゃん先輩が後ろから抱き締めてきた。と、思ったらカメラを手に取り、わたしの顔に近づける。
「あたしが持ってるから、ののはファインダー覗いてろ」
「……はい」
わたしの背中はハルちゃん先輩の体温を感じている。
トクン、トクン。心臓の音がする。これはハルちゃん先輩のだろうか?それともわたしの?
分からない。もしかしたら両方かもしれない。
背中が温かくて、この至近距離。シャンプーのいい香りがわたしの鼻孔を通り、集中を搔き乱される。
「ちゃんと見ろ」
「はいっ」
「焦らなくていいんだ。動いてる物に合わせてゆっくり追って、ここだってタイミングでシャッターを切る。それだけで後はカメラが修正してくれる」
ハルちゃん先輩が右、左とカメラを動かすと、わたしの首もそれに付いて行く。
上、下、左、左、ひだ、り、ひだ……。
「ハルちゃん先輩、首が、回りません……」
「ふふ、バカ正直な奴だな」
カメラがわたしの顔から離れると、目の前にはハルちゃん先輩の意地悪そうな顔があった。
くそ、なんなんだこの人は。
先輩のくせに、見た目通りの子供みたいなことして、わたしで遊んでるだけじゃん。
「露乃ー、もっかい行くぞー!」
睦月はまた同じ位置に立ってくれる。
遊ばれてたかもしれない。
でもハルちゃん先輩の写真は凄いんだ。あんな写真を撮る人がカメラで遊ぶわけがない。
「すぅぅぅー、はぁぁぁー…………よぉぉし!!ばっちこぉぉぉい!!」
わたしは気合を入れてカメラを構えた。
このグラウンドにいる生徒の中で一番の大声を出したと思う。
多分二人か三人は不思議そうにわたしを見ているだろう。
恥かしがってられない。わたしは睦月を撮るんだ。だから今は周りなんて気にしてなんかいられるか。
「野球じゃないぞ……」
「あはははっ!!いい気合だぞー、のの!」
「はい!」
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「これもブレブレ、コレもダメ、コレも、コレも、おっ?これはかろうじて人の形が残ってるぞ?」
「…………」
「露乃さんは、何が出来るんだい?」
あれから何度も何度も撮ったけれど、まともに撮れた写真は一枚もない。
初めてとか、そんなの関係ないかもしれない。ここまで見れる写真が撮れないのは、おかしい。
「睦月、跳んだら一回止まってくれる?そうしたらちゃんと撮れるかも」
「よし分かった。跳んだら空中で止まればいいんだな?」
「えっ!出来るの!?」
「出来るかバカ!」
何さ、期待させといて。
まぁ無理なことを言ってるのは分かってる。でも、それじゃあ、わたしが悪いってことになっちゃうじゃん。
「そう言えばハルちゃん先輩、露乃にカメラを持つべきとか、才能が溢れ出てるとか、千年に一人の逸材だとか言ってませんでした?」
そうだ、言ってた。だからわたしはハルちゃん先輩に勧誘されたんだ。
「…………言ったっけ?」
「言いましたー!!ハルちゃん先輩はレンズ越しにわたしを見て「カメラの天才だ」って言いました!」
「それは言ってないぞ」
「うん、それは言ってないな」
チッ、なんだよこの二人は、敵か?わたしの敵なのか?
「まぁ、言ったよ。カメラを持つべきだってね」
ほら、言ってるじゃん。
「でも実際、露乃が撮ったのはコレですよ?ハルちゃん先輩のレンズが曇ってたんじゃないですか?」
「うーん、そうなのかなぁ?あの時は確かに見えたんだけどなぁ」
「そもそもハルちゃん先輩には何が見えたんですか?」
「独占欲」
「え、わたしってそんな重い女に見えます?」
「露乃は意地汚いとこはあるけど、独占欲はなんか違う気がするなぁ」
「意地汚くなんかないよ」
「あまり気にしないでくれ、ただの勘だから」
ハルちゃん先輩はそう言うけれど、言われた本人は気にしてしまう。
独占欲高いのかな?わたし自身そう感じないけど。
別に二個しかない唐揚げだってあげれるし、高いジュースだって分けられる。
お菓子だって一緒に食べてもいい。
これは違うか。でも、独り占めしたいなんて思わないから同じことだ。
大丈夫、わたしは重い女じゃない。
「あー依頼の時間過ぎてる。のの、走るぞー」
「え?依頼?」
「昨日仁見が言ってただろ、それだよ」
ハルちゃん先輩はわたしを急かすようにその場で足踏みをしている。
「で、でもわたしが行っても意味ないんじゃ?」
「ばぁか、あたしの背中を見ろ。それだけで意味があるだろ?」
……かっこいいな、この人。見た目は子供だけど、中身はちゃんと年上で頼もしい。
「あたしについて来い」
「はい!睦月ありがとね。練習がんばって!」
「気にするな。露乃も頑張れよー」
睦月に見送られてわたしは走り出す。まともな写真なんて撮れないけど、わたしは写真部だ。
これからちゃんと写真が撮れるように、しっかりハルちゃん先輩の姿を見て勉強しないと。
写真て、結構楽しいのかも。
何故か感情が高ぶって、体のどこかがソワソワとむず痒くなり、胸が鼓動を速める。
「はぁ、はぁ、のの……あたしの背中を見ろって、言っただろ、前をっ走るなっ」
ハルちゃん先輩は苦しそうに呼吸をして、おでこから汗が噴き出していた。
さっきはかっこよかったのに、今はハルちゃん先輩の背中を見るどころか、押していた。
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