第6話
ボクと西渡は空腹感からとりあえずどこかの屋台にでも行こうと言う話になりお化け屋敷を後にした。本当はお腹なんて空いていなかったのだけど、『りのんはどうしてその姿になりたかったの?』というセリフの返事が思いつかなかったから思わずそう口走ってしまった。
相変わらず西渡はどうせ迷子になると言うのにまた先導して歩いている。どうしても西渡の頭の中にはエスコートをすることがかっこいいことだって認識があるみたいだ。確かに迷わずにちゃんと導いてくれるのならかっこいいのかもしれないけれど、苦手なんだったら素直に言うのも大事なんじゃないか、と思うボクだった。
しばらく歩いていると途中でみたらし団子を売っている屋台を見つけた。西渡は得意そうに『到着!』と言っていたけれどおそらく迷い迷った挙句に偶然着いただけなんだろう。さっき見えたパンフレットにこの場所はマークされていないし……。
でもあえてボクも気づかない振りをしておくことにした。変にツッコむとまた顔を真っ赤にして怒るかもしれない。
「はい、カルピスのお礼!」
満面の笑みを浮かべて西渡が片手に四本ずつ、計八本のみたらし団子を携えてやってきた。——こう見るとかっこいい男子と言うよりも、やっぱり面白い人っていう感じに見えるけど、自覚あるのかな。あ、もしかしてギャップ萌えってやつを狙ってやっていたり? そこまで計算に入れていたらすごいけど……
ボクらはみたらし団子を食べながら適当に歩き始める。ここら辺にはみたらし団子以外にもチョコバナナや定番の焼きそばなんかがあって見ているだけで面白かったりする。ただ賑わう人の群れに巻き込まれないように注意しないといけない。特に西渡みたいな迷子になりやすい人は。
「ねぇ。西渡?」
「んなぁ?」
声を掛けると頬一杯に団子を頬張った西渡がそこにはいた。かっこいいを演じているはずの西渡なのだけれど、やっぱり可愛いの方が勝っているような気がする。第一、さっきまで先導を切っていたのにみたらし団子を手にした途端、アヒルの子供みたいについてくるばかり。
「…………」
「ん、どうしたの?」
「いや、何でもない」
「なにさぁ。言いたいことあるならいいなよ」
ちょっと目を離したら迷子になりそうだなって思ったなんて伝えたら多分怒る気がするから言わないで置いた。
「あ、あれってりんご飴じゃん! 文化祭でもあるんだぁ。ちょっと買ってもいい?」
「うん、いいけど。めっちゃ列出来ているけど大丈夫?」
「そう? 全然じゃない?」
「そうなんだ。まぁそれならいいけど」
「あー! あっちにわたあめあるんだけど! え、あれも欲しい」
「お菓子大好きだね」
「うぐぐ、どっちも列がある……どっちか並べばもしかしたらどっちかは売り切れるかもしれない」
「そう?」
「文化祭で材料切れなんてざらにあるからね。あーどっちにしよう。どっちにしよう」
随分とキャピキャピしている。
女子友と一緒に遊んでいるとでも思っているんだろうか? 一応ボクは男なんだけど、しかもほぼ初対面の。そもそもボクと西渡の関係なんて友達でもなければ恋人でもない。ただ弱みを握られた人間と握った人間。
もしもボクが西渡だったとしてもここまで文化祭を楽しめるかと言われれば無理だと思う。いやいや、それどころか弱みを握ったからと言ってそれを即利用しようとするか? ボクなら見て見ぬふりするけど。
西渡ってやっぱり変な奴だよね……。
「あ、翼? 昨日振りやね~」
「ん? お、やっほー」
聞き覚えのない女子の声が聞こえた。振り向くと気前のよさそうなロングヘアの女子が焼きそばを片手に立っていた。話し方からおそらく西渡の同級生か先輩だろう。西渡も気軽に返事をしていたからほぼ間違いない。
見たこともない人だ。多分ボクのことは知らないはず。この格好のボクだし普段の僕のことも。
「ってか、翼。聞いたよ? 今日サボったんだって? しかも何で今日サボった癖に遊びに来てんの? あはは」
「ちょっとこの子とデートしたくて、ねぇー」
西渡はそう言うとボクに視線を向けた。同時に気前のよさそうな女子もこちらを見た。急に二人分の視線を注がれて思わずボクは頷きつつも目を逸らす。
なんで西渡だってわかるんだよ。今の西渡は見た目だけは完全に美少年なんだけど。ボクだって初めは全然気づかなかったのに。
西渡は気前のよさそうな女子の隣に立つ。
「りのん、この子はゆうか」
「ゆうかでーす。よろしくね! ってか、りのんちゃんってすっごい可愛いんだけど。それすっぴん? すっぴんだよね。めちゃくちゃまつ毛綺麗なんだけど。えーいいなー」
「……よろしく」
ゆうかと言われた女子はボクに急接近してきた。めちゃくちゃ顔が近づいてきて女子の免疫がそれほど高くないボクにはかなりハードルの高い試練のようなことだった。それにめちゃくちゃ褒められてしまったから恥ずかしいし、目を合わせるなんてことが出来るわけない。変に嫌っているとか思われないと良いけど……。
ゆうかはまだ回りたいところが沢山あるからと言ってボクらに手を振って去っていった。完全に彼女の姿が見えなくなってからボクは西渡に尋ねてみた。
「あの人。西渡のこと知っていたんだけど。バレないようにやっていたわけじゃないの?」
「うん、割とオープンな感じだよ」
「それって、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。どっちかと言えばみんなには冗談な感じでさ、オープンにしているから」
「冗談……?」
「うん。じゃないとお互いに接しにくくなったりするじゃん」
西渡は少しだけ寂しそうな表情をして呟くようにそう言う。西渡は西渡なりに隠しているんだ。表面的にではなく内側を。冗談にすることであくまで本気じゃないと嘘をついて処理していた。——でもそれならなんでボクにそんなことを教えてくれるんだろう。
「だから、りのんとは逆に割り切ったこういう関係が出来たらな、なんて思ったり?」
西渡がこちらを見て意味ありげに笑う。
「……なんでボクにはこうして話してくれるの?」
「君は私と同じ、とは言わないけどさ。似たような感じなのかなって思った。もしかしたらやっぱり嫌だった?」
ボクは西渡の顔を見る。
多分、ボクは西渡と似たような感じなんだろう。もともとかっこいいと言われるよりも可愛いと言われる方が好きだった。どうしてかと言えば小さい頃のお遊戯会でのことがきっかけだったと思う。ほんの些細なきっかけ。ありきたりな童話の登場人物の女の子の髪飾りを冗談で付けてみたら想像以上に『可愛い』って言われたこと、だったのかもしれない。
決してそれだけが理由なんだとは思わない。ゲームの中で出てくるキャラクターみたいになりたいからそうしたのかもしれないし、ナンパを断りたかったからしてみたかったのかもしれないし、可愛いと言われたかっただけだったのかもしれない。
女子になりたいわけじゃなくて、『可愛い』が欲しかっただけなのかもしれない。ただ、自分の思う可愛いが女子だっただけで。——西渡の理想とするかっこいいが先導出来る人のように。
お化け屋敷を後にする前にした会話を思い返す。
『りのんはどうしてその姿になりたかったの?』
うやむやにしてしまったその返事。
それを込めてボクは言う。
——深呼吸。
「ボクだってかっこいいよりも可愛いが好きだったからやっているだけ。だから——ウィンウィンな関係だよ」
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