第5話
「りのん。どこか行きたいところはあるかい?」
「いや、別にないけど……」
「ふふふ、そっか、じゃあ僕が紹介するよ。——大丈夫、きっと楽しめるよ、ほら行こう!」
「…………」
西渡翼に手を引かれてボクは校内を歩く。周りの目線がボクらを注目しているような気がする。今日までの学校生活でここまで視線を浴びたのは多分初めて。気のせいなのかもしれないけれど……
でも仕方がないだろ。だってボクは今、女子の姿をしているわけだし。もしかしたらバレるんじゃないかって冷や冷やしてしょうがない。
それに比べたら西渡の男装は想像以上に完成度が高いから心配はないのかもしれない。ボクもそれなりにこだわっているつもりではあるんだけど誰にも見せたことがないから自信がない。あぁ……帰りたい。早く帰りたいよぉ……!
西渡に手には文化祭のパンフレットが握られている。何回か歩きながらも時々それをチラチラと確認しては引き返す。立ち止まっては確認して引き返す。もう何回だろう、校内に入ってからずっとそれを繰り返している。一体、何を考えているのか、疑問に思ってつい聞いてみた。
すると——
「いや、別に問題ないよ、それよりもさ、ねぇねぇ、りのんって怖いのって得意な方? それとも苦手?」
「え、別に普通だけど。もしかしてお化け屋敷に行くの?」
「うん、なんか結構クオリティが高いらしくてね。きっと楽しめると思う。昨日行っていたうちの友達がめちゃめちゃ推してたから絶対だよ」
「ふーん。別に文化祭なんだからクオリティはそこまで良いけどさ」
「良いけど?」
西渡は爽やかな笑みを浮かべた。まるで問題なし、『自分についてこれば絶対に楽しめるから安心しなよ』とでも言いたげな表情をしている。なのに不思議なことに西渡の額には汗が流れ、そして随分と挙動不審な動きをしている。普通交互に足と腕を動かして歩くはずなのに右同士、左同士に動かしてまるでロボットみたいな歩き方を見た時は思わず笑いそうになった。
そんな姿を見ていたからだろう。なんだか周りの視線を気にしていた緊張感が抜けていったような気がする。再び、パンフレットを見るために西渡が立ち止まった時、ボクはそれを奪い取った。
「あ、ちょっと!」
「……なんだ、すぐそばじゃんか」
「え、そば?」
「ほら、迷子なんでしょ? 付いてきて」
「え、あ、その、迷子ではないよ?」
「ふーん、そうなの? じゃあここからどっちに行けばいいか分かる?」
「そりゃ……あっちの教室?」
「はい、ぶー」
「あぁー! やっぱりこっちだったよね~」
「嘘。正解だったよ。——ほら、迷子なんじゃん」
「…………ねぇ! それずるいって!」
西渡はさっきまでの爽やかな笑みが剥がれたように消えて、頬が真っ赤に染まった表情を見せた。先ほどまでの美少年さは八〇パーセントくらい消滅している。なんというか、残念なイケメンがそこにはいた。
一緒に歩いていてなんとなく思ったけれど西渡は方向音痴らしい。それもかなり重度。パンフレットにはいくべき場所がいくつか赤丸で記されていてパッと見ただけのボクでも簡単に行けるくらい分かりやすいんだから多分、相当音痴なんだろう。
なのに、どうして逃げたボクのことは追いかけられたのか、と聞きたくなった。でも、真っ赤な顔のままボクに連れられる西渡を見ていると聞くに聞けなかった。多分、エスコートするはずだったボクに連れられることが相当恥ずかしいんだと思う。
そんなこんなでお化け屋敷にようやくたどり着いたボクたち。
「それでは、りのん。これからもしも怖いことがあっても僕が守るからそばにいるんだよ?」
「いや、大丈夫」
「強がらなくてもいいんだから。全くもう、素直じゃないなぁ」
「…………」
お化け屋敷を開催している教室の前に来た途端、さっきまでの赤面した様子とは打って変わってまたなんか爽やかな美少年感を醸し出し始めた西渡。始まって間もなく痴態を晒したと言うのに変化させないその態度を見るに、どうもそのキャラでいることが彼女なりの趣味なんだろう。やっぱり面倒なことに付き合わされているのは変らないみたいだ。これなら家でゲームとかしてた方が良かったような……。
「ふぅ、よし、行くからな! 絶対に離れたらだめだからね」
「……?」
西渡、なんでたかが文化祭でやるようなレベルのお化け屋敷なのにやけに緊張した様子なんだろう? そんなにクオリティ高いってことなのかな。
「西渡ってもしかして怖いの苦手なの?」
「え、あぁ昔は苦手だったんだけど、今は平気」
「そう、でも緊張してない?」
「気のせいだよ。うん」
「ふーん」
なんか嘘くさい……。
ここで問い詰めるのもいいけど一応今日は西渡の趣味に付き合う日だし、まぁ気にしないでおこう。変に聞いて逆鱗に触れたりしたら困るのはボクの方だ。ボクの保身のためにもここでは無関心でいるべきだと思う。
そうしてボクは特に西渡の様子に言及しないまま、二人でお化け屋敷に入ることにした。
考えてみれば女子と二人でお化け屋敷に入るなんて青春的なシチュエーションは初めて。西渡もそうなのかな。ボクは文化祭のお化け屋敷に男女で入る展開なんて漫画とかでしか見たことないし、当然入ったこともない。もしも西渡が入るならやっぱり友達とかな、それともやっぱり恋人の一人や二人はいて一緒にまとめて入ったり?
そんなことを考えながら入り口を進む。
ここのお化け屋敷はカーテンで閉め切った暗闇の教室の中を進み作られた道を進む。全体の大きさで言えば狭いけれど、まぁ文化祭の出し物だから仕方がない。多分、ここのお化け屋敷は内容と言うよりは雰囲気を楽しむような物だと思った。想像以上に室内の装飾は豪華で恐怖よりも関心の方が勝つ。
このお化け屋敷で怖がる人はいないだろうなとボクは思った。
思ったんだけど——
「ギャー!」
「ちょ、ちょっとそれはただの布」
「うぎゃーー!!」
「それただのクマの人形だって!」
「い、いや、こないで!! あーー!」
「…………ボクだよ」
思いのほか、西渡には好評だったみたい。数少ない仕掛けのすべてに丁寧に対応していた。何なら最後はボクに怯えて逃げて行ったし。きっとお化け側からしたら神様みたいなお客さんだったと思う。ぜーはーと息切れまで起こしている西渡のを見つめる。
ボクらはお化け屋敷を出てから近くの階段で休憩をすることになった。西渡の腰が抜けたらしい。
とりあえず、ボクは近くの自販機から適当なジュースを二つ買いに行くことにした。
その途中で思う。
はたしてこれでよかったのかな。ボクは西渡の叫び声や悲鳴のおかげで仕掛けに怖がるどころか西渡にびっくりしちゃっていたから、お化け屋敷を楽しめていないような気がする。もしも想像と違うとか言われて今度学校行ったときにボクの趣味がバラされているなんて起きなきゃいいけど。
「西——じゃなくて、えーと」
「やぁ、りのん。あ、カルピスだ! ありがとう! 気が利くね!」
「あ、うん」
「いやぁ、参ったよ、ほんと。あそこまで完成度が高いなんてさ、特にあのムカデみたいな人形やばかったね?」
「……そんなのあったっけ」
「いやだな。見てなかったの? 逆にうらやましいわ」
隣に座ろうかと思ったボクだったけど、なんだかそれはおこがましいと思い辞めた。
すると——
西渡がボクのそでを掴み、目で隣に座れと指示するように睨んできた。そうやられると逆に立っているのが悪いような気がして渋々隣に座る。肩から西渡の呼吸の乱れが伝わってくる。
ここまで本気で息切れしていたんだ。ちらりと横を覗き見るようにしてボクは西渡を見た。西渡はボクの買ったカルピスをおいしそうに飲む。砂漠を数時間彷徨った後にようやく見つけた水を飲むかのように。
思わずボクは口を開く。
「あのさ」
「ん?」
「えっと、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。——ただ」
「ただ?」
西渡は急にちょっと俯いてぼそりと呟く。
「思っていた通りには行かなかったけどね」
「それって……やっぱりボクがあんまり怖がれなかったから、とか?」
「え、あ、いやそういうんじゃないよ!」
ボクもぼそりと言うと西渡は顔を上げてはっきりとそう答えた。
「なんかさぁ、自分で言うのもなんだけど私って結構、可愛いんだよね」
「…………」
「あ、ごめん自画自賛ってわけじゃないんだよ。ただちょっとさ、私って可愛いよりもかっこいい方が好きなんだよね」
「かっこいい?」
「そう、なんていうか、簡単に例えるなら美少女を守れるようなイケメンにね」
「ホストとか?」
「ほ、ほすと⁈ あはは、それマジで言ってんの?」
「え、違うの?」
「ははは、まぁわかんないや」
西渡はホストって言葉がやけに気に入ったのか、しばらくの間、お腹を抱えてあははと大爆笑していた。途中で呼吸困難になったようにひぃーひぃー言っているのを見て、こいつなら死因が漫才を成し遂げるんじゃないか、と密かに思った。
そしてちょっと落ち着いてからボクを見てこう言う。
「りのんはどうしてその姿になりたかったの?」
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