第4話
「“りのん”ちゃんさぁ、行きたいところある?」
いわゆる中性的な顔の美少年がボクの隣で身の毛がよだつような喋り方でそう言った。人によってはイケボだっていう人がいるのかもしれないけれど、何と言うか、ボクはまだその領域に行けていないようでただただ鳥肌が立つばかり。それにりのんって言い方がなんだか気に入らない。確かにりのって言われるよりはそっちの方が女子っぽいしバレないのかもしれないけど、ほぼ初対面の相手からここまで慣れなれしくされると反応に困る。
「その呼び名……辞めてくれない?」
「ごめんって。ずっと見ていたのにさぁ、全然気づいてくれないからちょっとからかっただけなの。許してよ」
“隣の美少年”はボクに向かってそう言った。先ほどの作った声じゃなくて聞き覚えのある明るくハキハキとした高い声。そうこの声は昨日嫌と言うほど聞いた西渡翼の声。
そう、その美少年の名前は“西渡翼”。胸を隠すほどのオーバーサイズのパーカーにショートパンツ。綺麗な太ももを露わにしている。そのせいで美少年が西渡翼であることに気づかなかった。
知り合い——と言っても一日前にちょっとだけ話しただけの間柄とは言え——そんな人が急に身なりを変えて声質も変化させてきたら驚くに決まっている。ボク自身、女装する趣味があると言ったらみんなはどんな反応をするのだろうかと疑問になったことはあるけれど、いざこうして周りの人の立場になると、やっぱり驚くもんなんだな。
「でもまさか、えーと名前ってなんて呼べばいい?」
「あーそうだね、君のことはりのんって呼ぶわけだし。うーんなんかある?」
「別になんでもいいけど——普通に西渡?」
「ばれるやんけ」
「じゃあ名前呼びとか?」
「距離感近くない?」
「……それを言うならこの状況から意味が分からないんだけど、ボクは」
「あーそれもそっか。じゃあとりあえず私のことは翼って呼んで。——そうね、とりあえず人気のないところに行きましょ」
そう言うと西渡に手を引かれてボクらは校門を離れた。向かった先はグラウンドにある小さな倉庫の中。普段は体育の授業だったり陸上部やサッカー部の道具をしまっておく場所。基本的に陸上部が管理しているとかであっさりと西渡は合鍵を使って入ることが出来た。西渡は一応陸上部のリーダーだから合鍵を持っていても不思議じゃない。けれどこの慣れた感じは割と私物化しているのかもしれない。
「ここなら多分誰も来ないよ。私の秘密基地だからね」
やっぱり私物化していた。自由人だな。絶対に隠しものの一つや二つはこの倉庫の中にあっても変じゃないでしょ。答案用紙とかありそう。それもゼロに近い数字のやつが。
「それよりも——」
「二人きりだね」
「…………」
「それで、こんなところに連れてきてなんのよう?」
「無視ってひどくない? 男女二人きりなんだよ?」
「もういいからって、なんか衝撃的なことが連続であったから感覚が狂ってる」
「あっそう。まぁそれもそうね。とりあえず本題に入るわ」
そう言うと西渡は慣れた手つきでその辺の椅子を持ち出して座りこむ。しかし不思議なことにそれで動作は終わってしまった。ボクの分は?
「あなたには言っていなかったけれど私、実は男装の趣味があるの。えっぐいビジュアルで女子の顎をくいってやったり、古いけど壁ドンとかもやってみたいって思ってんのよ。意外と私の周りの友達は周知の事実なんだけどね」
「周知の事実……! 男装することが周知の事実なの?」
「そうよ。何か変?」
「でもボクは見たことがないけど……?」
「学校ではしないよ」
「あぁ、そうなんだ」
ポリポリ、ポリポリ。
ポリポリ。
いつの間にか西渡はどこからかポテトチップスを取り出して食べ始めていた。
「ところであなたが聞きたいのはどうして男装してきたのかってことよね?」
「う、うん。そうだけど」
「さっきも言ったけど、私の友達って私の男装趣味に理解はあるけど付き合ってはくれないのよね。例えば顎くいとかは絶対にやらせてくれないわけよ」
「そうなんだ……」
「うん、そう。だから不満足だったのよね。どこかに私の男装趣味に付き合ってくれる女の子はいないかなって悶々とした日々を送っていたのよ」
「悶々……」
「この際だから後輩の一人でも捕まえて教え込もうかなって思ったのだけれどさ、逆に本気にしてほしくはないわけよ。遊びだって理解した上で男装趣味に付き合ってくれる柔軟な子が欲しかったわけ。そんなときに現れたのが君。——女装趣味の阿木りのくん」
西渡はにやりと笑みを浮かべる。
「君はさ今、私に弱みを握られているわけでさ言うことを聞かなきゃいけない立場じゃん?」
「それって……?」
「だから、バラされたくなければ私の男装趣味に付き合って欲しい。もちろん君が女装した状態のままね。とりあえず今日は貸し切りで」
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