第3話
結局のところ僕は西渡翼の言うとおりに“着替えた”上で学校に行くことにした。
行かないなんて選択肢を選べるほどに度胸はない。学校で“ボクの秘密”をバラされるのだけは嫌だ。どうせバレるのであれば西渡だけに留めて置ける方がましと言えばまし。嫌だけども、仕方がない。
ただ、怖いのが西渡は一体何の目的で呼び出したのかってこと。もしもみんなの前でバラすためとかいう公開処刑だったら絶対、人間不信になる。そんなことがないように祈るものの、考えてみれば考えてみるほどにその可能性が結構高いと思えてくる。
そんな不安を抱えたまま、ボクは校門へと着くと。
西渡翼の姿が見当たらない。
約束を取り付けた本人がいなかった。いくら人混みとは言え昨日あんなに見た彼女の顔を忘れるわけがないから見つけられなかったってことはないと思うのだけれど、とりあえずもうしばらく校門の傍で行き交う人を観察することにした。
すると、向かい側にいる一人の男子と目が合った。思わずボクは目を背ける。
そういえばその人はボクが校門に着くよりも前からそこに立ってスマホを弄っていた。見た目は女子とも取れる綺麗で中性的な顔立ちで柔らかい雰囲気がある。オーバーサイズのパーカーにジーンズのパンツ。そして無造作な感じにセットされたショートヘア。ネックレスなんかしていて明らかに洒落気があった。
一応今日は文化祭とは言え在校生は登校しなくちゃいけないから多分他校の人なんだろうけどよくもまぁ他校の文化祭にまで行く気になるなぁ。ボクだったら友達に誘われても行く気にならないけど。
「ねぇ」
「え」
気が付くとボクの目の前に先ほどの男子が立っていた。
なんだ、こいつ、なんでボクに話しかけてんの。もしかしてさっき見られたこと気にしてるのか?
「君、可愛いね」
——あぁ、なんだナンパか。
なんというか、今はそれどころじゃないっていうか。
もしも昨日話しかけてくれれば絶対にテンション上がっていたんだけど流石に昨日の西渡翼に話しかけられたことの方がボク的には衝撃的だったから正直面倒くさい……。
ここは適当にあしらっておこう。すまない。
ボクは精一杯声を高くして言う。
「すいません、今忙しくて……」
「へぇ、忙しいんだ。なんで?」
「えっと——待ち合わせをしていて」
「えーそうなの? 彼氏?」
「まぁ、そんなところですかね」
「でもさ、まだ来てないよね、ちょっとだけ遊ばない? 彼氏さんが来るまでなら良くない?」
「いや、でも」
「いいじゃん、せっかくの文化祭なんだしさ」
うわぁ、ナンパってこんなに面倒くさいの? 断ろうにも切れられたら怖いしだからってついて行けば西渡に待ち合わせに来なかったって勘違いされそうだし、うわぁ……西渡、早く来て!
「えっとすいません」
「ふーん、そっか。なら仕方ないなぁ」
「残念だな、一緒に文化祭回りたかったのに」
「す、すいません」
あれ、意外と物分かり良い?
西渡が来るのを頑張って待つしかないって思ったけど助かった?
「じゃあ行くね。ばいばい——“阿木りのくん”」
「は?」
ボクはすぐさま男子の方に目を向ける。
今、こいつ、ボクの名前を言った! 絶対に。しかも“くん”って付けていた。なんで知ってんだ? もしかしてバレた? いや、バレたとしてもなんでボクの名前を知っているんだ。
西渡がバラした?
いや、でもちゃんと待ち合わせに来ているし……もしかしてすれ違ったりしたとか? だったら最悪なんだけど!
ボクは正気じゃいられなくなっていった。そもそも西渡のことなんて一ミリの知らないのにどうして約束を守ってくれるようなお人好しだと勘違いしていたんだ? 約束なんて無視して話題の種にしても全然おかしくないだろ。……もしかして周りの人も既にボクが阿木りのであることを知っているんじゃ? 嘘だ。嘘だ!
「あはは」
急に男子が笑いだした。お腹を抱えて耐えられないと言った感じだ。
こっちが本気で焦っているのにその状況を見て楽しんでいるのか、なんて人だ。流石にひどいよ!
駄目だ、急にめまいがする。嘘だ。嘘だ。
「ごめんごめん、そんなに焦らないで」
「あ、あぁ、あ……」
「おーい聞いている?」
「う、うぅ」
「——やりすぎちゃった……」
唐突にその男子はボクの手を取り上げ、そして自分の胸に押し付ける。
ぷにっとなんだか質感の良い柔らかい感触がした。よく見るとパーカーの下にもっちりとした膨らみが二つ控えめに存在している。
これは……え!
「こ、これって、え!」
「えっとこれで勘弁してくれる、そのごめんね、やり過ぎたわ」
「え、誰?」
「誰って、私だよ、私。西渡翼だよ」
「は? なんで、え、え?」
西渡翼と彼は名乗った。西渡翼、昨日ボクの正体に気づいた唯一の人。そんな馬鹿な。どう見ても別人の男子じゃないか?
「驚いた? 実は私ね、男装するのが趣味だったりするのよ」
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