第2話

「では、1年お疲れ様でしたー! カンパーイ!」



 どこにでもある居酒屋チェーン店で、元気な掛け声が響いた。1年目の同期で集まって忘年会をしようよ、なんて企画をしてくれた、飲み会好きのフレンドリーな同期がいたらしい。



「遅れてごめん」



 ちょっと前に聞いた覚えのある声が聞こえてきた。まさか……とその方向へと目を向けて、私は驚愕した。



「えーっ!? もしかして国崎くんっ!?」


「国崎くんってあんな顔だったの!? 超かっこいい……!」


「うそ……国崎くんが飲み会に参加とか、超ラッキーじゃん!」



 同期女子ズの黄色い悲鳴があがる。


 激レア国崎くんは、あのうざったい前髪を何でか今日に限って上げ、しかも眼鏡まで外してきたようだ。今流行りの濡れ髪のようにほんのりの艶めく黒髪と、上げた髪から見える色っぽい瞳。


 あぁもう、全然隠しきれてないじゃん。


 普通にあっさり皆に知られちゃったじゃん。国崎くんがすっごくイケメンなんだって事。


 私だけしか知らないと思っていた国崎くんの秘密は、すぐに秘密でも何でもなくなった。


 何だか面白くなくて、私は手元に残っていた乾杯のビールグラスを一気飲みしていた。うぇ……にが。


 この後味の悪さは、ビールだけのせいじゃない気がして、小首を傾げる。



「……なんでかなぁ……?」


「相原さん、どしたの?」



 私の呟きを拾ったらしく、右隣に座っていた隣の課の男の子が不思議そうにしていた。



「あ、ううん。ごめん、独り言。なんでもない」



 へらりと笑って返せば、顔を覗き込まれた。



「ほんと? お酒弱いとか? 酔っちゃったならさ、俺に寄りかかってもいいよ?」


「だ、大丈夫」



 んん? ちょっと距離が近いのは……気のせい?


 あんまり話したことのない同期(男)とパーソナルスペースが縮んでいる気がする。


 さりげなく避けるように、反対側の空席へと身体をずらした時。ぽすりと人の温もりに触れた。



「……ねぇ、何飲んでるの?」



 誰もいなかったはずの左側を見て、ギョッとした。



「国崎くん……っ!?」


「ふーん、意外。アンタ、ビールってタイプじゃなさそうなのに」


「あぁ……これは乾杯の付き合いで飲んだやつだから」



 国崎くんは、私の空になったグラスを一瞥して、マイペースにポチポチと注文用のタッチパネルを物色している。その内に自分の分の飲み物の注文を終えたのか、興味をなくしたようにテーブルに置いた。



「……飲み会に来るなんて珍しいじゃない?」


「まぁね」


「って……よく見たら濡れ髪じゃなくて、ほんとに濡れてるじゃん!?」



 ギョッとした私は、慌ててバッグに入れてあったタオルを取り出した。雨が降りそうな日は念の為持ってきている、ちょっと大きめのフェイスタオルだ。



「ありがと」


「真冬に何してんのよ……」


「研究中に、うっかり」



 頭をわしゃわしゃと拭けば、されるがままの国崎くんである。


 ……なんかちょっと犬みたい。


 ほぼほぼ乾かせたかと頭からタオルを離せば、こっちを真っすぐに見つめる国崎くんと目が合った。



「な、何……? 視線が痛いんですけど……また質問?」


「ううん。もう覚えたよ。アンタが好きなのがラテ。俺が好きなのがモカ」



 きちんと答えられた事が嬉しいのか、満足そうにニコリと微笑む姿はカッコイイのに可愛くて。私は憎たらしくも思えた。



「飲み物の違いよりも先に、同期の私の名前くらい覚えときなさいよ。カフェモカ男」



 鼻の先に突きつけられていた、失礼な人差し指をぎゅむっとつまんでやったら、何故かそのまま手を掬い取られた。



「知ってる」


「え?」


萌香もか。相原萌香、でしょ」



 手を握ったまま、顔を覗き込まれる。さっきの男の子の時は咄嗟に距離を取りたくなったのに、国崎くんに間近で見つめられるのは……まったく嫌じゃない。



「……っ、びっくり、した。知ってたんだ……」


「うん。秋くらいから、コーヒーを飲んでる萌香が可愛くて気になってたから」



 ……はい?


 ガヤガヤした飲み会だったはずなのに、私の周りだけ時が止まり、静かになった気がした。



「あ、来た。はい、どーぞ」



 国崎くんは微笑みながら私に、コーヒーミルクを手渡した。


 それは、ミルクと甘さたっぷりの、コーヒーリキュールの香る、私の大好きなお酒で。


 私は頭が働かないまま、それを一気に飲み干し、国崎くんを引っ張って飲み会の席から抜け出した。

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