第28話 生徒たちの乱入
「私の自宅の窓ガラスが──ッ!」
床に散乱した窓ガラスの破片を見たシェルファ先生は下半身を人のそれに戻し、頭を抱えて叫んだ。
「な、なにやってるの二人とも──ッ! わ、私の家が、部屋が……」
「それはこちらの台詞ですよ、シェルファ先生ッ!」
あまりにもダイナミックな入室をした二人にシェルファ先生は問うたが、それに対し、エフェナは仇敵を前にした戦士のような表情で返した。
「ゼファル先生が二人きりで飲みに行くと言っていたから、心配になってスト──見守っていたら! 誰もいない自宅に連れ込み、生々しく、情熱的で、扇情的で、濃密な交尾をおっぱじめようとするなんてッ!」
「今ストーキングって言いかけたろ」
「言っていません、聞き間違いです」
「いや無理あるでしょ……」
まさか、僕とシェルファ先生が飲んでいたところから全て見られていたのか? 僕の教え子たちは一体何をやっているんだか……。
僕が心底呆れている中、エフェナはビシッと人差し指を突きつけた。
「しかも、しかも! ゼファル先生の同意がないまま行為に──失礼、セックスをしようとしていましたよね!? お互いの同意がないセックスは犯罪なんですよ!」
「訂正する必要なかっただろ」
「……確かに、私はゼファル君とセックスしようとしましたけどッ!」
事実を認めたシェルファ先生はグッと拳を握り固め、次いで、僕を見て言った。
「二人にも見えるでしょう……あの神々しい蒼い羽が。そして、お酒も入っていることで晒される無防備な姿。凄まじい色気。妖精王の魅力を傍で感じて、我慢できるわけがないでしょう!? ここで手を出さないのは、竜種の亜人の恥なの!」
「く……強くは責めれない」
「仕方ないところが多いですね」
「いや糾弾できるところ沢山あるだろ」
僕が妖精王だからって襲っていい理由にはならないはずなんだが……。
この子たちの中にある常識は、僕とあまりにも違いすぎる。
「あぁ!? た、大変です、No.0!!」
「No.0?」
「ちょっとパシェルッ!」
コードネームらしきものでエフェナを呼んだパシェルは、いつの間にか僕の傍におり……彼女は僕の身体を見下ろして言った。
「ゼファル先生の身体が……謎の粘液でベトベトになっていますッ!」
「謎の粘液って──」
「それに、何だかゼファル先生、妙にいやらしい雰囲気を纏っていますッ!」
「「──ッ!」」
「君たち、自分が乙女である自覚を持とうよ」
さっきから品のないことを次々と躊躇いなく言って……学院の淑女教育は一体どこに行ったんだ。特に王女様。
僕は細めた目を三人に向けつつ、自分の衣服に付着した液体に触れた。
「やらしいかどうかはわからないけど、さっきから心臓が速く動いているし、発汗もしてる。その原因はこれだね。異性に対する催淫効果があるんだろう。これだけモロに浴びれば、影響は出る」
「ゼファル先生、その液体は……何ですか?」
「これはね」
僕は一度シェルファ先生に視線を向け、答えた。
「シェルファ先生が産卵と同時に排出した分泌液。と、産んだ卵だよ」
「「……ま、まさかッ」」
僕が卵を掲げて答えた途端、エフェナとパシェルは互いに顔を見合わせた後、シェルファ先生を問い詰めた。
「産卵したんですか……ゼファル先生の膝の上で」
「…………うん」
恥ずかしそうに頬を赤らめたシェルファ先生は首を縦に振り、肯定した。
「産んじゃった……手を握ってもらいながら」
「どうして神はこんなにも残酷なのですかッ!!!」
その場でガックリと膝を突き、エフェナは嘆いた。
「パシェルも、シェルファ先生も……二人とも、ゼファル先生に産卵を手伝って貰って、信じられないくらい気持ちよくなっているのに……私だけ、私だけ……ッ」
「あー、エフェナ。僕は別に自ら進んで産卵を手伝ったわけじゃ──」
「ズルいですッ! 私だってゼファル先生に産卵を手伝ってもらいながらイキたかったッ!」
「動機が不純すぎる」
産卵を何だと思っているんだ、この子は……。
いや、確かに産卵時は少なくない快楽が伴うものとは聞くけれど、それを目的に産む人はほとんどいないだろう。
「ゼファル先生、お願いします。私の産卵も手伝ってください」
「え、嫌」
「なんでですか。天使族はお嫌いですか?」
「そういうことじゃない」
「じゃあどうして二人の産卵は手伝ったんですか!」
「一刻を争う状況だったからだよッ!」
パシェルは産卵室で産めない事情があったし、シェルファ先生は命の危険すらあった。
仕方ない理由があるからこそ、僕は二人に手を貸したのだ。
流石にエフェナの快楽目的の産卵には付き合うことができない。
僕が理由も添えて断ると、エフェナは悔しそうに歯噛みした後、自分を納得させるように呟いた。
「い、いいです。今はまだ、本気で落ち込む時じゃない。そもそも今日の目的はゼファル先生の貞操を死守すること。それが達成できたのですから、良しとしましょう……最後に笑うのは私です。使える力は全て使って、手に入れて見せます」
「不穏なことを言わないでほしいんだけど……っていうか、二人とも」
僕はエフェナとパシェルを交互に見た。
「色々とお説教が必要なんだけど……まず、人の家の窓ガラスを粉砕して、尚且つ無許可で侵入しちゃ駄目だろ。法的にも、人としても」
「え、えっと……緊急を要する事態だったので──」
「言い訳は聞きたくないよ」
「「は、はい」」
少し口調を強めて言うと、二人は背筋を伸ばした。
僕の身を案じていたとはいえ、二人がやったことは良くないことだ。教え子の不祥事は見逃すことができない。教師として、しっかりと指導しなくては。
ただ……今夜はもう遅い。
学生は家に帰らなくてはならない時間だ。恐らく説教は長くなるので、今からすると日付を跨ぐどころか、朝日を拝むことになってしまうだろう。
本格的なお説教は、また後日だ。
「今夜はもう遅い。説教は次の登校日にするから、今日はもう帰りなさい。護衛、近くにいるんだろう?」
「それはもちろん」
「よし、なら僕が送る必要もないね」
そもそもの話、こんなにベタベタした状態で女子寮まで送ることなんてできないのだけど。
胸中で呟いた僕はソファから立ち上がり、近くにあったタオルで軽く服を拭った。
「シェルファ先生。僕も今日は帰りますね」
「え、泊まっていかないの?」
「流石にこんなことがありましたし、生徒に変な詮索をされるわけにはいきませんからね」
「うっ、そっか……残念」
落胆した様子で言い、しかし、シェルファ先生は微笑んだ。
「でも、今日は凄く楽しかったよ。また飲もうね」
「はい、是非」
「それから……諦めたつもりはないから」
「!」
シェルファ先生が作った不適な笑み。
それに、僕は目を丸くした後……同じように笑った。
「僕の攻略は難しいですからね」
「わかってる。だから私も、全力でいくから」
宣戦布告の言葉。
僕はそれを胸に留め、僕らのやりとりを黙って見ていたエフェナとパシェルに言った。
「二人も帰るよ」
「あ、いえ。私たちはもう少し──シェルファ先生と大事なお話があるので」
「? 大事な話って?」
「破損したまだガラスの修理費だったり、迷惑料だったり……それ以外のことも、話さなくてはならないので」
エフェナは床に散乱したガラスの破片を拾い上げ、シェルファ先生を横目で見やり、言った。
含んだ言い方。
恐らく、今口にしたこと以外のことも話すのだろう。それが何か気になったが……聞かないほうがいい気がした。
僕の勘は当たる。
直感に従い、口を閉ざそう。
「あんまり遅くならないようにね」
「はい。おやすみなさい、先生」
「お、おやすみなさい」
別れの挨拶をした後、僕はシェルファ先生の自宅を後にした。
玄関扉を閉じた瞬間『そ、そんな組織があったんですか!?』というシェルファ先生の大きな声が聞こえたが、敢えて聞かなかったことにして帰路を急いだ。
本音を言えば気になったし、聞き耳を立てたかったけど……理性を総動員して我慢した。
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