第27話 発情した竜の力は半端ない
「あの卵は、シェルファ先生が産んだものだったのですね……」
バレちゃった。
僕の推測を肯定する言葉を口にしたシェルファ先生と、手元の濡れた青い卵を交互に見ながら、僕はここ数日ずっと探し求めていた答えを彼女に求めた。
「えっと……この卵は僕が知らない種のもので、調べても答えが見つからなかったのですが……もしかしなくても、シェルファ先生の種族は──海洋竜ですか?」
「正解」
産卵の苦しみはかなり和らぎ、楽になったらしい。
柔和な笑みを浮かべたシェルファ先生は頬を上気させたまま頷いた。
「私の種族は世界樹の獣の一体──海洋を統べる王竜リヴァイアサンだよ」
「道理で調べてもわからなかったわけだ……」
納得し、僕はシェルファ先生の魚の──否、海の王者の下半身を見た。
リヴァイアサンは太古の時代に世界樹によって生み出された獣の一体であり、生物が棲むことが出来ないほどに汚染されていた大海を浄化したと言われている。
つまるところ、海洋に棲む全生物だけではなく、海の恩恵を受ける全ての生物の救世主というわけだ。
今現在でも崇める者が多くいる大海の王竜だが、その血を引く亜人はとても希少だ。全世界でも数十人程度しかおらず、必然的に、データ量も少なくなる。
特に卵は資料提供者がおらず、未知のものとされてきた。
海洋をルーツに持つ、世界樹の獣。
僕とエイザの推測は的中していたらしい。まさか、こんな形で正解を得ることになるとは思わなかったけど。
「下半身を変化させることができるとは思いませんでしたね」
「できる種族は限られているからね」
「流石は竜種の頂点に君臨する種族の亜人だ……で」
僕はシェルファ先生の綺麗な尾びれから視線を外し、細めた目で彼女の顔を見た。
「なんで僕の研究室に卵を置いたんですか?」
「それはその……かなり乙女チックな理由があると言いますか」
「卵を渡した相手と結ばれるっていう伝承のことですか?」
恐らくこれだろう。
確信を抱きつつ問うと、シェルファ先生はゆっくりと頷いた。
「御名答です」
「なんでそんな迷信を信じたんですか……オカルトが好きなタイプでもなかったでしょう?」
「いやぁ、あまりにも私に春が訪れないから、ちょっと迷信というか伝承にでも頼ってみようかと思ってね。でも、直接渡しても君は絶対に受け取らないだろうから、夜にこっそり研究室に忍び込んで、置いたの」
「全く、何をやっているのやら……」
「ちなみにね」
シェルファ先生は悪戯めいた笑みをつくり、言った。
衝撃の事実を。
「私の卵、君はもう食べてるんだよ?」
「は──え!?」
いつ!?
「前にマフィンをあげたでしょ? それに私の卵を使ったんだ♪」
「嘘だと言ってほしい」
「ごめんね、真実なの」
マジかよ……。
僕が愕然としながら顔を覆った。
エフェナをはじめとして、数多の生徒から卵を食べてくれと言われたことがある。その全てを拒否し、絶対に食べないと心に誓っていたのだが……まさか、そんな形で口にすることになろうとは。
というか、これから怖いな。
生徒から貰う食べ物は全て警戒してしまう。
「はぁ……妙なことが最近、立て続けに起きる」
「そういう星の下に生まれたのかもね」
「他人事のように……」
僕はシェルファ先生の額に手刀を落とした。
「あ痛っ」
「貴女も妙なことを起こしている一人ですからね。というか、もっと他にやり方があったでしょう。好きという気持ちは、案外普通に伝えたほうが伝わるんですよ」
「シンプルな答えが思いつかなかったんだよねぇ……恋する乙女は盲目だから」
「便利な言葉ですね」
「そうだね……でも」
一度言葉を止め、シェルファ先生はうっとりとした表情で自分の頬に手を当てた。
「遠回りしちゃったからこそ、この経験が出来たんだよ。ゼファル君の傍で、手を握ってもらって、応援されながらする産卵……凄かった。学院の生徒たちが憧れるのも納得だよ。思い出すだけでも、余韻でゾクゾクする」
「癖にならないでくださいよ? 次に頼まれてもやりませんからね?」
「…………」
「返事しろよ、おい……」
マジで洒落にならないからやめてほしい。
今後はこれまで通り、自力で産卵してください。マジで。
心の底から頼むぞと思いつつ、僕はふと、自分の身体に視線を落とした。
「あー……服がベットベトだ」
思わず顔を顰めた。
僕が着用している衣服は今、外出できないような惨状になっている。シェルファ先生が産卵と同時に排出した分泌液でヌルヌルになっており、汚れてしまっている。
透明なそれはかなり沁み込んでしまっており、軽く拭いただけでは取れないだろう。洗濯が必要だ。
「このまま帰るわけにもいかな……いや、夜だからいけるか? 最悪迎えに来てもらっても──」
「無茶しちゃ駄目だよ。通報されちゃう」
「一体誰のせいだと……」
「私のせいだね。だからお詫びに──今日は泊まっていって」
「いや、魅力的な提案ではありますけど、それは流石に……着替えとかありませんし」
「大丈夫だよ。着替えは男女兼用の服があるか──いや、着替えなんかいらないか」
「? どういうこ──んむっ!?」
僕とシェルファ先生の間にあった、僅かな距離。
それを一気に詰め殺した彼女は僕の肩をガシッと掴み──勢いよく、僕の唇を自分のそれで塞いだ。
唐突のキスに、身体が硬直してしまう。
柔らかな唇の感触。鼻腔を擽る甘い香り。口内に侵入してくる舌と唾液。
呼吸が上手くできず、頭がクラッとし、脱力する。
その隙を逃さず、シェルファ先生は再び僕をソファに押し倒し、欲望のままに僕の口内を蹂躙した。
先ほどよりも強く唇を押し当てる。
流れ込んでくる唾液の量が多くなる。
苦しい、息ができない。酸欠になり、思考が上手く回らなくなる。
頭がボーッとする中、僕は気が付いた。
そういえば、竜種は産卵直後は発情状態になるんだった……。
「──プハッ!」
意識が闇に落ちる直前、シェルファ先生は満足した様子で僕から口を離した。
呼吸が可能になったことで、僕は必死に荒い呼吸を繰り返し、酸素を肺へ取り込む。
し、死ぬかと思った。
激しいキスによる酸欠で死亡なんて、笑い話にもならない。
命の危機から脱したことで、僕はぐったりとソファに寝ころんだまま脱力した。
そんな僕の上に乗り、シェルファ先生は僕のワイシャツのボタンに手を伸ばした。
「駄目……キスしたから、もう我慢できない」
「しぇ、シェルファ、先生は……」
「可愛い顔。ねぇ、もういいよね? もう我慢しなくていいよね? このまま一緒に身体を重ねて、立派な有精卵を作ろう? そして、これからのことも一緒に──」
完全に獲物を前にした猛獣の目になったシェルファ先生は言葉を口にしながら、僕のボタンを外していく。
この状況から脱することは難しい。
頭が上手く回らず、集中力が切れている状態では、魔法を使うこともできない。素の力は彼女のほうが圧倒的に上だし、竜種には敵わない。
あぁ、まずい。
散々エイザに忠告されたのに……。
頭の片隅でそんなことを考えながら、僕は抵抗することなく、諦めの境地に達した──その時だった。
「「させるかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」」
パリイイィィィンッ!!
窓ガラスが粉砕される大きな音と共に、聞き慣れた教え子たち──エフェナとパシェルの絶叫が鼓膜を大きく揺らしたのは。
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