第16話 間違いない。断言できる。これがバレたら僕の人生はエンディングを迎えてしまう

 二時間後。

 夜も深まり、暗闇に沈んだ学院にて。


「あっさりと侵入することができましたね」


 僕の腕を抱きかかえながら廊下を歩くエイザが、期待外れとでも言わんばかりに残念そうな声で言った。


「人とか、侵入防止のセキュリティとか、もう少し障害があったほうが個人的にとても楽しめたのですが……残念です。拍子抜けと言わざるを得ません」


「簡単に入れたことに文句を言うなよ。問題なく入れたほうが絶対にいいはずだ」


「私はスリルを楽しみたかったのです」


「こんな時にスリルを求めるな」


「こんな時だからこそです。何事も楽しまなくては……それにしても」


 エイザはギュッと僕の腕を抱きしめる力を強めた。


「流石ですね。こんなにあっさりと侵入することができたのは、ご主人様の魔法が凄いからに他なりません。この──透明化の魔法が」


 エイザの感嘆の声が鼓膜を叩き、僕は喜んでいいのかわからず、沈黙した。

 今、僕とエイザの姿を視認することのできる者は誰もいない。僕も彼女も、身体は勿論のこと、身に着けているもの全てが透明になっているから。

 勿論、自分の姿も見えない。腕を持ち上げても、目に映るのは暗い廊下だけだ。


 透明化。

 僕が持つ魔法の一つであり、種族特有の固有魔法だ。これを使用できるのは、僕が知る限り僕しかいない。

 効果は文字通り透明化だ。自分は勿論、僕が触れた者も動揺に透明にすることができる。但し、他者の場合は僕から離れると、途端に透明化が解除されてしまうけれど。


「本当はこんなことに使う魔法じゃないんだよ……祖先が世界樹から与えられた、神聖な魔法なんだよ……」


「何を言いますか。こんなに犯罪に適した魔法は他に存在しません。女湯とか覗き放題ですよ?」


「神聖な魔法を犯罪に適してるとか言うな。そんな不純なことに使うわけないだろう」


「言われてみればそうですね。ご主人様は、覗かれる側でした」


「そっちになるつもりもないけどね……あ、ここだ」


 喋りながら無人の暗い廊下を進むこと、数分。

 僕は『第一産卵室』と書かれた札が下がる部屋の前で足を止めた。

 ここが一つ目の目的地だ。僕たちはこれからこの中に入り、調べる。


「第一産卵室、ですか」


「うん。学院の中には全部で七つの産卵室があるんだ。まずは、ここから」


 説明しつつ、僕はポケットから取り出したピッキングツールを扉の鍵穴に挿入。ガチャガチャとそれを動かし、二秒で解錠した。


「よし、開いた」


「……」


「ん? どうした?」


 扉を開けて中に入り、透明化を解除する。と、エイザが細めた目で僕を見ていることに気が付いた。

 問うと、彼女は苦笑した。


「犯罪はしないと言っておきながら、ご主人様はそっち方面の技術に長けていらっしゃいますね」


「……昔、色々あったんだよ。詮索はしないでくれ」


「いつか教えてくださいね」


「いつか、ね」


 そんな時は永遠に来ないだろうけど。

 心の中で言った僕は言葉を濁し、持参したランプに火を灯した。

 産卵室には窓がないため、室内は完全な暗闇だ。光源がないと、何も見えない。


「えっと、確か……」


 ランプの光で周囲を照らしながら、僕は目的のものを探す。

 薄い壁とカーテンで仕切られた幾つもの小部屋、利用者の名簿、椅子や机などの家具、薬瓶が並べられた戸棚。

 特徴的な景色を眺め……その後、僕は部屋の最奥に目を留めた。

 立方体の白い大きな箱。あれだ。僕たちの探し物は、あれに違いない。


「あったよ、保管庫だ」


 エイザを伴って箱に近付いた。


「ここで産卵した生徒たちは、無精卵をここに入れるんだ。次の日の朝になると、専門の業者がこれを回収することになっている」


「では、早速開けましょうか」


「そうだね。生徒たちのプライバシーを見ることになるから、ちょっと心苦しいけど」


 大きな罪悪感を覚えながらも、僕は必要なことだと自分に言い聞かせ、保管庫の蓋を開けた。

 中に入っていたのは予想通り、沢山の卵だ。

 様々な種族の無精卵。一つ一つが形状も、色も、大きさも異なる。


 それを見ていると、独特な香りが漂ってきた。

 潮風にも似ているが、僅かに甘い香り。これは卵本来の香り。それから……。


「膣分泌液ですね」


「考えないようにしていたんだから言わないでくれ」


 僕は片手で顔を覆い、エイザに言った。

 まぁ、うん、わかってはいたけど、その通りだ。全ての亜人は産卵時、透明で滑り気のある特徴的な液を分泌する。それは卵をスムーズに体外へ排出するための生理現象だ。

 当然、卵にはそれが付着するわけだが……この香りの正体は、それだ。


 ポン、とエイザは僕の肩に手を置いた。

 そして、言う。僕の心を抉ることを。


「乙女の愛液が沢山付着した卵をジロジロ見るなんて……ご主人様は変態ですね」


「やめろ……死にたくなる」


 僕の行いは、本当に変態で最低で犯罪だ。

 あぁ……何やってるんだ僕は。教師の身で、こんなことを。

 もう嫌だ……自分が。死にたい……。


「ご主人様の弱みをゲットしました。これでしばらくは、揶揄うことができそうです」


「悪魔め……」


「何とでも仰ってください、変態ご主人様……それと残念ながら」


 保管庫の中を覗き込み、鼻を幾度も鳴らした後、エイザは言った。


「あの青い卵と同じものは入っていませんね。下の段からも、あれと同じ匂いはしません」


「そっか……」


 気持ちを切り替えた僕はエイザの報告を聞き、保管庫の蓋をバタンと閉じた。

 一つ目はハズレ。

 残念だけど、まだ産卵室は六つある。次に期待しよう。


 僕は少なくないダメージを心に負い、それを引き摺りながらも、自分の目的のためには仕方ないことなのだと自分に言い聞かせ……再び透明化を発動して退室し、次の産卵室を目指した。

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