第15話 最高に最低で変態的な提案

「話は変わりますが、ご主人様」


「なに?」


 エイザが僕を見上げて問うた。


「ご主人様に贈られた例の卵について、何かわかりましたか?」


「あー……残念ながら新たにわかったことは何もないよ」


 思い出し、僕は溜め息を吐いた。


「学院に在籍している生徒の名簿を確認したけど、世界樹の獣の血を引く亜人は一人もいなかった」


「そうでしたか。やはり、すぐに見つかるものではありませんね。相手も、バレないように細工をしているはずですし」


「うん。今後も苦戦が強いられそうだ」


 正直なことを言ってしまえば、見つかる気がしなかった。

 学院に在籍している者にはいない種族の卵。誰が、どうやって、何を目的として僕の研究室に置いたのか、確定した情報は一つもない。手元にあるものは全て、推測に過ぎないのだ。

 手掛かりの探し方すらも、正解がわからない。


 早くも手詰まりだ。

 何処からどうやって、何をして探せばいいのやら。


「ご主人様」


 悩み、頭を抱えていると、不意にエイザが僕に言った。


「一つ、優秀で有能で、可愛い貴女のメイドから提案がございます」


「認めるのは妙に癪なんだけど、なに?」


 問うと、エイザは水面に出した右手の人差し指を立てて言った。


「学院の産卵室に行ってみるのはどうでしょうか」


「…………なんで」


「理由は簡単です。産卵室には、無精卵が沢山保管されています。しかも、産卵室の利用者には名簿があるはず。研究室に置かれていた青い卵と同種のものがあれば、かなり候補を絞れるはずです」


「あー……うん。それは僕も一度考えたよ」


 僕は頷いて返した。

 提案自体は素晴らしいことだ。手掛かりを全く掴むことができていない今、最も情報を入手することができる可能性の高い作戦であることは事実。あの青い卵と同種のものを見つけることができれば、手詰まりな現状を打開することができる。


 しかし、しかしだ。

 それを実行するためには、大きな障害がある。僕を躊躇わせることが。

 それは──。


「男の僕が産卵室に入るの……ほとんど犯罪なんだよね」


 産卵室とは本来、女性のみが立ち入ることを許された男子禁制の場。例え無人の学院内であったとしても、それは変わらない。何故なら保管されている卵は、女性のプライバシーそのものだから。


 仮に僕が夜の産卵室に忍び込み、誰かに見つかったとしよう。

 即通報、即逮捕、即拘留だ。

 釈放後も、変態教師のレッテルを貼られることになる。特殊性癖の変態不審者と。


 そのリスクを考慮すると、実行には移せない。


「バレた時のリスクがあまりにも大きすぎる。ナシだ。僕は変態じゃない」


「確かにそうですね。私の卵と体液を毎日摂取し、生徒の産卵を手伝った挙句に身体を舐めさせ、従者と全裸で入浴していますが、ご主人様は変態ではありません」


「うわぁ、文字にしたらヤバイな……」


「訂正します。ご主人様はやはり変態です」


「訂正しないでよ」


 第三者が聞いたら確実に僕を変態として扱う事実の数々。どれ一つとして、僕から望んで行ったことはないのだけど……マズイな。このままだと不審者一直線だ。気を付けよう。

 まぁ、僕が気を付けたところで、周りが許してくれないんだけどね……現実は本当に、ままならない。


「冗談はさておき……如何なさいますか? リスクはありますが、これが現状、最も有効な調査ですが」


「そうだとしても、やらないよ。僕の未来が終わる可能性がある」


「良いことを教えましょう。バレなければ変態ではないのです」


「それはバレなければ犯罪ではないの間違いでは?」


「そうとも言いますね。つまり、産卵室に侵入したことがバレなければ、全てが丸く収まるというわけです。幸い、夜の学院は人が少ないですし」


「少ないと言っても、人はいる。見つかる可能性はあるわけで──」


「ここまで言ってもわかりませんか、ご主人様」


 僕の手を握り、エイザは告げた。


「貴方には、あるではありませんか。侵入に適した──魔法が」


「……まさか、あれを使えと?」


「そのまさかです」


「駄目に決まってるだろ!」


 エイザの言っていることを察した僕は、即座に首を左右に振った。


「あれはそんなふしだらなことに使うための魔法じゃないんだよ! 世界樹を守るために与えられた、我が種族の誇る魔法の一つで──」


「あんなに犯罪に適した魔法は他にないのですから、有効活用しないと勿体ないでしょう」


「犯罪って言うなよ! とにかく却下、駄目ったら駄目!」


「へぇ……本当によろしいのですか?」


 突然、エイザは声音を変えて僕に言った。


「ここで覚悟を決めなければ、とんでもないことになります。そういう未来が私には見える」


「どういうことだよ」


「卵の持ち主を見つけられなかったら、ご主人様はあの卵をずっと持ち続けることになります。そして、普段から生徒の交流がある貴方はいずれ、そのことを知られてしまう。そうなったら、あとはもう連鎖です」


 エイザは低くした声音のまま続けた。


「卵を受け取ったことが生徒たちに露見。次から次へと卵を贈られ、貴方は断ることができない。そしてその最中、生徒たちは気が付くのです。ご主人様は力では自分たちに勝つことができない。無理矢理押し倒せば、こっちのものだと」


「……」


「毎日のように大勢の生徒に犯され、彼女たちは次々に妊娠。子宮に有精卵を抱えることになるでしょう」


「しゃ、洒落にならないことを言うなよ……大体、僕の生徒たちはそんなこと……そんなこと……」


 頭にエフェナとパシェルの顔が浮かんだ。

 そんなことをしないとは、断言できなかった。


「ご決断ください、ご主人様」


「いや、だけどさ……流石に」


「今が分水嶺なのですよ。やるは一時の変態、やらないは一生のパパです」


「何その言葉」


「ついでに私をママにしてください。パパ」


「誰がパパだ」


 変な言葉を作って説得された僕は少し悩んだ後……致し方ない、と首を縦に振った。


「わかったよ。やるよ」


「ご決断に敬意を。私も同行しますので」


「君の嗅覚は頼りになるから、連れて行くのは当然なんだけど……あぁ、こんなことに世界樹から賜った魔法を使うなんて」


 僕はげんなりして呟いた。

 これから僕は、あまりにも不純なことに神聖な魔法を使う。そのことに対する罪悪感と、これから犯罪行為をするという事実に、肩を落とした。


「あれ、エイザも行くってことはさ」


 気が付き、僕はエイザに言った。


「別に僕が行かなくても、君が一人で行ってくればいいんじゃ?」


「私は学院の関係者ではないので、一人で敷地内に立ち入ることはできません。それに──ご主人様もいたほうが、面白いではありませんか」


「端からそれが目的か狼メイド」


 まんまと乗せられた。

 しかし、一度やると言ってしまった以上、撤回することはできない。


 口車の上手いやつめ。

 真顔の決め顔でウインクしたエイザに、僕は『参ったよ』と告げ、白く濁った湯に顔の半分を沈めた。

 ブクブクと、水面に泡を立てて。

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