第12話 可愛い教え子が目の前で産卵しているんですけど、これを見ている僕はあとで捕まったりするのでしょうか?
「産卵を手伝ってほしいって……」
パシェルの頼みを聞いた僕は復唱し、いやいやいや、と首を左右に振った。
「流石にそれはできないよ。恋仲でもない異性がやっていいことじゃない。無精卵の産卵なら、専用の産卵室があるからそこで──」
「私は、産卵室では、産めないんです」
「産めないって──あぁ、そうか」
理解した。
パシェルはドリアードと木竜の混血種。植物にルーツを持つ亜人であるため、産卵時には陽光が必要になるのだ。
この学院だけではなく、公共施設であれば何処にでも設けられている産卵室は、プライバシーを保護するために窓がない。そのため、彼女は産卵することができないのだ。
その点、この研究室は日当たりがとても良く、今も窓から陽光が多く差し込んでいる。しかも、研究室付近は人通りが少ないため、産卵を見られることもない。
パシェルが産卵するにはうってつけの場所なのだ。
だが……だとしてもだ。
「僕が産卵に立ち会ってもいいのか……」
「大丈夫、です。私の卵は翼に実りますので、服を脱ぐ必要は、ありません。それに……初めての産卵、なので、一人だと心細いんです」
「う、う~ん」
「先生……駄目、でしょうか?」
「うっ…………わかったよ」
涙目で訴えるパシェルに、僕は降参を示して両手を上げた。
可愛い教え子がここまで必死に訴えかけてきたのだ。これを断ることなんてできない。僕はそこまで冷たい男ではないし、何より、困っている生徒に寄り添うのが教師だから。
先生として、力になってあげよう。
「おいで、パシェル」
「え?」
「いいから」
僕が両腕を広げてパシェルにこちらへ来るように言うと、少し躊躇った後、彼女は勢いよく真正面から僕に抱き着いた。
力は強い。
痛みを感じ、呼吸が苦しくなるほどの強い力で、パシェルは僕の身体を抱きしめている。同時に、彼女の豊かな胸が僕の胸板で潰れ、その柔らかな感触が伝わってくるが……生徒に劣情を抱くわけにはいかない。
ここは耐えろ。僕は教師。気にしない、気にしない……。
「ハァ……ハァ……先生……」
「落ち着いて。ゆっくりと呼吸を繰り返すんだ。心を落ち着けて、身体の力を抜いて……そう、その調子」
パシェルは僕の言う通りに身体の力を抜き、深呼吸を繰り返した。
これで、幾分か身体は楽になったはずだ。
さて……ここから先は、僕も初めて行う。
知識はあるけど、本来ならば専門の
ひよっていても仕方ない。
自分を信じよう。
覚悟を決め、僕はパシェルの翼に手を伸ばし──白く変色している枝に触れた。
「ぃ──ッ、うぅ……」
触れた途端、パシェルは艶のある声を上げ、肩を震わせた。
かなり敏感になっているらしい。
しかし、僕は翼に触れるのを止めず、絶妙な力加減でマッサージを続けた。
「大丈夫。ちょっとピリピリして、電気が走ったような感覚になっていると思うけど、我慢するんだ。力を抜いて、身を委ねて……」
「は、はい」
「パシェルは強い子だから、乗り越えられるよ。頑張れ~……頑張れ~」
慰め、励ましながら、マッサージを継続し……数分後。
それまでは僕の身体を抱きしめ、翼の感覚に耐えていたパシェルは、不意に僕の首筋に噛みついた。
「せん、せい……っ」
僕を呼んだパシェルは、僕の肌を唾液で濡らし、歯を突き立てる。
鋭い痛みが走った。出血もしている。痛みに、僕は思わず顔を顰めた。
ただ身体を抱きしめているだけでは耐えきれなくなったのだろう。僕の首筋に噛みつくことで、苦しみを誤魔化しているのだ。
拒絶はしない。できるわけない。
この痛みを受け入れ……僕は声をかけ続ける。
「よしよし、頑張れ。もう少しだよ」
「は、はひ……」
パシェルの唾液が肌を滑る。
僕の両手は翼のマッサージをしているため使えない。頭を撫でてやれないのが、手を握ってやれないのが、残念だ。
だからせめて、励まし続けよう──と。
「お」
パシェルの両翼が白い光を発した。
陽光にも似た、暖かな光。それは視界を、室内を、世界を白く染め上げ──次の瞬間、それは二つの果実に変化した。
左右両翼に一つずつ、新雪のように真っ白な果実。
それは実った直後に床へ落ち、ゴト、と重みを感じる音を鳴らした。
「これが、木竜とドリアードの混血種が産んだ卵……」
知識としては知っていたが、実物を見るのは初めての代物。
それを前に、僕の研究者としての血が騒ぎ始め──。
「……っ」
「! パシェル」
ぐったりと疲れ切った様子で身体を僕に預けたパシェルを受け止め、頭を撫でる。
「よしよし、頑張ったね。えらい、えらい」
「は、はい……あぁ、先生!」
僕の胸に押し当てていた顔を上げたパシェルは直後、僕の首筋にできた傷を見て、慌てふためいた。
自分がつくった傷を見て。
「これ、私が……ご、ごめんなさい、先生!」
「大丈夫だよ。血が出てるけど、傷は深くない。それに、すぐに治るから──って、パシェルッ!?」
僕は問題ないことを伝えたのだが……それを聞いていないのか、パシェルはゴクリと喉を鳴らし──傷へと顔を寄せ、それを舐めた。
動物が傷を治そうとするように、痛みを和らげようとするように、何度も、何度も、唾液で濡れた舌を這わせた。
その度に、微かな痛みと奇妙な快感が僕の身体を駆け巡る。
教え子に身体を舐められているという、背徳感も。
「ごめんなさい……ごめんなさいっ」
「ぱ、パシェル、僕は大丈夫だから、舐めるのを止めて……」
僕はそれなりに大きな声で静止を呼びかけるが、やはり聞こえていないらしい。パシェルは舐めるのを全くやめない。
手荒な真似はしたくなかったのだが……仕方ない。
僕は強引に彼女を引き剥がそうと、彼女の肩に手を添える──が。
「う、お……力、強ッ」
肩を押してもビクともせず、寧ろ、逃がさないと言わんばかりに、いつのまにか再び背中に回されていた両腕の力が強くなった。
や、やはりというべきか。亜人の生徒の前では、僕は非力だ。
力では勝つことができない。引き剥がすことができない。
どうやらパシェルは変なスイッチが入ったらしい。
明らかにいつもとは違うし、酩酊したように目がトロンとしている。呼吸も荒く、自分の身体を僕に押し付けている。
まずいな。
早くやめさせないと。とても教師と生徒がしていい行為じゃない。
こんなところ、誰かに見られたら──。
「失礼します、先生。ここにパシェルが来て──」
「あ」
ガチャリ、と音を立てて扉が開かれた。
入室してきたのは、エフェナだ。今は授業中で、本来であれば教室で授業を受けているはずの彼女は研究室に足を踏み入れた直後──僕とパシェルを見て硬直した。
なんでここに? 授業はどうしたの? いや、何か用がある? とりあえず扉閉めてくれ。いやその前に、早くパシェルを離さないと。
様々な思考が入り混じり、何からすれば良いのかわからなくなった。
すると、エフェナは混乱して次の行動を起こせずにいる僕から視線を外し、陽光が差し込む窓、床に落ちた二つの果実、必死に僕の首筋を舐めるパシェルを見やり──ここで起きた全てを理解したらしい。
後ろ手で扉を閉じた彼女は、ガチャ、と扉に鍵をかけ──光を失った瞳と、恐怖を感じる微笑みを浮かべて言った。
「ゼファル先生……私もここで、卵を産んでいいですか?」
「いいわけないだろ何言ってるんだっ!」
「どうしてですかッ! パシェルがここで産んだのなら、私も許されていいはずですっ!」
「これは不可抗力だったんだよ! この子の種族的なことで!」
「なら私も先生の首を舐めます! 歯形もつけます!」
「駄目──っていうか早くパシェルを離すの手伝ってくれ!」
不毛な言い争いを終わらせるため、僕は協力を要請した。
結局、必死に僕の傷を舐めるパシェルを引き剥がすのに十分を要し……さらに羞恥で悶えるパシェルと、次は自分の番だと迫ってくるエフェナを宥めるのに、一時間を要した。
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