第11話 とある生徒の告白
「あー……ちょっと疲れたな」
一限目の授業を無事に終えた僕は研究室に戻り、紅茶とスコーンを楽しみながら一服していた。
振り返るのは、先ほどの授業。
自習の時間は僕への質問時間に変わってしまったわけだが……本当に、凄い数の質問をされることになってしまった。
どうして二年生の授業しかやってくれないのか。何の種族の亜人なのか。普段は何処で何をしているのか。集会の時に会場にいないのは何故か。身体は何処から洗うのか……。
公私に渡り、様々な質問が飛んできた。
勿論、その全てに答えたわけではない。中には答えにくい質問もあったので、答えを濁したりもした。
だからこそ疲れた。
話せないことを上手く誤魔化すために頭を使ったため、身体よりも脳が疲労してしまったのだ。まるで気分は、取り調べを受けている罪人のようだった……。
次の時間、授業が入っていなくて本当に良かった。
心の底から安堵し、僕は摘まんだスコーンを口に放り込んだ──その時。
「し、失礼します」
三回のノックが響いた扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。
パシェルだ。
今朝会ったばかり、木の翼を背中に携えた少女。
彼女が入室した途端、今朝も感じた春の香りが室内に広がり、僕の鼻腔を擽った。その香りを発生させている枝の角に咲く花は、今朝よりも数を増やしている。
授業間に生徒がここを訪れるなんて珍しいな。
彼女の来訪を意外に思いながら、僕は声をかけた。
「パシェル、どうしたの? あと五分で授業が始まるけど」
「えっと、次の授業は大丈夫です。欠席に、してもらいますので」
「欠席に?」
僕は首を傾げた。
確かに、事前に申し出れば授業を欠席することは可能だ。怪我や体調不良などが主な理由になるけれど……パシェルの顔をよく見れば、赤い気がする。風邪でも引いたのか? いや、だとしたら保健室に行くはずだ。どうして僕の研究室に──。
「あの、ゼファル先生」
「うん?」
「その……わ、私の本、持ってますか?」
「本? ……あぁ、これのことか」
思い出し、僕は机上に置いてあった一冊の本──パシェルの持ち物である官能小説を手に取った。
「ベンチに忘れてあったから、一応回収しておいたよ」
「ありがとうございます……中は、見ました?」
「……少しだけ」
言いづらいが、ここは教師として言わねば。
覚悟を決め、僕はパシェルに言った。
「まぁ、その……人の趣味嗜好に文句を言うつもりはないんだけどね? 内容が少しばかり過激なようだから、学院で読むには適さないんじゃないかな。他の先生に見つかったら、多分没収されるようなものだし」
「うぅ……す、すみません」
パシェルはとても恥ずかしそうに、頭を下げた。
「この本は、その、女子寮の生徒たちの間で流行っている本でして……」
「こういうのが流行っているのか……いや、性に多感な時期だし、納得はできるけど。あぁ、はい。返すよ」
「ありがとうございます……あの、ぜ、ゼファル先生……」
僕から本を受け取ったパシェルは、懇願するように言った。
「このことは、どうか、あの、ご内密に……」
「それは勿論。他人に言いふらしたりはしないから、安心して」
「……何も、求めないのですか?」
「へ?」
求める? 何を?
僕が困惑していると、パシェルは受け取ったばかりの本を見下ろして言った。
「お、女の子が秘密を求めると、男の人は見返りに色々な要求をすると……た、例えば、あの、その、身体の関係、とか」
「求めるわけないだろっ!?」
「でも、この本にはそう書いてあって」
「それは官能小説だからだよッ! そういう描写がないと、メインのシーンにいけないから、そういうことになっているだけ! 現実とは違うんだよ!」
僕はパシェルの間違った認識を正そうと、必死に説明した。
秘密の見返りに肉体関係を要求するなんて……相当なクズ男だぞ? それ。創作だから許されているのであって、現実でそんなことをすれば犯罪だ。
第一、僕は教師。生徒に対してそんな邪な気持ちを抱くことなんてない。
ひとしきり説明し、僕は溜め息交じりに言った。
「とにかく、そんな要求はしないから安心しなさい」
「わ、わかりました」
「よし……じゃあ、次の授業は欠席するということなら、君は保健室に──」
「あ、あの先生!」
僕の言葉を遮り、パシェルは続けた。
「こ、ここに来たのは、もう一つ理由がありまして」
「もう一つ? それは?」
「……私の、花の香りのことなんです」
パシェルは頭部の角に咲く花を指さした。
「ゼファル先生は、この花の香りを、春の香りと表現しましたよね」
「うん。現に、今もその香りはするよ。それがどうかしたの?」
「……信じて貰えないかもしれないんですけど」
前置きし、パシェルは言った。
「普通の人は、この花の香りを認識できないんです。認識することができるのは、番いに最適な人──つまり、運命の相手だけです」
「…………え?」
僕は呆然と呟いた。
運命の相手? 確か、パシェルは今朝もそんなことを言っていたけれど……え?
「花の香りを感じられる人は、運命の人……え、僕が、ってこと?」
「そ、そういうことに、なるんです」
「い、いやいや、待って待って!」
先ほどよりも顔を赤く染めて頷いたパシェルに、僕は静止を促した。
少し考えを整理する時間が欲しい。
今は、かなり頭がこんがらがっているから。
「……そういえば、ドリアードは産卵期になると、花の香りを発して番いを見つける習性があったっけ。花の香りにつられて寄ってきた相手と結ばれるって」
「そ、そうなんです」
「いや、でも……う~ん」
「わ、私は!」
僕が両腕を組んで唸っていると、不意に、パシェルが言った。
「ぜ、ゼファル先生のことを、とても好ましく思っています……先生の胤を貰って、有精卵を作りたいと思うほどには」
「ど、独特な告白だね……」
「それだけじゃないです!」
持っていた本を床に落とし、僕との間にあった距離を詰め、ずい、とパシェルは僕に顔を近づけた。
「せ、先生にだったら、私は、私は──あの本に書かれていたようなことをされても構いません! ぐ、具体的には──先生の○○○〇を私の○○○〇で包み込んで、息ができなくなるくらいキスして、○○○して○○してッ」
「おおお落ち着いてパシェル! さっきからとんでもないことばかり口走ってるからッ!」
「私は、私は、それだけ、本気で……うッ」
顔を真っ赤に染めながらも真剣に訴えてきたパシェルは突然、その場に膝をついてしまった。自分の身体を抱きしめ、荒い呼吸を繰り返し、とても苦しそうに顔を顰めている。
明らかに異常だ。
僕は慌てて椅子から下り、パシェルに寄り添った。
「パシェル、大丈夫……じゃないよね。何処が苦しい?」
「せん、せい……」
「話すのも厳しそうだね。とにかく、ゆっくり呼吸をして」
何とか言葉を発するパシェルに言い聞かせ、僕は彼女の首に触れた。
熱い。平熱とは異なる体温だ。
しかし……この苦しみ方。明らかに普通の風邪とは違う。
一先ず、この研究室にいても何もできない。
急いで、保健室に運んで──。
「せ、ん、せい……」
僕がパシェルの身体を抱きかかえようと腕を伸ばすと、彼女は僕の手首を掴んだ。
首筋同様に熱い掌。力強く握られており、微かに痛みも感じる。
大丈夫だよ、すぐに保健室に連れて行ってあげるから。
と、僕はそう言おうと口を開いたが──次にパシェルの口から発せられた言葉に、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
飲み込まざるを得なかった。
何故なら……。
「産卵……手伝ってください」
こんな要求をされたから。
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