第4話 ガッツリ見られていたようです
数十分後。
「極上の快楽を味わいました……」
ココアの入ったマグカップを両手に持ったエフェナはソファに深く腰掛け、とても満ち足りた表情で言った。
「信じられないくらい翼が軽いです。今まで感じたことがないほどに気持ちが良かったし……本当に、今すぐに空を自由に飛び回りたい」
「それはよかった」
パタパタと嬉しそうに翼を羽ばたかせるエフェナに、僕は入れたばかりの紅茶が入ったカップを口元で傾け、言った。
「何度も言うけど、誰にも言わないようにね? 君が言いふらしたら最悪、僕は明日から教師じゃなくてマッサージ屋さんになってしまうから」
「勿論、わかっています。私がゼファル先生に身体を好き放題されたのは、ここだけの秘密ですね」
「僕が触ったのは翼だけなんだから変な言い方しないでくれ!」
なんでまた誤解しか生まないような言い方をするんだ……。
本当にエフェナが約束を守れるのか、とても不安になってきた。頼むぜ、本当に。
生まれた不安に肩を落とし、胸中のそれを誤魔化すように紅茶を啜る。
と、エフェナが僕に問うた。
「ところで先生。置かれていた卵というのは、何処に?」
「ああ、これだよ」
僕は執務机に置かれていたビーカーを手に取り、卵の入ったそれをエフェナに手渡した。
それを受け取った彼女は、ジッと卵を観察する。
「とっても綺麗な卵ですね。青色なんて……宝石みたい」
「海洋生物にルーツを持つ亜人の特徴だね。高い水圧にも耐えることができるように、外殻も硬い……現状わかっているのはこれくらいだ。どんな亜人の卵なのか、ということだけ」
「それ以上のことは、何も?」
「残念ながらね」
僕も卵を見つめた。
「辛うじて言えることは、この卵が置かれたのは、僕が昨晩ここを出た21時から、出勤した8時30分の間ということくらいか」
「21時となると、学院にいる人は限られるのでは?」
「うん。夜だけなら、天文学部の部員が有力になるけど……朝に置かれた線もあるんだ。断定はできない」
「じゃあ、この部屋の鍵を開けられる人は……」
「それも考えたけど、この部屋の鍵は開けようと思えばピッキングで開けられるからね……君のように」
「確かにそうですね」
「否定しなさい」
当たり前のように受け入れたエフェナに思わずツッコミを入れた。
まぁ、それはおいておき……どうするか。聞き込みでもしたいところだが、あまり大きな騒ぎにはしたくない。最悪、学院長に相談して──いや、駄目だ。あの人の手は借りれない。こんなことであの人に貸しを作るのはまっぴらごめんだ。僕の力だけで解決しないと。
本当に……どうしよう。
悩みに悩み、しかし妙案は出ず。
そんな現状に溜め息を吐き、僕は紅茶を啜って、視線を扉のほうへと向け──。
目があった。
少しだけ開けられた扉の隙間。
そこから室内を覗き込む、水色の瞳と。
「──ッ!!? びっくりした……」
予期せぬ視線の衝突に驚き、僕は自分の胸に手を当てる。
しかし、一瞬跳ねた心臓も、すぐに正常に戻った。
何故なら、室内を覗き込んでいる人物が誰なのかわかったから。
なんでコソコソと覗き込むようなことを……。
僕は疑問に思いながら、ティーカップを机に置き、その人物へと声をかけた。
「何をしているんですか──シェルファ先生」
問いかけると、ギギ、とゆっくり扉を開けたシェルファ先生は入室し……開口一番、頬を赤らめながら言った。
「ゼファル君……が、学院内で生徒と淫らな行為をするのは犯罪だよッ!」
「淫らな行為なんてしていませんが」
「嘘おっしゃいッ! ついさっきまで、そこのエフェナさんが淫らな声で喘ぐような行為をしていたでしょ!」
「翼のマッサージをしていただけですが」
僕は淡々と答えた。
これの何処が淫らな行為なんだ。
まぁ、確かに。翼は安易に他者に触らせるような場所ではないし、敏感な部分だし、触れると思わず悶えてしまうし、亜人が愛し合う時には愛撫するような場所ではあるけど……決して淫らな行為ではない。
「シェルファ先生にはそんなことを言う資格はないと思います」
黙って聞いていたエフェナがカップを置き、冷たい微笑みをシェルファ先生に向けた。
「生徒たちが授業を受け、勉学に励んでいる間に、この密室でゼファル先生の身体をしゃぶっていた貴女には!」
「ねぇ、言い方」
「そ、それは……わ、私は別にいやらしい気持ちがあって、ゼファル君の身体をしゃぶったわけじゃないからッ!」
「言い方……」
話聞いてよ。
切実に願うが、どうやら届かないらしい。
二人はやりとりを続ける。
「やらしい気持ちがなかったなんて……嘘、ですよね?」
「な、何を……」
「ありえませんよ。そんなこと」
エフェナが立ち上がった。
「もしも私が貴女の立場なら、確実にやらしい気持ちになります。いや、ならないとおかしい。ゼファル先生の身体を舐めて発情しないなんて、生物として欠陥なのですから!」
「ぐ、ぐぅ……」
「否定しろよ」
届かないツッコミを入れると、シェルファ先生は言い返した。
「あ、貴女はどうなの!? ゼファル君に翼のマッサージをされて……淫靡な気持ちになったんじゃないの?」
「なりましたよ、とっても」
恥ずかしがることもなく言い、エフェナは自分の腹に手を当てた。
「翼の敏感な部分を触られながら、淫靡でやらしい気持ちになりました。許されることなら、今すぐに私の子宮に胤を植え付け、立派な有精卵を作って欲しいと……チラ」
「こっち見るな」
「ぐぬぬ……」
シェルファ先生は拳を握り固めた。
「だ、駄目だよ、エフェナさん。貴女はもっと自分の身体を……自分の身分を考えないと。だって、貴女は──マイルラーラ天空王国の王女なんだから!」
「王女だからなんですか! ゼファル先生は私の王族としての体裁や気品を求めるような方ではありません! それに現実として……彼の種族は、一国の王族よりも遥かに──」
「はいはい、そこまで」
ヒートアップしてきたので、僕は二人の間に割って入る。
「二人とも落ち着きましょう。ここは喧嘩をするところじゃないんですから」
「ご、ごめんね」
「失礼しました」
互いに矛を収めたことに安堵し、次いで、僕は冷静になったシェルファ先生に尋ねた。
「それで、シェルファ先生。何か用事があったのでは?」
「へ? ……あ、そうだった。これを渡しに来たんだった」
「これ?」
首を傾げると、シェルファ先生は僕にあるものを手渡した。
「これは、マフィン?」
「うん。昼間のお詫びに……こ、購買のやつだけどね」
「お詫びって、寧ろ、昼間のことは感謝しているくらいですのに……いえ、野暮ですね。ありがとうございます」
素直に嬉しかった。
昼食を食べそびれたので、僕は空腹だ。小腹を満たすことができるものが丁度手元になかったので、丁度良かった。
僕はシェルファ先生に感謝し、早速、紙袋の中からマフィンを取り出し──齧った。口内に広がる程よい甘さ。甘く美味しいそれを咀嚼し、呑み込み、食道に通す。
空腹の時に食べるものをほど美味いな。
そんな感想を抱きながら、僕はもう一口齧り──気が付いた。
「ん? どうしました?」
「へ? い、いや……別に、何でもない、よ?」
マフィンを食べる僕を見つめて、シェルファ先生が嬉しいような、喜んでいるような、いけないことをしているような……そんな表情をしていた。
だが、彼女は何でもないと首を左右に振り『私終わったから、私は帰るね』と、扉を開けて退室した。
「ま、さか……あの人……マフィンに──」
シェルファ先生が退室し、扉が閉じてすぐ、エフェナは驚愕の表情でそんなことを呟いていたが……結局、その理由を教えてもらうことはできなかった。
一体、何だったのか……。
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