【鑑定その2 旋回する護符 後編】
「いや効かなかったよ」
ルブラはむすっとした顔で言った。
彼女の豊かな赤髪は、毛先がちょっと焦げていた。
ファイア・ドラゴンに遭遇したルブラはおもむろに謎の紋章を取り出し、回転させる。動体視力という弱点があるドラゴンはその動く物体に視線を釘付けにされ、その隙にやすやすとドラゴンを倒せる……と思ったのだが。
「ぜんぜん利かなかったよ?」
ファイア・ドラゴンはその紋章にちらりと視線を向けたものの、それがただ無意味に回転するだけだと理解すると、上体を持ち上げ、腹をふくらまし、火炎を吹く態勢に入ったという。
「いやあ……ごめん」
「まったくもう」
「でも、勝ったんでしょ?」
「負けるわけないじゃん」
いざ火竜が炎を吹こうとすれば、並みの冒険者なら逃げ惑うか身をちぢこめる。もう少し練度の高い冒険者なら、散開隊形をとって盾を構える。しかしルブラは格が違う。
彼女はそこに突進するのである。
ルブラいわく、ファイア・ドラゴンは一度火炎を吐き始めたら吐き終えるまで止めることはできない。威嚇のような姿勢のまま硬直し炎を吐き続ける。つまり懐に飛び込んでしまうと、それは木を切り倒すような仕事になるのだという。
もっとも、普段のルブラだと、ドラゴンが火を吐こうとするやいなやで仕留めてしまうので、今回は一手遅れたことになる。それもこれもその紋章の効果を試そうとしたせいだと。そう言ってむくれていた。
「まったく、カタリアちゃんもけっこういい加減なんだよな」
「む、むう」
「あー。ファイアドラゴン倒したあとは冷たいものが食べたくなるなあ」
ルブラは独り言めかしてそう言う。もちろん独り言ではない。
「アイスクリーム作ってあげるから」
「やった」
ルブラの表情が明るくなる。
「待ってて……氷を用意してくるから」
やれやれ。わたしは工房を出て、氷室のほうに向かう。実験のために氷雪は常備してあるのだ。氷室の前にはルブラの持ち帰ってきた戦利品が置かれていた。大きな頭陀袋からはみ出ていたファイアドラゴンの首と目が合った。
ファイアドラゴンの内臓からとれる酸は強力な寒材になる。氷と混ぜると急速に温度が下がるのだ。塩でもいいが塩よりも効率がいい。今回はこれを使おう。
まさかファイアドラゴンも、自分の内臓がアイスクリームをつくるのに使われるとは夢にも思うまい。
アイスクリームを作りながら考えていたが、結局、紋章の謎は解けなかった。まさか本当にくるくる回るだけのオモチャなのか? と、クリームをくるくる混ぜながら悩む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます