【鑑定その1 魔人殺しの菓子 後編】

「ふーん」

 わたしの論理的な説明を聞いたルブラは、とくに興味のなさそうな返答をする。そして赤いのを吐き出して、次に出てきた白いのを食った。食うなよ。怪物がそれ食って死んでたんだぞ。

 女戦士ルブラちゃん、私の友人だ。ルブラというのが本名なのか、それともほかの冒険者たちがつけた通り名なのかはわからない。なんにせよ、その名は彼女の印象的な赤髪とともに記憶に残る。

 この女のすごいところは本当に怖いもの知らずなところだ。勇気という言葉は良すぎる。蛮勇。怪物を倒すトラップだと目の前で話しているのに、平気で口に入れるんだからどうかしている。


「うん。こっちの白いのはスースーするな」

 と、彼女は口をもむもむ動かしながら言う。

「スースーって何?」

「味が」

「もう少し具体的に言ってくれないと記録できないんだけど」

「えーと。あれなんだっけ。あるじゃん。スースーするやつ」

「わかんないんだけど」


「ミント?」

 その香草の名前がルブラの口から出るまで時間がかかった。わたしはそれを記録する。どうやら色によって味が違うらしい。色々な種類の怪物に対応しているのかもしれない。これは兵器だ、という確信がわたしのなかで強まる。ただの楽しみのためにここまでの工夫をこらすと思えないからだ。わたしの深い知識がそう告げている。


「ふくらむな、これ」

 彼女はその口の中の物質に息を吹き込んでふくらませて見せた。わたしは顔をしかめた。その行為は、わたしの親しむ王都式のテーブルマナーからはありえないものだ。まったくもう。

「あと、このベトベト、何かをくっつけるのに使えるかも」

「強い粘着性……接着剤に応用できる可能性あり……と」

 わたしは彼女の言う性質をメモした。あとで正式なレポートにまとめなければならない。ルブラは何を言ってるのかたまに分からないので、いや、たまにじゃないか、しょっちゅう、わたしが正確な言葉で書き直すことになる。ダンジョンで発見された別世界の物質の利用法などを考えるのも、わたしの仕事のうちなのだ。


 のちに、わたしのレポートと【魔人殺しの菓子】は王立錬金協会に送られ、彼らはその成果を評価し、褒賞金を支払うことになる。それがわたしの仕事の大まかな流れだ。

 ダンジョンで見つかった正体不明の物体の多くが、わたしの元に運ばれてくる。わたしでないと鑑定不能とされたものたちだ。わたしは王都で最高の異世界鑑定士なのだ。あいまいな時空を超えて流れ着いてきた異界の品々が、わたしの力でその素性を解きあかされ、この世界であるべき場所に送られる。わはは。


 ルブラもべつに味見が本業なのではない。彼女はその持ち前の蛮勇で、多くの者が恐れをなすダンジョンの未踏地域にほいほいと入り込み、そこからいろいろと持ち帰ってくる。わたしはあまり信じてはいないのだが、他の冒険者に言わせると、彼女はものすごく強くて有能な冒険者らしい。子供が水たまりを跳び越すように、彼女は数多の罠を回避し、炎の波を分けて火竜を殺し還ってくると。そうかなあ。

 なんにせよ、わたしたちはいいコンビではある。知性担当とそれ以外担当だ。わたしの知性はルブラの弱点をおぎなって余りある。わははははは。


 ダンジョンはなにがあるかわからない。

 迷宮がガラスでできた宝物庫につながっているかと思えば、そこにとても大事そうに保管されているのが、古くさい武具やら、すすけたつまらない絵画だったりする。いっぽうでその宝物庫のすみにあるゴミ箱に、とても貴重な精霊銀製の缶がいっぱい入っていたりする。まったく理解できないが、それがダンジョンだ。

 今日も彼女が、なんだかよくわからないものをそこで見つけてくる。

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