異世界ガジェット鑑定士 ~謎の物体みつけました~
まくるめ(枕目)
【鑑定その1 魔人殺しの菓子 前編】
ダンジョンの奥の方では世界があいまいになっている。
どのぐらいあいまいかというと、別世界のものや未来のものがそのへんにゴロゴロ落ちている。
地下迷宮の中層を越えると、別世界のお菓子や飲み物が落ちていたり、そこを守る半人半魔の怪物がそれを食べて生きている、なんてことも普通だ。
このあいだは牛と人間を混ぜたような怪物が、迷宮内で見つけた【色とりどりの別世界のお菓子】をむさぼり食い、それをのどに詰まらせて勝手に絶命していたらしい。
で、そのお菓子がいま。わたしの前にある。
ここは王都のはずれ。城下の中心街から乗合馬車で二刻と少し、金槌の音がひびく工房地区を抜けて、そこで働く人々の住む職人街も抜け、いくぶんのどかになった風景の中をさらに抜けていくと、馬車の路線の末端にわたしの工房がある。研究室と言ってもいい。店と言っても間違いではない。
ここにはダンジョンの奥で見つかった異世界の物体がいろいろと運び込まれてくる。それを研究するための道具がところ狭しと並び、奥ゆかしく出番を待っている。
工房のドアは頻繁に開く。奇妙なものを見つけた冒険者が、鑑定を求めて来ることもあれば、それを買い求めに来るものもいる。
そして今日は、ルブラが【異世界の菓子のタル】を持ってきた。
それは、カラフルなボールが詰まった透明な容器だった。下にはコインを入れる穴と、小さなレバーがついている。
ルブラはその奇妙な戦利品を抱きかかえ、工房のドアを足で開けて入ってきた。そしてこの菓子の犠牲者となった迷宮の魔物の話をひとしきり説明した。
ミノタウロスは狂暴な魔物だ。武器を持つ知性もあり、その膂力で振り回される大斧は、冒険者たちの鎧ごとその身を裂く。そんな魔物が、この菓子を食って死んでいたらしい。
「お、レバーを回したら出てくるよ」
「えっ、それ食べるの? あっ食べた!」
友人のルブラは楽しそうにレバーを回転させた。彼女が異世界の貨幣を入れ、小さなレバーを回すと菓子がひとつ落ちてきた。赤い球状の菓子だ。彼女はその致命的な【魔人殺しの菓子】を勇ましくも食った。
「食べた! 食べおった! 吐きなさい!」
「甘いよ。カタリアちゃんも食べれば?」
「いいからぺっしなさい、ぺっ」
わたしはルブラに菓子を吐けと言ったが、彼女は言うことを聞かない。ほおをふくらませて首を振る。
彼女いわく、それは「めちゃくちゃ甘」く「本物のイチゴとは全然違うんだけどなぜかイチゴだと強く思える」味がするらしい。そして「だんだん味がなくなるけど、いつ吐けばいいか迷う」というのが彼女のレビューだ。その【カラフルな謎のお菓子】は、口の中にいつまでも残って甘味を放出し続けるらしい。
食物が食べてもなくならず、いつまでも口の中に残って味を出し続ける……。それだけでもこの【魔人殺しの菓子】が高度な錬金術の成果だと推測できる。食品は食べたらなくなるという自然の法則に反しているのだ。迷宮の怪物がそれを食べて倒れていたのも無理はない。そしてそれは、この品物が作り出された意図どおりの結果と思われる。要するにこれは魔物を倒すための高度な罠なのだろう。
というのが、わたし、異世界鑑定士カタリア様の分析だった。
今回の鑑定品メモ:
【魔人殺しの菓子】
透明な容器に色鮮やかな菓子が詰め込まれている。異界の貨幣を入れるとそれが一個、ぽとりと落ちてくる。ダンジョンの奥でミノタウロスがこれを四つある胃にいっぱい詰めてミイラ化していた。口に入れたものを吐けるだけルブラのほうが多少賢いと言える。
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