第5話 共同生活

 八月四日


 リビアに巻き込まれて始まった、あの戦いから一日が経過した。

 昨日の戦闘で部屋を失った俺は、リビアの住むマンションに泊まっている。


 窓から差し込む日差しが、ジリジリと俺の体力を削って行く。


「あっちいっ!」


 窓際から日陰となる室内に移動しようとするが、人狼に行手を阻まれてしまった。


 この犬っころが、昨日からずっと人様のこと見張りやがって……


「おいっ!もう少し日陰になるとこまで入れてくれ。暑くておかしくなりそうだ」

「そうですか。それはぜひ見てみたいので、どうぞおかしくなって下さい」


 敬語の割に、年上を敬っているとは思えない態度のこの女は、昨日俺たちを血の津波から助けてくれた、あの美少女だ。


 高坂こうさかさくら。

 高校一年生、年齢は15歳で、俺やリビアよりも一つ下の年代だ。

 リビアと同じ《古の魔法使い》で、魔術結社グリムのメンバーでもあるらしい。


 高坂がリビアの家にいる理由は単純で、そもそも二人はルームシェアをしていたからだ。


 二人は仕方なく俺を家に泊めてはくれたが、その扱いはあまりに酷い。

 窓際に追いやられ、トイレ以外は動くなと命令され、監視として高坂の操る人狼に、ずっと見張られている。

 まるで囚人の気分だ。


 だが反抗に意味はない。

 それで追い出されでもした方が困る。


 仕方なく暑さに耐え、窓際で横たわること数分、そういえばまだリビアから何も説明して貰っていない事を思い出した。


 俺は再び、高坂に声をかける。


「リビアを呼んでくれ。鞘の事とか、お前らの事とか、まだ全然わかってないんだ」

「……少し待って貰えますか。先輩は今、上に報告しているところなので」


 上か。

 それなりに大きな組織なんだろうか?

 確か《グリム》とか言ってたよな。


 今までの情報からなんとなく察せるのは、グリムが《古の魔法使い》の集団で、《古代遺物アーティファクト》とかいうのを守りたいということだけ。

 それ以外は、正直あんまり分かってない。


 そのまま待つこと、数分。

 ドアの奥から、リビアが不機嫌そうな顔をしながらやって来た。


「さいっっあく」


 ソファの上にスマホを力一杯投げつけ、八つ当たりしている。

 どうやら上から相当嫌なことを言われたようだ。


「どうしたんです?リビア先輩」

「上からの新しい任務。こいつの護衛しろって。期限は無期限よ」


 ビシッと人差し指が俺に向けられた。

 こいつとは、俺を指してるらしい。


「24時間365日、休む暇なくこいつの中から鞘を取り出す算段がつくまで護衛。ったく、やってらんないっての」

「あー……それはご愁傷様です。頑張って下さいね。先輩」

「なに言ってんの。さくら、あんたも道連れよ」

「え?なんで私もなんですか?」


 二人でギャーギャー言い合い始めたが、どれも酷い言われ様だ。

 そもそも鞘を勝手に持ち込んだのはリビアだし、俺は悪くないだろう。


 堪らず二人の会話に口を挟む。


「なあ、そっちの都合はよくわかんないけど、いい加減何者なのかくらい説明してくれよ」


 二人だけで勝手に話しが進んでいるが、そもそもの被害者は俺。

 二人(特にリビア)には、巻き込んだ責任というものがある。


 俺の言葉で二人の言い争いはピタッと止み、顔を見合わせた後に高坂が口を開く。


「まずはちゃんとした自己紹介からしましょう。私は高坂さくら。魔術結社グリム第四席、通称赤ずきんです」

「リビア・セスティア・マルセッラ。グリム第五席、通称ブレーメンよ」


 うん?それだけ言われても、わからん。

 赤ずきんとか、ブレーメンとか……なんだ?童話か?


「いや、まずはそのグリムとかそういうのを説明して欲しいんだが……」


 二人は再び顔を見合わせると、深いため息を吐く。

 面倒だったのか、リビアが顎で高坂にやれ、と指示すると彼女は立ち上がり、説明を始めた。


「グリムとは、私たちみたいな古の魔法使いが集まった組織です。古の魔法使いは……わかりますか?」

「いや、わからん」

「察しろ、と言っても無理でしょうね」


 はぁ、と再び深いため息。


 悪かったな、察しが悪くて。


「この街の住人が使う、電子の魔法が出来るよりも前から、魔法はこの世に存在しました。居たんですよ。魔法使いはずっと。この世の片隅で、ひっそり生きていたんです」


 電子魔法は、近年開発された技術。

 それよりも遥か昔からいた、手術を受けずとも魔法の力が使える。

 そんな奴らを《古の魔法使い》と呼ぶらしい。


「魔術結社グリムは、そういった魔法使いの集まりです。ここまでで、何か質問は?」

「特にない」

「では続きです。私と先輩はグリムからの指示で古代遺物アーティファクト王の剣エクスカリバーの鞘を守っていました。それは聞いてますよね?」


 俺は首を縦に振った。

 古代遺物アーティファクトがどんなものかも、それを二人が守っていたのも、なんとなくは理解している。


王の剣エクスカリバーは願いを叶える聖剣。数日前、その剣が何者かに盗まれました。剣と鞘は二つで一つ。揃って初めて効果を発揮します。鞘を守っていたのはその為です」


 少しだけ話しが見えて来た。


 要するに、『揃ったら危険な物の片方が盗まれたから、もう片方を守り抜け』みたいな命令を受けていたのだろう。

 だとすると、青髭とかいう男は剣を盗んだ側の一味。

 よからぬ願いをもった、敵組織という訳だ。


「青髭の襲撃を受けた私たちは、とりあえず鞘を第一に、先輩を逃して私が囮になりました。後は志氣先輩の知っている通りです」


 高坂の合流が遅れたのもその為か。

 まあ、なんとなくだけど理解した。

 が、肝心なことがまだ聞けてない。


 俺は残っている最大の疑問を彼女たちにぶつけた。


「それで、俺の中(?)にある鞘って取り出せるの?」


 話の流れ的に、鞘が俺の中にある限り、俺はずっと狙われ続ける。

 そんなお先真っ暗な人生はごめんだ。


「わかりません。なんせ、前例がないもので」

「だからあたしたちが護衛する事になってんでしょ。よかったわね。美少女二人と一つ屋根の下よ」


 片やアイドル。

 日本人離れした抜群のプロポーションを持つ金髪美少女。

 だけどすこぶる性格が悪く、生意気。


 片や女子高生。

 ザ・清楚系といった見た目の黒髪クール系。だけど感情を一切表に出さない鉄仮面、しかも口が悪い。


 確かに見た目だけなら文句なしの美少女二人組だ。


 だけど二人とも性格に難があるし、こんなの嬉しくもなんともない。

 やっぱこう……どうせ一緒に暮らすなら優しいお姉さんがいい。


 昨日からの不当な扱いのせいもあったのだろう。

 俺はつい、思った言葉を口にしてしまう。


「チェンジで」


 顔面を激しい痛みが襲った。

 どうにも、俺は二人に蹴り飛ばされてしまったらしい。

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