第7話 行者のお供え物

 平成の初めごろのことだったとSさんは話しました。

 これは彼が経験した出来事をもとにした物語です。

 

 中学一年生になった僕はN君と友人になった。

 彼は隣町に住んでいて、意外と家は近所であった。だが、ちょうど小学校の校区の境目であったため、僕とN君は違う小学校の出身であった。

 N君の実家は大衆食堂を営んでおり、休みの日なんかはよく昼食を食べに行ったものだ。とくにうどん定食が美味しかった記憶がある。令和の今、そのお店はすでに閉店していて、もう食べることができないのが残念だ。

 N君の実家の大衆食堂でお昼を食べたあと、釣りに出かけたり、夏場なんかには海水浴にでかけたりしたものだ。僕たちの家は海沿いであったため、よくそうした遊びをしたものだ。

 N君の性格は活発で明るく、それに話も面白かった。クラスの中心的な人間だった。


 年が変わり、僕たちは二年生になった。N君とは残念ながら違うクラスになってしまった。

 クラスはかわってもしばらくはいつものようにN君と共に自転車にのって遊びにでかけたものだ。

 N君は二年生になってもクラスの中心的な人物であった。

 しかしゴールデンウイークが終わり、六月になったころから様子がおかしくなった。

 N君は学校を休みがちになり、七月になるころには完全に不登校となった。

 期末テストが終わり、一息ついた僕はN君の家に遊びに行った。

 彼のことが気になったからだ。


 自室にいるN君を見たとき、僕はわが目を疑った。

 そこには活発で明るかったN君はいなかった。

 布団を頭からかぶり、青い顔で震えながらベッドの上であぐらをかいて座っていた。夏だというのに彼は寒そうにふるえている。


「誰かが呼んでいる……」

 ぼそりと今にもきえそうな声でN君は言った。

 N君の家でゲームでもしようと思っていたが、そんな気は失せてしまった。

 正直怖くなって家に帰ってしまった。

 今思えばここで踏みとどまり、もっとN君の話をきけばよかったと後悔している。



 やがて長い夏休みが訪れた。

 少し余談だが、僕の実家では我が家だけの風習というか習慣のようなもんがあった。

 それは神棚にまつられている行者さんという木像にそなえられたご飯を毎朝たべるというものだった。

 たまにはパンが食べたいというと母親は行者さんの鬼に怒られるといった。その木像の両隣には鬼の木像が並べられていた。

 僕はしぶしぶ供えられた後の固いご飯を食べた。

 夏休み定番のアニメの再放送を見たあと、僕は駅前商店街の本屋さんにむかった。

 その日発売のコミックを買いに行くためだ。


 自転車を走らせていると僕はN君にであった。N君はジャージにサンダルという姿であった。

 ふらふらとうつろな目で道を歩いてる。

「N君、どうしたの?」

 僕は彼に声をかける。

 僕の声に反応した彼はこちらを見る。

 僕はN君の顔を見て、驚愕した。女性のように優し気でととのった顔立ちだったN君はまるで別人のようになっていた。

 目は吊り上がり、口は半開きで頬はかなりこけていた。

 どことなくだけど狐を連想させた。


 僕は思わず手で口をおさえる。


「いかなくちゃ……呼ばれたんだ……」

 消え入りそうな声でN君はつぶやく。まるでひとり言のようだった。

 N君は足をひきずるようにして歩いていいる。


 僕はN君の腕をつかむ。病院かどこかに連れて行ったほうがいい。そう思ったからだ。彼はとても健康とは思えなかった。

 その瞬間、映画のシーンがきりかわるように視界が変化した。



 そこは昼間の田んぼのあぜ道で遠くから笛や太鼓のような音が聞こえる。

 祭りばやしであった。

 和装の集団が僕たちに近づいてくる。

「いかなくちゃ……いかなくちゃ……」

 N君はそれだけを繰り返す。

 行ってはだめだ。僕は本能的にそう思った。あの集団にN君は連れていかれると思った。

 僕は渾身の力でN君の腕をひっぱるがどこにそんな力があるのか、彼は僕の制止をふりきり、その集団の中に入っていく。

 僕をふりきったN君を走っておいかける。

 やっとおいついたと思ったら、N君は狐のお面をつけた子供たちに囲まれていた。

「お待ちしておりました」

 甲高い声あげて、狐面の少年ちはN君を取り囲む。

 僕とN君の間に彼らは入る。手をのばしてもN君にはとどかない。


 少年たちの奥から紋付はかま姿の男性があらわれた。その人も狐の面をかぶっている。いや、よくみると面と顔の皮膚が同化していた。その紋付はかまの狐面の男の背後には白無垢の女性がひかえている。その女性も狐面をつけている。


「N君、戻ってきて」

 僕は腕を伸ばし、N君をつかもうとする。しかし狐面の少年たちにはばまれる。


「どうかお引き取りください。あなたさまには小角おづね様の香りがします。我らはあなた様には手出しはいたしませぬ」

 狐面に紋付はかまの男は僕の目に息をふきかける。その瞬間、耐えがたい眠気におそわれ、僕は意識を失った。


 次に目を覚ました時、僕はエアコンのきいた病室にいた。

 目の細い、黒髪の女医が僕の顔をのぞきこむ。

「よかったね、君は役小角えんのおづねの加護でこっちにもどってこれたんだよ」

 その女医は僕にそういった。


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