第5話  真夜中のあわせ鏡

 深夜零時ちょうどにあわせてあわせ鏡をすると悪魔があらわれるという迷信というか都市伝説みたいな話がある。

 私がどうしてそんなバカげた、子供じみてたことをしようと思ったのかというのは、ここではないどこかに連れて行ってほしかったからだ。

 まあ、こんなことをしてもつまらない日常はかわらないとおもうけど……。


 そう思いながらも、私は手鏡をふたつ用意して、壁の時計を見ながら。零時ちょうどになるのを待つ。

 そして、時計の針は零時をさす。

 私はタイミングを見計らい、両手にもつ鏡を合わせる。

 そこには無限につずく私が映し出された。

 さえない地味な私の顔がいくつも鏡に映し出される。

 なんだ、なにも起きないじゃないの。

 やっぱり迷信だっただわ。

 私は二つの手鏡を机の上に置こうとした、その時のことだ。

 突如、にょきりと手鏡から腕が生えた。


 私は思わずその手を握る。

 温かい手だった。

 その手は見覚えがある。

 生まれてからずっと見続けた私の手だ。

 その鏡から生えた手は私の手を力ずよく握り返す。

 力ずよく握られ、少し痛い。

 ぐっとその手は私の手を握り、ひっぱる。

 私は反射的にその手を引っ張る。

 ぐいっとつかむその手は鏡から抜け出そうとしている。

 私は試しにその手を力をさらにこめて引っ張る。

 そうするとどうだろうか。不思議なことにぬるりとその手鏡からもう一人の私があらわれたのだ。

「こんばんわ、私はあなたよ」

 髪をかきあげ、もひとりの私は微笑む。


 なるほど鏡の中の人間か。

 私の左目じりにはほくろがある。

 目の前の私そっくりのその女性の右のめじりにほくろがある。

 左右対称になっているのか。

 鏡からでてきたからということか。


「あなたは私なの」

 奇妙な質問を私はもうひとりの自分になげかかえる。

「そうよ、私はあなた。これからよろしくね」

 鏡の中からあらわれたもうひとりの私は優しく微笑みかけた。


 それから私ともうひとりの私との奇妙な共同生活がはじまった。

 彼女は私と違い、社交的で明るく、コミュニケーション能力が高かった。

 彼女が外に出るとたちまち友達をふやして帰ってくる。

 私が外に出るとなんだか昨日と違うわねといわれた。

 会社の目の細い黒髪の先輩には本気で体調を心配された。


 姿形は瓜二つだったが、鏡の中からでてきた私とはその中身はまるで逆だった。

 私といえば、人見知りで口下手で誰からも興味をもたれない。

 そうなるとだんだんと外にでるのが億劫になってきた。

 外での生活は鏡の中の彼女にまかっせきりになった。

 私は部屋のなかに閉じこもるようになった。



 ある日の深夜、風呂上がりに私は髪の毛をかわかしていた。

 鏡の中の私はまったく同じことをしている。

 ぼんやりと鏡を見ていたら、もうひとりの私が違う動きをしだした。

 鏡の中の私は手鏡を持っていた。

 そこには無限の私がいた。

 私はおもわずドライヤーを置き、鏡に手を伸ばす。

 ぐにゃりと手は鏡の中にすいこまれた。

 そのまま鏡の中に吸い込まれた。


 鏡の中に吸い込まれて、もがいていると出口のようなものをみつけた。

 私はどうにかしてそこにただろつき、腕をのばす。

 そうすると誰かが私をつかみ、引っ張り出してくれた。


 そとに出た私が見たのは、驚いた顔をした私自身であった。

「こんばんわ、私はあなたよ」

 私はもう一人の私にむけて、そう告げた。

 私はどうやら別の世界にいけたようだ。

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る