第2話 陽キャの幼馴染が助けてくれた
先程までの
その場にいた全員が発言者——
背筋をすっと伸ばし、腰まで流れる
豊満な胸部と華奢なウエスト、黒のストッキングを
自分の一言で空気が凍っても、動揺することも得意そうな表情を浮かべることもなかった。
感情のこもらない髪の毛と同色の瞳で、静かに大翔を見つめていた。
彼女は声を張り上げたわけでも、大きな物音を立てたわけでもない。ただやめなさいと注意をしただけ。
それにも関わらず、
(大翔をビビらせるとはさすがのカリスマだな)
蓮は感心してしまった。
凛々華は基本的には一人でいることが多いようだが、蓮のように仲間外れにされているのではない。
サラサラとしたロングヘアーをなびかせて歩く姿は洗練されていて美しく、名前に相応しい凛とした横顔は陶器のような透き通る上品さと近寄りがたい鋭利さを兼ね備えていて、誰もが関心を持ちつつも気安く話しかけられないでいるのだ。
そんな高校生らしからぬオーラを放っているこの少女は、クラスで唯一正面から大翔に物を申せる貴重な存在だった。
「クソがっ……!」
大翔は怯えたことを隠したいのか、蓮を離さないばかりかさらに力を込めた。
(こいつマジかっ……)
蓮はさすがに引くだろうと考えていたため、ワンテンポ反応が遅れた。
——彼よりも先に、凛々華が動いた。
「聞こえなかったかしら? ——
「「「っ……!」」」
吊り上げた瞳に明確な怒りをにじませたその鋭い声は、教室の空気を凍らせるほどの冷たさを帯びていた。
普段は冷淡で眉ひとつ動かさない彼女が、ここまで感情を剥き出しにしたのは初めてのことだった。あちこちから息を呑む気配がした。
その剣幕に気圧されたのは、付き合いが長い大翔も例外ではなかったようだ。
蓮は彼の手から力が抜けた瞬間を見逃さず、素早く振り払って距離を取った。
「っ……!」
大翔の表情が
ギリっという音が聞こえてきそうなほど奥歯を噛みしめて蓮を睨んでいるが、再び手を出してこようとする気配はない。
緊張感が高まる中、チャイムが鳴った。授業開始前の予鈴だ。
場の雰囲気にそぐわない軽やかな音は、ピンと張り詰めていた教室の空気を少しだけ緩めてくれた。あちこちからホッと息を吐く気配がした。
「……女もいねークソ陰キャの分際でイキってんじゃねーぞ」
ドスの利いた低い声で吐き捨てて、大翔は去っていった
取り巻きもまるでそれが義務であるかのように蓮を睨みつけてから、各々の席へ散らばっていく。
(やれやれ)
蓮は再び漏れそうになるため息をこらえ、制服を整えた。
大翔が幼馴染である凛々華に好意を寄せているのは明白だ。普段の大きな態度も、自分はクラスの中心なんだぞと彼女に見せつけたいのかもしれない。
(柊相手に正しいやり方とは思えないが……まあ、俺には関係のない話か)
凛々華が紫髪を揺らしながら蓮のいる方向へ歩いてくる。彼女の席は蓮の斜め前だ。
視線を向けると、彼女もこちらを見ていたのかちょうど視線が交差した。
「っ……」
まさか目が合うと思っていなかったのか、凛々華は驚いたように口を小さく開けて息を呑んだ。
思わずと言った様子で足を止めた彼女の瞳は、わずかに揺れていた。
蓮がお礼代わりに軽く頭を下げると、彼女はまるで何事もなかったかのように視線を逸らした。小さく息を吐き、歩みを再開した。
先程よりもわずかに大股になっている彼女の頬は、意外にもほんのりと赤らんでおり、冷たさを感じさせつつもどこか気まずげな表情だった。
あまり見せることのない普通の女の子らしい表情ではあったが、蓮も「まさか自分に気があるのでは」などと勘違いはしない。
(単純に、感情を
おそらく、凛々華は正義感の強い少女だ。そうでなければあそこまでの怒りを見せるはずもない。
普段の冷淡さも、もしかしたら彼女なりの防衛術なのかもしれない。
自席に腰を下ろすころには、凛々華の表情はいつもの冷たいものに戻っていた。
座るときのスカートを整える手の動き、その際にわずかに舞い上がって肩にかかった髪の毛を払いのける仕草、そして背筋をピンと伸ばした姿勢まで、全てが洗練されている。
高校生らしからぬ気品を備えている彼女は、何気ない日常の動作一つで男子の目線を集める。
蓮の前、つまり凛々華の隣に座っているキャラメル色の茶髪が特徴の
凛々華は先程まで小脇に抱えていた教科書やノートを片付け始めた。途中で一度手を止め、瞳を伏せてふぅ、と息を吐いた。
あまり機嫌はよくないように見えたが、英一はそれが毎朝の日課であるかのように、この日も彼女に話しかけた。
「柊さん、今日も図書室で勉強をしていたのかい?」
「えぇ」
勢い込んで尋ねる英一に対して、凛々華は片付けを再開しながらやる気のない店員のような単調な声で返事をした。
「そ、そうなんだ」
英一はわずかに口元を引きつらせたが、めげずにもう一度話しかけた。
「何を勉強していたんだい?」
「英語よ」
「あっ、小テストの対策?」
「えぇ」
視線を合わせようともしない凛々華の態度は、会話を広げるつもりはありませんと言っているのと同じだった。
とりつくしまもないとはこのことだろう。
英一もそれ以上言葉を続ける勇気はなかったらしく、気まずい沈黙が流れた。
彼からすれば不本意だろうが、これも毎朝の恒例行事になりつつある。
今日はいつも以上に素っ気ないような気もするが、凛々華は何も英一だけに冷たいわけではない。誰に対しても同じような態度を貫いている。
聞かれたことには今のように最低限の返答はするし、事務的な会話も行うが、それだけ。雑談を交わしている様子など見たことがなかった。
(もしかしたら、変に優しくすることで勘違いをされて面倒な事態が起こらないようにしているのかもしれないな。正義感も強いんだろうし)
蓮は密かに同情した。
助けてくれたのだから恩返しはしたいと思うが、ただでさえ他人との間に壁を作っている彼女に、村八分状態の蓮から積極的に関わっても迷惑だろう。
(まあ、いつか機会があれば全力でお礼させてもらうか……ん?)
教科書を取り出そうとしていると、ふと視線を感じた。
凛々華ではない。アリーナ席——教卓のちょうど正面に座る
サラサラの髪の毛と頬がぷっくりとした童顔な顔立ちを歪ませ、蓮の様子を
表情には罪悪感がにじみ出ていた。
(あいつも律儀なやつだな)
蓮は表情には出ないように気をつけつつ、内心で苦笑した。
先程までのようなことがあった後で、樹が後ろめたく感じるのも無理はない。元々、大翔に目をつけられていたのは彼だったのだ。
樹が何か特別なことをしたわけでもない。
単に大翔が気に入らなかったというだけで、入学当初から理不尽な扱いを受けていた。
体育のペア決めの際、彼がわざと仲間外れにされるのを目にした蓮は、首謀者だった大翔に注意をした。
その結果が、今度は蓮が絡まれるようになった現状である。
(でも、それはあくまで俺が選択した道だ。悪いのは大翔であって樹じゃない)
蓮は何事もなかったかのように、樹から視線を外した。
それ以降はそちらに目を向けることなく、授業の準備に取りかかった。
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