私と仲間にならない? ——そう声をかけてきたのは、非モテ陰キャだと馬鹿にしてくる陽キャの幼馴染でした
桜 偉村
第1話 陽キャからの丁寧な「ご挨拶」
「ちょ、それヤバくなーい?」
「さすが
「マジウケるわ〜!」
廊下を歩いていると、拡声器でも使っているのかと疑いたくなるほどの大声が響いてきた。
(相変わらずうるさいな……)
教室に入ると見慣れた光景が広がっていた。
大声の元は金髪の少年、
男女混合で形成されているその集団は、いわゆる陽キャグループだ。
教室の中央で、まるで自分たちがこの場の支配者であるかのような態度で机に座り、およそ周囲への配慮がない大きな音を立てて騒いでいた。
声量は電車内の外国人に勝るとも劣らないだろう。他のクラスメイトの中には聞き直している者もいる。迷惑な話だ。
「あー、腹痛え〜……というか大翔さ、昨日の放課後にまた他クラスの女子から呼び出されてなかったか?」
「ん? あぁ、そうだな」
一人の男子が切り出すと、大翔が一拍置いて肯定した。まるでその話題が出るのを待っていたかのような、わざとらしい間だった。
大翔にすり寄るように座っていた女子がすぐに乗っかって甘い声を出した。
「え〜、大翔また告られたのぉ?」
「まあな」
大翔が得意げに鼻を鳴らすと、場がわっと沸いた。
「やっぱりモテるよな〜、大翔は!」
「さすがぁ!」
「まあまあ可愛かったよな! 付き合ったのか?」
「いや、俺にはあいつがいるからな~」
大翔がニヤニヤ笑いながら一つの空席に目を向けた。彼の幼馴染であり、クラスのマドンナである
取り巻きたちが先程以上にどっと盛り上がった。
「まあ、そりゃそうか!」
「大翔と柊さんは固いよね〜」
「あんな可愛い子と仲良いの、マジで羨ましいよな!」
「俺らですらノーチャンスだもんなぁ」
「というか逆に、柊さんって男子だと大翔君とくらいとしかしゃべんないもんね? 大翔のことしか見えてないんじゃない?」
水を向けられ、大翔は澄ました表情で明るい金髪をかき上げた。
「まあそうだろうな〜。小さい頃からずっと一緒だし、あの他人と馴れ合わない凛々華が今でも二人きりで登校してるんだぜ? もうどう考えてもそういうことだろ」
「間違いねえな!」
「二人の関係性羨ましいんですけどぉ!」
「ヒュ〜!」
取り巻きたちがこぞって大翔を持ち上げる中、蓮は黙って自席——窓際の列の一番後ろという誰しもが羨む特等席に向かった。
凛々華本人がいないところでそんなことを言っていいのかとは思ったものの、あえて注意しようとも思わなかった。うるさくはあるが、逆に言えばそれだけだからだ。
——あくまで、彼らが勝手に騒いでいる分には。
「あっ」
取り巻きの一人が蓮に気づいた。
その瞬間、大翔たちは話をやめた。蓮に遠慮したわけではないことは、獲物を見つけた獣のような笑みを見れば明白だ。
ご丁寧に全員で蓮の元へ向かってくる。
大翔を筆頭に男子は全員ポケットに手を突っ込んで肩で風を切っており、女子は腕を組んでいた。武器こそ持っていないが、さながら抗争に乗り込むヤンキーのようだ。
「よぉ、黒鉄ぇ」
「……あぁ、おはよう」
「ハッ、相変わらず非モテ陰キャ街道まっしぐらな挨拶だな!」
「「「それな〜!」」」
大翔が笑い飛ばせば、取り巻きもすぐに乗っかった。
「女子だけじゃなくて男子にもまともにしゃべれねえのかよ!」
「大翔相手だからビビってるんじゃない?」
「マジ〜? 同学年相手にビビるとかダサすぎなんですけどぉ」
「そんなんだから女子から話しかけてもらえねえんだろ!」
「いや、こいつそもそも男子からも話しかけられてなくなーい?」
「確かに!」
「「「ギャハハハハ!」」」
大翔一派とでも呼ぶべき集団は揃って大口を開け、お互いを指差しながら笑い転げた。
(毎回同じような内容だな)
蓮は目を細めるとともに、心の中で呆れた。
彼らにとってこのやり取りは会話ではなく、一方的に悪口を言い捨てる娯楽に過ぎないのだろう。
クラスメイトはほとんどが無関心を装っている。
蓮が大翔に目をつけられたのは入学して少し経ってからだが、それまでもあまり馴染んではいなかった。
そんな彼を、クラスで幅を利かせている大翔に逆らってまで助けようとする者がいなくても不思議ではないだろう。
「ねぇ、こいつ何も言えねえみたいだよ?」
「そりゃそうでしょ〜、陰キャが大翔に口答えできるわけないじゃーん!」
「陰キャのこいつと俺たち陽キャじゃ住む次元が違うもんな!」
「「「それな!」」」
また、手を叩いてゲラゲラと笑う。
自分と関係ないならまだしも、目の前でこうも馬鹿笑いをされてはさすがに気分が悪い。
(頭の中身は小鳥並みでもいいけど、せめて鳴き声がもう少し耳心地良ければなぁ)
「……おい、なんだよその顔は」
眉をひそめた蓮に、大翔が睨みを利かせて顔を近づけてくる。
おそらくは威嚇目的の行動だったが、大翔の思惑とは裏腹に、蓮は間近で見る彼の整ったルックスに感心していた。
男から見ても大翔はイケメンだ。入部したてのサッカー部でも一年生ながら存在感を発揮しているようだし、複数人から告白されていても何ら不思議ではないだろう。
彼の心が荒んでいるのは、整い成分のほぼ全てを顔や運動神経に持っていかれてしまったせいなのかもしれない。
(そう思うと、ちょっとかわいそうだな)
少しの同情を抱きつつ、蓮は「いや、別に」と首を振った。
——その余裕のある態度が、大翔のプライドに障ったらしい。
彼は額に青筋を浮かべ、ポケットに手を入れたままさらに蓮に顔を近づけてドスの利いた低い声を出した。
「おい、非モテ陰キャのくせに調子乗ってんじゃねーぞ」
「そうだよ! スカしてんのが格好いいとでも思ってんのか⁉︎」
「内心ビビってんのなんか丸わかりなんですけどぉ」
「強がってんのが一番ダセーことに気づけよ!」
「ね、見てて恥ずかしいよね!」
(……今日は特にしつこいな。どうしたんだ?)
蓮は腹を立てるよりも困惑していた。
いつもなら、ここらで大翔が「やっぱり非モテ陰キャと話すのはつまんねーな!」などと言い出して、彼らからの丁寧な「挨拶」は終わるはずなのだ。
「てめえっ、なんだその生意気な目はよぉ!」
どれだけ脅しても、蓮が一向に怯えた様子を見せないのが気に入らなかったのだろう。大翔は
振動で筆箱が床に落ちる。蓋は開いていた。
派手な音を立てて盛大に床に散らばる文房具類を見て、大翔は口の端を吊り上げた。
「わりぃ、手が滑ったわ〜」
わざとらしく手をひらひらさせるその表情には余裕が戻っていた。
取り巻きたちもニヤニヤと笑うだけで、当然拾おうとはしない。
(……くだらない……)
蓮はため息をこらえながら立ち上がった。
彼の身長は百七十八センチだ。大翔一派の誰よりも身長が高いため、自然と見下ろす形になった。
「「「っ……」」」
上から見下ろされれば、少なからず身構えてしまうのが人間の性だ。
大翔たちも例外ではなかった。
しかし、蓮に威圧しようという気はなかった。
頬を引きつらせる大翔一派に構わず、黙って文房具を拾おうとした。
——彼にそんなつもりはなかったが、その
大翔もそのように感じたのだろう。顔を真っ赤にして蓮の胸ぐらを掴んだ。
「て、てめえっ、女にもモテねえ陰キャの分際でなんだその態度は! あぁっ⁉︎」
(こいつ、本当にどうしたんだ?)
蓮は内心で首を捻った。なぜ大翔がここまで怒っているのかわからなかったのだ。
——その怪訝そうな表情は、蓮の意図しないとお頃でまたしても挑発という名の燃料に変わった。
「このっ……人がせっかく構ってやってんのにスカしてんじゃねーぞコラァ!」
大翔が我を忘れたように喚き散らし、髪の毛と同じ金色の瞳を真っ赤に血走らせながら蓮を前後に揺すった。
今にもどこかの血管が切れてもおかしくないほど彼は、
実力行使に出られてはさすがに黙っているわけにはいかない。
蓮は細めた瞳に苛立ちをにじませつつ、静かに告げた。
「——離してくれ」
「あっ? な、なんだよ⁉︎」
大翔の頬が引きつらせて大声を出した。手と声がわずかに震えている。動揺しているようだ。
蓮は彼の左右に揺れる瞳を真っ直ぐ見返したまま、平坦な口調で繰り返した。
「離してくれって言ったんだ。入学早々制服がよれたら困る」
「なっ……⁉︎ ちょ、調子乗ってんじゃねーぞこのクソ陰キャがぁ!」
大翔がカッと目を見開き、腕を振り上げた。
固く握りしめられた拳が振り下ろされようとしたまさにその瞬間、氷のような冷たい声が響いた。
「——やめなさい、大翔」
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