第4話「魔法と魔剣」



 時は少しばかり巻き戻り、少女の悲鳴が〈異界の門扉ダンジョン〉内に響き渡る前。

 肉の壁や肉の床が不気味に蠢く異界景色のなか。

 アリオンはいつものように表層を通過し、『肉の扉』の中層にまで足を進めていた。


(……やっぱり、下層はまだ封鎖されてる)


 ピンク色の洞窟。

 ここでは上下左右どこを見渡しても、〝怪物の胃腑はらわた〟を連想せざるを得ない。

 天井や壁、床は常にしっとりと生温かく。

 どういう原理なのか、何故か薄明るく光も発している。

 そのため、視界には困らず歩くのに支障は無い。

 床の感触も、〝だいぶ硬めのクッション〟といった具合で、注意さえしていれば転倒の恐れは無い。


 そこまでなら、普段と変わらぬ景色だった。


 が、下層へ通じる穿孔路に、今は一週間前には無かった物が置かれている。


(──たしか、石像の怪物ガーゴイル……だっけ?)


 翼の生えた怪物の像。

 それらが三体……いや、三機? 適切な助数詞は分からなかったが、ぐるぐる回るように飛びながら余人の立ち入りを禁じている。


 魔術によって造り上げられた人工の使い魔だ。


 恐らく、例の〈カリオン〉騒動によって学院側が設置したのだろう。

 生徒が勝手に下層へ侵入しないように、自律型の門番を起動させたようだ。

 ロープや立て看板くらいの封鎖だったら、ちょっと周りの目を確認して密かに潜り込もうとも考えていたアリオンも、これではさすがに無茶はできない。


「仕方がない」


 一週間前、アリオンはたしかに〈カリオン〉を撃破した。

 けれど、そもそも〈カリオン〉が発生した原因は、学院側も分かっていないようだった。


 もしかしたら、肉の扉の何処かにが空いて、そこから異変がやって来たのかもしれない。


 異界の内側に新たな扉が現れた可能性もあり、調査が済むまでは今しばらくのあいだ、下層の封鎖は続けられるのだろう。

 場合によっては、肉の扉の危険度が改められる可能性もあるかもしれない。

 そうなると、何だかアリオンは没収試合のようで歯がゆくなってくるが、エルダースもいたずらに学生を危地に追いやりたいワケだはないだろうし、大人の判断には理解を示せる。


 なので、ここは諦めて、素直に中層でのフィールドワークに方針を転換しようと思った。


 と言っても、中層までの探索で出来るレポートの作成はすでにあらかたが済んでおり、今さら目新しい新事実を発見できるとも思えない。


 ダンジョン名『肉の扉』のレポート記録。


 その一、床と壁の隙間や溝からテンタクルスとローパーが出現する。

 その二、テンタクルスとローパーは豚の四肢を捥ぐ程度の力を持ち、人間も襲う。

 その三、テンタクルスとローパーは数が多く生命力に溢れ、根元を攻撃しないと再生する。

 その四、異彩を放つ色味の個体は毒などの特殊能力を持つ場合が多いが、数は少ない。

 その五、コロニー化した巣穴には大きくても半〈カリオン〉程度の群体が潜み、腐乱した死骸に卵を産み付け繁殖が行われる。


(その六、肉の扉に核となる柱はいない)


 強いて言えば、肉の扉に潜むテンタクルスやローパーすべてが中核であり柱。

 だから下級生にも実地単位取得が許されていて、比較的安全な異界として看板を立てられている。

 初心者が怪物退治の経験を積む場所として、エルダースにこれ以外の〈異界の門扉ダンジョン〉は無い。


「でも」


 例の〈カリオン〉……あの巨大な触手が出現してしまったコトで、これまでの通説はひっくり返されたかもしれなかった。

 アリオンがあの個体を討伐しても、こうして肉の扉が今も消滅していない以上、アレが真のヌシだったという線では無いのだろうけれども。


「何にせよ、僕のやるコトは変わらないな」


 テンタクルスとローパーを殺して回る。

 それが今日のアリオンのノルマになった。


 ちなみに、テンタクルスとローパーの違いだが。


 テンタクルスがタコやイカに似ていて、ローパーがイソギンチャクに似ていると言えば分かりやすいだろうか。

 触手の数が少ないが活発に移動できるのがテンタクルスで、触手の数が多いけど基本的に待ち構えスタイルなのがローパーという分類になる。


 初心者は最初、ローパーを遠距離から攻撃して退治するのがオススメだ。


 テンタクルスの相手は、少し慣れてからの方がいいだろう。

 見た目の醜悪さと生理的嫌悪感、触手の動き方や速度に目を慣らしてからでないと、テンタクルスは意外と厄介である。特に女性は、咄嗟に身が竦みかねない。


 アリオンもゾッとする。


 女の子のカラダになると、こういうところで自分の中の恐怖感情が増幅した事実を突きつけられる。

 非力で、華奢で、繊細な体躯。

 触手は集まれば、豚だけでなく牛の首を捥ぎ取るくらいの力を発揮する。


 ──怖い。


 そんなコトを思いながらテキトーに移動を続けていると、腹を空かせたのか早速、触手どもがウニョウニョと現れ始めた。


 アリオンを取り囲むように、テンタクルスが床と壁の隙間から群れで触手を伸ばし始める。ローパーが三、テンタクルスが五。地味に舌打ちを堪える。が、


「──怪物め」


 怯える心に叱咤を入れて、剣を抜き放った。

 アリオンが目指すのは闇祓い。

 この程度の怪物に恐れをなして身を竦ませていては、理想は遠のくばかり。


「ふぁ。あら、やるの?」

「ああ」

「分かったわ」


 魔剣が目を覚ます。

 それと共に、アリオンの体にズッシリと不可視の重圧がかかる。

 重圧は次第に溶けるように馴染み、アリオンの体に浸透する。


 ──戦闘準備、完了。


「じゃ、始めよっか」

「いつでも」


 魔剣の応答に強く柄を握りしめ、アリオンは息を吸って使



 ◇◆◇◆◇◆◇



「いい? アリオンくん。闇祓いがどうして魔法使いなのか? どうして魔術師の闇祓いがいないのか? 貴方は基礎から分かっていないわ」

「はい、先生」


 エルダースに来て最初の授業を受けた後だった。

 アリオンは後に個別担当となる指導士チューターから、魔法世界の常識についてレクチャーを受けた。


 と言うのも、最初の授業を受けた際にアリオンが、あまりに基礎知識を知らなすぎたために「嘘でしょ」と絶句させてしまったからだ。


「貴方の師匠は何を教えてくれたの? 弟子に何も、まるで大前提を教えていないじゃない! 師匠の名前は?」

「? えっと、リュツィフェール・レンミンカイネンです」

「──!?」


 あの時の指導士チューターの顔は、とても凄かった。

 絶句の見本市があれば、まさにあれこそ一級品と売りに出せる代物で。

 妙齢の女性が異性の前で、あんなにも口をあんぐり開けるとは、アリオンも正直ビックリした思い出である。


「なるほど……納得したわ。とりあえず、これは私がどうにかするべきのようね」

「すみません。お手数おかけします。よろしくお願いします」


 よく分からなかったが、とりあえず自分の無知がいけないのだろうと思い、アリオンは指導士チューターに頭を下げた。

 すると、赤髪の美人教師は少しのあいだコメカミを揉んで、「大丈夫よ。……私の方こそ、ごめんなさい」と。

 大人の女性らしく、すぐに落ち着きを取り戻した。

 コホン、と咳払いを挟んで、


「いい? まず魔法使いと魔術師の違いから触れていくけど、この二つは超常現象を起こすプロセスに大きな違いがあるわ」

「そうなんですか」

「……詳しくは後で自分でも勉強してもらうとして、ここではザックリ言うわね? 魔法の方が簡単で、魔術の方が難しいのよ」


 何故か?


「魔法は呪文を唱えるだけだけど、魔術は時間をかけて訓練したり、必要な道具を揃えたりしなきゃいけないから」

「……ずいぶん差があるんですね?」

「そうよ? しかも、魔術は適切な術式を構築できないと、必ずしも狙った通りの奇跡が起こるとは限らないなんていうハードル付き」


 一方で、魔法は呪文の詠唱者が意図した通りの現象を必ず起こす。


「とりあえず、そういうルールがあるの」

「魔法の方が、かなり便利なんですね」

「ええ。まぁ、魔法には魔法で簡単なだけじゃない側面もあるんだけど、いったんはその理解でいいわ」


 魔法:早くて簡単で便利

 魔術:遅くて難しくて不便


「でね? そうなってくると、どっちの方が闇祓いに向いていると思う?」

「もちろん、魔法使いです」

「そう。じゃあ、理由も含めて説明できる?」

「え」


 だって、魔法の方がメリットが多くて優れている。

 今の説明だけじゃ、魔術の方が劣っているように聞こえるのは当たり前だ。

 エリート中のエリートである闇祓いなら、当然、優れた魔法使いから選ばれるものだからとアリオンは思った。

 しかし、


「それは上辺だけの理解ね」

「上辺だけ……」

「仕方がないけど、今日からは覚えておいて?」


 闇祓いが対峙する敵は、往々にして怪物や魔物。

 異界の存在で、魔物の場合は怪異的なルールを押し付けてくる。

 たとえば、案山子に取り付いた殺人鬼のホラーテラー、農夫殺しの悪霊スケアクロウであれば。

 人形のカラダを粉々にしてからでないと、火をつけても灰にできない──退治不可能──なんて物理法則の超越が確認されている。


「けれどそんな時、棍棒もマッチも持ってなくて、相応しい術式を何も使えなかったら? 魔術師は無力なのよ」

「無力……」

「でもね? 魔法使いは違うの」


 コルセットとタイトスカートでボディラインのメリハリが激しい彼女は、片手を腰に置いて言った。


「魔法は詠唱者の意図した通りの事象をこの世に生み出すわ」

「でも、魔法使いも魔術師と同じで、相応しい呪文を知らない場合があると思います」

「お、そこに気がつくのはなかなか良い目の付け所だけど、魔法の本質は〝存在の創造〟にあるから問題は無いの」


 “衝撃インパルト”や“イグニス”の呪文を知らなくても。



 そこまで説明され、アリオンもハッと気がついた。

 師匠の言葉だ。


 ──アンデッドのスケルトンとか? 叩いて砕けば簡単に対処できるけど? 時間経ったら元に戻るし! 特定の手順を踏んだり、あっちより強い我意エゴで向こうのルールを無視できないと、なかなか倒せないんだよねェ!


「……もしかして、魔法は自分ルールの押し付けですか?」

「斬新な言い回しだけど、正解よ」


 さっきの例だと、たとえばスケアクロウに“アクアリア”の呪文を唱えても勝つコトができる。

 滝落としでも高圧水流でも、意図するのは別に何でもいいが。


 要はその水が、スケアクロウの存在力より強い存在力を持っていればいい。


 怪談という異界法則に守られていても。


 〝この水には悪霊を強制的に退散させる浄化のチカラが宿っている〟


 などの意図で、

 魔法にはそんな掟破りを可能にする性質がある。


「じゃあ、魔法は何でも出来ちゃうんですか?」

「そう思うじゃない? 安心して。魔法は全能ではあるけれど、使い手が全能でないなら結果はどうしても凡俗に堕ちる」

「凡俗に堕ちる……?」

「アリオンくん。貴方は水の中で息ができる? 両手を羽ばたかせて、鳥のように空を飛べる?」

「え、無理です」

「でしょ? だから、魔法もそうなのよ」


 詠唱者の意図した通りの事象をこの世に生み出す。

 それはつまり、詠唱者の意図が完璧でないのなら、生み出せる存在も必ず不完全になる厳格なルール。


「さっきは物の例えで言ったけど、浄化の力を宿した水って具体的にどんなモノ? 聖なるパワーが備わっているの? じゃあ聖なるパワーって?」

「……」

「こんな感じで、私たちがきちんと理解していないモノを、魔法で創り出すコトはできないの」

「じゃあ、仮にカタチに出来たとしても……」

「その存在はどこまでも中途半端で、魔物の異界法則を上回れるような存在力は備えていないでしょうね」


 だったら。

 結局のところ、魔法を以ってしても魔物には勝てない。

 人間は永遠に、ずっと弱者のままなのか……?

 アリオンは堪えようと思っても、つい自分の顔が曇りかけてしまうのを堪え切れなかった。

 そんな様子に、指導士チューターは「だからこそ」と続けた。


「だからこそ、闇祓いは魔法使いなのよ」

「……ん? どういうコトです?」

「普通の人間なら成し得ない奇跡。人間の理解力を超えているとしか思えない超常現象。ありうべからざる神秘と遭遇を重ねて、常人とは遥か異なる心象と死生観を得てしまった逸脱者たち」


 闇祓いの扱う魔法は、ゆえに強固な存在力を秘める。


「時にそれは、異界法則さえ捩じ伏せてしまえるほどにね」

「……!」


 それは、なら──

 アリオンの目指す道は、やっぱり──


「凄い……!」

「そうね。凄いわね」


 まぁその分、闇祓いには奇人変人が多いってオチもつくんだけど……聞こえてないわね?

 メガネの奥から、呆れた眼差しがアリオンを貫いていた。

 が、きちんと聞こえてはいた。

 そして納得していた。


 師匠、リュツィフェール・レンミンカイネン。


 あの変人ぶりは、たしかな実力に裏打ちされた変人ぶりだったのかと……!


 感動のあまり、アリオンは思わず指導士チューターの両手を取った。

 片膝で跪いて、そっと女性の手の甲にキスをする。


「────え!?」

「ありがとうございます先生! 貴方のおかげで、僕は改めて将来の道を確信しました! これは尊敬と感謝の印です!」

「え、あ、そ、そう……? び、びっくりしたわ……」

「驚かせてしまい、すみません。ですが貴方はとても素晴らしい女性です。今後とも是非、僕に貴方の導きを賜る機会を与えていただけないでしょうか?」

「え、ええっ? も、もちろん私は先生だから、学生の指導が仕事だけど……」

「出来れば、僕の個別指導士になってはくれませんか? もっと先生から、いろいろ学ばせていただきたいです」

「! そ、それってどういう……」

「言った通りの意味です」


 キラキラと見上げると、彼女は「ぅっ」と狼狽えた様子になって顔を逸らした。

 それから、アリオンがじっと返事を待っている目の前で、しばらく思い悩んだ顔になると。

 やがて平静を取り戻した様子で溜め息を吐き、


「……言っておくけど、私は少し問題を抱えているから」

「?」

「一応引き受けるけど、個別指導を止めて欲しくなったらいつでも言ってちょうだい」

「……? 分かりました。ありがとうございます、レディ・ヴィルヘルミナ」

「……女の子の見た目で、やることが王子様すぎない……?」


 最後の一言は、恐らく心の声が無意識に表に出てしまったのだろう。

 アリオンは気が付かないフリをして、その場は終わった。

 魔法と魔法使いと闇祓いについて、詳しくなれた一幕だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 だがアリオンに魔力は無い。

 闇祓いになるためには魔法使いになる必要があり、魔法使いになるには魔力を生まれ持たなければならないのに、アリオンに魔力は無かった。


(だからッ、師匠は僕に魔剣クレアをくれた──!)


 魔剣の定義を開陳しよう。


 聖剣が魔なるモノを討ち払い、魔の法理を掻き消す人界守護の鋼鉄なら──

 魔剣は魔なるモノを引き寄せ、魔の法理を溜め込む魔界礼賛の鋼鉄である──


 魔剣クリフォミレニアは、その剣身が過去に写した魔法の数だけ魔力を秘めている。


 その膨大な魔力を、担い手へと与える。


 クリフォミレニアを握るモノは誰だろうと、擬似的な魔法使いになれるのだ。


 普通の魔法使い。天性の魔力持ちが水の溜まったガラス瓶を、二本持っているとしたら。

 魔剣の魔法使いは、通常一本のところに魔剣分のガラス瓶を持っているようなモノ。


 魔剣が無ければ魔力は無く、魔法も使えない。


 魔剣を手から離したら尋常人じんじょうびと


 アリオンの基礎戦闘スペックは、多少剣術に心得がある程度の〝ニンゲン〟に過ぎない。


 しかし、クリフォミレニアが担い手に与えるのは、魔力だけではなく。

 固有の性能として、をも与える。


 正確には、魔力の色や多寡を測る眼を。


 これは、普通の魔法使い。天性の魔力持ち。それ以外のどんなモノにも許されない世界でたったひとりオンリーワンの特権だ。


 エルダース魔法魔術賢哲学院では、魔力をこう説明している。


 〝それは存在規模イデア・スケール ──森羅万象に宿りし感得不可の数値〟


 近似している概念で云えば、寿命。

 その存在がその存在として生まれ持つ、始まりから終わりまでの時間。


 ニンゲンであれば、六十年程度。

 エルフであれば、三千年程度。

 ドワーフであれば、八百年程度。


 各種族にはそれぞれの平均した寿命があり、これを魔法世界では存在規模イデア・スケール と呼ぶ。

 通常、どんな存在も自分がこの世に存在するコト以外に、存在力を消費するコトはできない。


 例外は余剰の存在力。


 生まれつき本来の存在規模イデア・スケール 以上に存在力を宿したモノ。

 それこそが魔法使いであり、魔力を持つ人間の定義。


 だけど寿命なんて、誰にも分からない。

 自分がいつ死ぬかなんて、誰にも予見できない。


 病や老衰で死が目前ならまだしも、そうではない健常な時に正確な死期が分かるだろうか?


 ゆえに感得不可。


 今を生きる魔法使い──闇祓いでさえ、自分にあとどれだけ魔力が残っているかは分からない。

 魔法の呪文が載った魔導書グリモアを開いて、その中身が読めなくなったら魔力がゼロになったと初めて分かる。


 だからこそ──


「“アクアリア”ッ!」

「GYEEEAAッ!!??」


 魔剣から貰い受けた魔力を用いて、必要なだけの量、必要なだけの奇跡。

 ただ確実に敵の存在力を上回る魔法を行使できるアリオンは、瞬く間にテンタクルスとローパーを切断していった。


 今回アリオンが意図したのは、故国の山にあった滝の烈しさと重み。


 それを魔剣に纏わせ、玉散る刃を水飛沫とともに振り抜く。

 体を回転させ、円舞のように軌跡を描けば周囲に同時に水の刃が奔り。

 滝の水量を刃のカタチで食らった触手たちは、一溜りもなく根元を両断される。

 無論、一回では仕損じた個体もあるので二〜三と繰り返し、戦闘はすぐに終わった。


「……ふぅ」

「お疲れ様」

「ありがとう。でも、やっぱりまだまだ精度が粗いな」

「密度も薄くなってるわね。滝そのものじゃなくて、わざわざ私に纏わせるから」

「だって、そうしないと敵が流れて行っちゃうから……」


 魔法の玄妙は一朝一夕には身につかない。

 魔剣の端的な指摘に肩を落としつつ、アリオンは「もっと頑張らないとな」と気を取り直した。


「今日はあと、どれくらいやっていくの?」

「うーん。とりあえず、あと五十匹くらいは殺しておきたいかな」

「魔法も新しいのを試すのよね?」

「そうだね。やっぱ五大元素系の呪文は分かりやすいし、次は“ガイアテラ”で岩礫とか試してみたい……だけどさ、クレア」

「なぁに?」

「同じ呪文で異なる結果を導き出せるのは、長所もあるけど短所もあるよね」

「短所?」

「うん。使う前に毎回、これこれこういう奇跡! って考えなきゃいけないから、反射的に使えるようにならないと危険だよ」


 戦場では咄嗟の判断が物を言う場面もある。

 アリオンは魔法について、そこがネックだと考えていた。

 ひとつの呪文でだいたい五つくらいの使い道を脳内にセットしておくのが、アリオンの理想である。


 が、現実はまだまだ理想通りとはいかない。


 〈カリオン〉との戦いでも、アリオンは冷静さを失い物理で対処してしまった。

 偽物の魔法使いであるアリオンは、やはりいざと言う時に魔法でどうにかしようという発想が出てこない。

 実戦経験が三ヶ月程度では、まだまだ魔法使いとしての自覚が薄かった。


「習熟あるのみね」


 クレアは正論で片付けた。

 そりゃそうなのだが。

 アリオンは苦笑いで歩き出す。


 ──その時だった。


「キャァァァァァァァァァァッ!」

「!」


 〈異界の門扉ダンジョン〉に悲鳴が響き渡ったのである。


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