第3話「学院と異界」



 エルダース魔法魔術賢哲学院。

 通称、エルダースまたは学院。


 アリオンが入学したこの学び舎は、魔法と魔術を学ぶにあたって世界最高の学術機関だと云われている。


 敷地面積は本当かどうかは分からないが、噂ではどうも亜大陸並の広さがあると囁かれ。

 上陸の際には、実際たしかに壮大なスケールを感じさせる『学園島』だった。


 亜大陸規模かもしれない島そのものが、まるまる一つのとして認められている。


故国アズレアより広い……!)


 と、衝撃を受けたのは依然として記憶に新しい。

 もはやそれは、大学という括りで考えたとしても無理がある極めて広範な大領域であり。

 国際的な独立自治や、固有の文化や街並みまで形成している以上、学校というよりかはいっそ国と呼んでしまった方が適切な場所だった。


 師の紹介でエルダースへ足を乗せる際、アリオンは大陸間巨大石橋〈ビフレスト・ロック〉を使い渡って来たが。


 そのときに圧倒された遠景は、まさに世界最高学府の異名に相応しい代物である。

 学生として中に入ってからも、時折りあまりの壮大さに目が眩むような思いをしている。


 エルダースは古代から存在する巨大複合建築物を基にしており、その外観は誰が見ても文化遺産に値するだ。


 白亜と大理石をベースにし、どこか神殿的な風情も秘めているのは、エルダースを開設したのが長老エルダーと呼ばれるエルフだからなのだろう。

 さすがに長い年月が経っているからか、すでにエルフだけでなく様々な種族の文化を思わせる建築様式が混ざっているが。


 アリオンが頻繁に通う区画は、未だを残していた。


 白い城壁に青々とした緑の庭。

 太陽の明かりを取り込みやすいよう、窓枠は大型でステンドグラスには太陽と樹木のデザインが多い。

 洗練された文化を好むエルフらしく、調度品類は上質な木材を加工し造られている。

 どの机も椅子も、外の世界では高級品として売られるアンティーク揃い。


 ここは闇祓いを目指す学生が最も多く集まる校舎区画。


 エルダースでは学生の数も多いため、その学生がどんな道に進みたいかで校舎を分けているらしい。

 基本的に一年生から三年生までは全体の基礎を学ぶ〈共通基礎校舎〉に通うが、四年生からは個々の希望に沿ったカリキュラムを選択でき、自由な勉強の場を提供されているようだ。


 もっとも、エルダースが普通の学校と違うのは、年次と年齢が必ずしも一致しない点だ。


 魔法と魔術。

 その学生がどちらをメインに学びたいのか?

 どちらを学ぶ才能を持っているのか?


 魔法使いが希少だという話は、アリオンも身に染みている。

 魔法も魔術も、どちらも同様に魔力を利用した超常現象ではあるが。


 魔法は、使い手に魔力がなければ使えない。

 魔術は、使い手に魔力がなくとも問題ない。


 対照的な大きな違いがあるらしい。


 内部の魔力を使うか、外部の魔力を使うか。

 そんな差異が冷酷に運否天賦──才能を分かつそうで。

 端的に言って、魔術の道に進む人間は魔力が無い。

 だからエルダースに通うストレート組の子どもは、大抵の場合、魔術師の家系なのだとか。


 魔法使いの子どもがゼロなワケではないらしいが、その数は魔術組と比べると一目瞭然の雲泥の差。

 そのため、年によっては十一歳の魔法使い見習いが一人も入学しない年があって。


 しかし、世界にはアリオンのように、成長してから魔法使いとしての素質を見出される人間もいて。


 そういった〝大人〟は、すでに自分が進むべき道をある程度分かっている/決めているパターンも多いから。

 一年生として入学しても、即座に同年代の教室や希望する学科に在籍する流れになる。


 すると、同じ教室で授業や講義を受けていても、年次がまったくバラバラのメンツで構成されている光景も当たり前になる。


 もちろん、そんなまとめ方をすれば同じクラスの学生間で、学習レベルにギャップが生まれてしまうが。

 どうもこの辺は、異なる年代や種族を一箇所にまとめるよりも、精神年齢や種族文化、価値観が似た者同士でクラスを構成した方が人間関係トラブルが少ないという判断事情もあるらしい。


 学院側は学生間の〝教え合い〟を推奨し、また、学習レベルの劣っている者には個別指導士が着くなどの施策で、配慮をしてくれている──とてもありがたい。


 とはいえ、同じクラスに一年生と七年生がいては、単位数の差は歴然。


 後から来た〝後輩〟は、結局、留年のようなカタチでそのクラスに留まり続け。

 一歩先を行く〝先輩〟は、どんどん先に卒業していってしまうのではないか。


 疑問に思う者もいるだろう。


 だがその辺りも、エルダースは他所とは違っている。

 エルダースにおける卒業は、基本的に学生がそれを望むかどうか。

 一応、規定の単位数は明文化され、七年生になったら卒業の節目、という考え方もあるものの。

 学費の支払いに問題がなく、本人も教育の継続を望んでいる場合、エルダースは学生に好きな限りの在籍を認めるようだ。


 つまり、必ずしも単位数が卒業を決めるワケではない。


 この辺りは、その後の研究員確保や指導士雇用を企図した学則だと、発行される学生手帳にも記されている。


 そして、闇祓いを目指す学生には単位数と年次だけではなく、追加で別の条件も設定されているから。

 闇祓い志望の七年生がいたとしても、ストレートで卒業という流れはかなり珍しいらしい。


 さて──


 エルダース魔法魔術賢哲学院一年生、アリオン・アズフィールド。

 闇祓い志望の魔法使い見習い、十七歳。


 在籍している教室は、以上の前提を踏まえれば分かる通り、エルダースでも殊更に珍しい〝魔力持ちオンリー〟の空間だ。


 学生の数は、わずかに六人。


 皆、アリオンと同じく闇祓いを目指すである。

 むべなるかな。

 魔法使いの中でもエリート中のエリートとされる闇祓いを志す者が、魔法使いとしての才能を早期に自覚・見出されていないはずが無い。


 一年生でこの教室にいるのは、田舎者であるアリオンひとりくらいだった。


 男女の内訳は男子学生が三、女子学生が二、TSが一。

 魔剣クリフォミレニアの嗜好によって、アリオンは基本的に女子生徒である時間が長い。


 無論、その気になれば、いつでもキスして元の性別に戻れるが。


 クリフォミレニアはふざけた呪いを持つ割に、強力なチカラを秘めた魔剣らしく。

 キスで呪いを解いても、一晩眠って朝起きれば、また女の子になってしまう。

 白馬の王子の加護を以ってしても、なお上回ってくるTS悪魔剣。


「私は呪いを解かれるよりも早く呪いをかけ続けているの」

「なぜ」

「イケメンの女の子が好きなのよ」


 とは、愉快犯的な声音の魔剣の弁だ。

 業が深い。

 したがって、アリオンはエルダースに来るまでの間でいろいろ面倒になり(諦めたとも云う)、平時は女子として過ごしている。


 なお、担任の指導士チューターとクラスメート、そのほか事情を話しておく必要があると思った人間には、このあたりは最初に周知済みだ。早朝のナースさんもそう。


 当然である。

 こんな事情、黙っていても誤解を招くだけで、損しか生まない。

 実際に剣にキスして目の前で男に戻った実演も真っ先にやった。

 そのせいで、アリオンはクラスでやや浮いてしまったが、こういうのは早めに言っておいた方が後々の問題を生まない。アリオンは絶対にそう思う。


 なお、男子のひとりからは「ど、どう接していいのか分からねぇよ!」と面と向かって言われたし、女子のひとりからは「女子トイレは使わないでください」と明らかに警戒を露わにされてしまった。


 その他の三人も、男子と女子それぞれのリーダー的な立場の意見に同意だったのか、似たり寄ったりな反応でアリオンとは距離を取っている。


 ──よって、アリオンはクラスでである。


「フ」


 が、構いはしない。

 アリオンはべつに、エルダースに友だちを作りに来たんじゃないからだ。

 男なのか女なのかよく分からない。

 そんな気色の悪い人間を相手にするのも、向こうにとっては迷惑なだけかもしれない。


 アリオンはエルダースに、闇祓いになるためやって来た。


 師の薫陶を胸に、クモラーを絶滅する使命がアリオンにはある。


 逆に言えば、それ以外は、特別気にしなくていいかなー、というが正直な気持ちでもあった。

 断絶的なコミュニケーショントラブルは起きていないし、イジメなどの嫌がらせもされてはいない。


 なら、それで別段、構わないだろう。


 アリオンには学ぶべきコトがたくさんある。

 エルダースでやらなければならないコトが、山ほどある。


 呪文学、魔物学、怪物学、神話学、宗教学、錬金術、精霊学、魔導書学、異界学、剣術、魔術、語学、エトセトラエトセトラ。


 何より、〈異界の門扉ダンジョン〉での実地単位取得は一番欠かせない。


 師匠はアリオンに「学費ィ? そんなもの、自分で工面してくれ!」と言い放った。


 詐欺師や洗脳師みたいな手口だと思った。


 アリオンを弟子として認めつつ、彼はエルダースでの手続きが済んだ後、


「キミなら〈異界の門扉ダンジョン〉で学んだ方が早い! エルダースでは実績に応じて単位を取得できる! しかもついでに報酬までくれる親切制度付き! ──じゃ、頑張りたまえそういうコトで


 そう、いつものように捲し立てて去った。


 おかげで、アリオンは苦学生である。


 制服代も教材代も、日々の生活費もすべて学生をしながら、自分で稼がなければならない。

 闇祓いを目指す道は、そういう意味でも恐ろしく厳しかったのだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 一日の授業が終わると、アリオンは〈異界の門扉ダンジョン〉棟に向かう。


 〈異界の門扉ダンジョン〉とはこの世界で、文字通り〝異界へ通じる門扉もんとびら〟を意味する。


 怪物や魔物が、異界から現れる人類の脅威だという話について。

 では具体的に、どうやって怪物と魔物がこちら側にやって来るのか?


 疑問に思ったアリオンは、師匠に訊ねた。


 すると、あの銀色男は犬のように唸りながら、「ヤツらには境界をまたぐ特殊能力があるのさァ」と苦々しげに教えてくれた。


「怪物の場合は少し違うんだけどね。魔物には確実に異界の門扉を開く能力があるんだ」

「異界の門扉?」

「ヤツらはこっちの世界の住人じゃないからね。自分たちが住んでいる世界、私たちから見たら異界と呼ばれる場所こそ、ヤツらにとっては居心地のいい〈領域〉で、けれど異界ってヤツはそこかしこに隣接しているものだろう?」

「隣接?」

 

 首を傾げたアリオンに、師匠は色眼鏡についたホコリをふっ、と拭き取りながら言った。


「分からないかい? たとえばそれは夜、森、山、川、冬。自然環境に由来するものだけでも幾らでもあるし、人の文明圏でもあちこちにあるんだけどなァ!」

「???」

「たとえばそれは、墓地! 薄暗な路地裏! 鏡の向こう! 井戸の底! ホラ、子どもの頃はよく、そうした場所で何か見えちゃいけないモノを見た気がして、怖くなったりしなかったかい?」


 その感覚こそ、異界と隣り合わせである証拠だよと。

 師匠は超越的に言った。


「でもって、異界には等級の程度にもよるけど、実害があるタイプには必ず中核となってる柱がいる!」

「柱……」

「山や森とかなら、ヌシって呼ばれる存在だったり! 墓地や井戸の底とかだったら、手招きする悪霊とかね!」


 魅入られ、引き込まれれば。

 彼らと同じあちら側の世界にトップリ沈み、二度と戻っては来られない。


「まるで怪談ですね……」

「オイオイオイオイィ、魔物ってのは元来そういうモノだぜ!? でだ! 異界の門扉っていうのは、そんな魔物どものなかでも特に強い存在力を持ったヤツらが使う技!」


 存在そのものが異界に等しくなった魔物は、怪談、御伽噺、都市伝説、噂なんかを通じて大きく成長して、人づてに語り継がれていく。

 そうすると、認知度が上がれば上がるだけ、魔物は移動能力が高くなる。


「後は好きなだけ境界を跨ぎ放題! 自由に門扉を開けては、各地に神出鬼没ってワケだァ!」

「なるほど……」

「門扉ってのも、古来より境界の象徴だろう? 移動するのに、さぞ使い勝手がいいんだろうさ! 忌々しいねェ!?」

「じゃあ、怪物の場合はどうなんです? 怪物は神話や、伝説の世界からやって来るって話でしたけど」

「怪物も異界の門扉を使うのは変わらないよ? ただ、怪物が自分の意思で門扉を開けられるのかはかなり疑問だ」

「それは……どうしてですか? 魔物と同じで、怪物も異界の存在なんですよね?」

「だーいげーんてーん!」


 アリオンはデコピンされた。


「イッタッ!?」

「異界にも種類があるって教えただろう? 物事は正確に話したまえ!」


 神話世界、伝説世界と、魔物が棲む世界は違う。


「それと怪物は、生き物なんだよ? 石化の邪眼とか特殊な能力を持つメデューサとかいるけどさァ、怪物は物質的で、私たちと同じ物理法則が通用するの!」


 反面、魔物は非生物で物理法則が通用しない場合が多い。


「アンデッドのスケルトンとか? 叩いて砕けば簡単に対処できるけど? 時間経ったら元に戻るし! 特定の手順を踏んだり、あっちより強い我意エゴで向こうのルールを無視できないと、なかなか倒せないんだよねェ!」


 となると、怪物が物理法則を超越している異界の門扉の開閉能力を持つかは、甚だしく疑問だ。


「だから、怪物はたぶん、どっかの魔物かはたまた神サマか、そういう存在がを使って、うっかり迷い込んでるだけかもしれない!」


 ザ・迷惑。

 アリオンは眉間にシワを寄せざるを得なかった。

 けれど疑問は解消された。


 つまるところ〈異界の門扉ダンジョン〉とは、こちら側の世界に残されたままの異界の出入口。

 移動能力としての〝境界〟ではなく、異界本体に繋がるポータルである。


 エルダースはそれを、世界各地から蒐集しては収蔵し、危険なものについては封印保管している。


 ダンジョンという呼称はあくまでエルダース内での俗称で、外の世界では普通に異界の門扉と呼んだり、単にゲートと呼ぶのが主流らしい。


 何故なら、異界の門扉が現れる=バケモノの出現であり、人々はわざわざ中へ入ろうなどとは考えない。


 神秘を探究し、超常現象を解明し、闇と対峙する道を選んだ一部の人種でもなければ。


(異界の門扉を訓練場や探索の対象には、しない)


 要はそういう話だった。

 エルダースでは言うまでもなく、闇祓いを目指す学生を筆頭に指す。


 アリオンは現在、将来有望な魔法使い見習いの一年生としてやや強引な途中編入を認められながらも、下級生にも許可が下りる〈異界の門扉ダンジョン〉だけを、実地単位取得の場所に認められていた。


 先日の〈カリオン〉発生事件も、触手系のザコ怪物が潜む『肉の扉』で、テンタクルスの生態調査レポートや解剖記録(異界内であれば殺しても一定時間死体が残る)を取っていたところ、悲鳴を聞いて急いで駆けつけたという次第だった。


 今日も突入するのは、肉の扉である。


 ちなみに名前の由来だが、異界の門扉は開いたモノの特性によって見た目が変わる。

 そのため、見たまんまの特徴から、肉の扉は肉の扉と呼ばれていた。

 ぷるぷるブヨブヨした生肉色の円形門扉。


 テンタクルスやローパーがだと見なされるのも、納得のダンジョンだ。


 初心者向けというにはだいぶグロテスクではあるけれど、そう都合よく安全な異界があるワケじゃない。

 多少の危険は呑み込んだ上で、学生は学んでいかなければいけない。


「でも、早いところ単位を溜めて、他の扉を潜れる許可も取りたいな……」


 触手の怪物が潜むというコトは、肉の扉は冒涜的な神話か伝説の世界の末端に違いない。

 末端と断定しているのは、すでに学院の調査によってあらかたの探索が済んでいるためで、小規模の異界だと判明しているため。


 が、小規模だろうと末端だろうと、あまり足繁く通いたくなる異界景色ではない。


 現在、中層から先は〈カリオン〉騒動によって封鎖されてしまっているが。

 なるべくなら下層まで行って、肉の扉の階層構造による怪物生態変化のレポートをまとめたかった。

 アリオンの見込みだと、単位を二つと明日の食事代に替えられるから。


 〈異界の門扉ダンジョン〉での実地単位取得の仕組みは、レポート提出によって認否が決まる。


 学生なのだから当たり前だ。

 特に闇祓いを志す者なら、異界の特性や怪物の生態、魔物の行動パターン、法則の種類、呪われた際の対処法などについて詳細な知識が求められる。


 だがそれは、実際に見て聞いて体感して、経験を積んで何を学べたかで吸収率を変える。


 レポートは言うなれば、今日はこれこれこういうコトがあったので、こうすればいいんじゃないかと思いました──的な考察と研究、時には教訓を整理するため提出するもので。


 学院側は学生の提出内容から、どの程度の経験値を積んでいるか? 魔法使いとしてどの程度のレベルにいるか?


 分かりやすく判断する根拠に繋がって、規定の単位数に至った者から次の〈異界の門扉ダンジョン〉に進めるルールを制定しているのだった。


 単位だけでなく報酬──金銭まで支払われるのは、エルダース内の〈異界の門扉ダンジョン〉が如何に学院側の管理下にあるとはいえ、危険をゼロには出来ないため。


 死傷者が出る確率は絶対にゼロに出来ない。


 異界とはこの世ならざる隔り世。

 境界を異にする別世界。

 中に潜んでいるモノがこちら側に溢れ出て来ないように、学院常駐の魔法使いは定期的に『一掃』を行っている。


 学生はその仕事を、手伝うという名目で実績に応じてマネーが支払われるのだ。


 と言っても、怪物も魔物も分かりやすい討伐証明など滅多に残さない。

 怪物の死体は時間が経てば霞のように消え、本来の神話世界や伝説世界に帰ってしまうし。

 魔物はそもそも死体という概念が無い場合が多く、不定形且つ幽体という可能性もある。


 では学院は、何を以って仕事の成否をジャッジするかというと。


 それは単純で、異界の規模変化から判定される。


 ヌシや中核、柱を退治すればその異界は消滅する。

 肉の扉で言えば、テンタクルスやローパーの数を減らせば、明らかに異界内の肉壁や肉床が小さくなって萎んでいき、スケールダウンが分かる。

 人間ではどうしようもない異界自体の変化を以って、学院は仕事の遂行を確認するのだ。


 もちろん、細かい報酬額は提出したレポートの内容と照らし合わせて算出され、どのくらいの貢献度かも考慮される。


 しかし、〈異界の門扉ダンジョン〉の危険性が低ければ当然、報酬も少ない。


「……」


 アリオンが肉の扉で活動するようになってから、かれこれ三ヶ月の月日が経つという頃なのだが。

 アリオン以外にも肉の扉へ潜る学生はいるし、どんなに意気込んで臨んでいても日銭を稼ぐのが関の山。


 〈カリオン〉を殺した分の報酬も、〈エリクサー漬け〉の治療費で泡と弾けている。


 錬金術の霊薬は高値で取引されていて、アリオンは実は借金の方が多いくらいだった。


 学院からも注意と苦言をていされている。


 〝命に代わる大切な物はないのよ? 師の教えに忠実すぎると、早晩身を滅ぼしてしまうわ〟


 指導士チューターの言うことも、もっともだ。

 もちろん分かっている。

 アリオンとて分かっている。

 分かってはいるのだが……

 アリオンは誰かの悲鳴を聞いてしまうと、頭で考えるより先に体が動いてしまう。

 だから思うのだった。


「もっと強くならないと……!」


 そうして、アリオンは魔剣を握りしめて肉の扉を潜る。

 こうしてアリオンが未熟を晒している間にも、世界では数多の嘆きが谺響こだましている事実に胸を痛め。

 ゆえに、一刻も早く、闇祓いにならなければと意気を燃やす。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 一時間後。


「キャァァァァァァァァァァッ!」

「救うッ!」


 少女の悲鳴が、再びアリオンを疾走させた。



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