第15話
「はぁ~、暇だよお~」
そろそろ日の落ちる頃、路地裏でエリがぼやいた。
そしてチラリと沙知乃に眼をやり、いつものようにちょっかいを出す。
「さーっちゃん、なに読んでんの?」
「普通の週刊誌だけど」
「先週号でしょ?」
「まぁ、捨ててあったものだし」
「それで、なにか面白い記事とかあった?」
「うーん、エリが興味ありそうなものはなさそうかなぁ」
「えー、どれどれ」
沙知乃の腰から手を回し、エリはパラパラと雑誌をめくった。
「もぅ、邪魔しないでよ」
「いいじゃんいいじゃん! あ、これ面白そうだよ、ほら『サイコパス診断』だって」
エリが指差した記事の見出しを、沙知乃がやれやれといった感じで繰り返す。
「サイコパス診断……」
「そう! サイコパス!」
「サイコパス……あ」
ふたりの視線がチラリとアイネにそそがれた。
「ちょ……! お二人とも、なんでそこで私を見るんですか!?」
「だって……ねぇ、沙知乃?」
「うん……」
「『うん』じゃないですよぉ! 沙知乃さんまでひどいっ」
「まぁまぁ、アイネちゃんがサイコかどうかは、この診断をやってみればわかるんじゃない? はい、さっちゃん読んで~」
「仕方ないなぁ。えーっと、じゃあ今から質問するからね。サイコな人と普通の人で答えが別れるっていうアレだから、あまり考えずに思った通りに答えてくれればいいよ」
「わかりました! 私がサイコじゃないって逆に証明してあげますとも」
「じゃあ第一問。お葬式がありました。ある未亡人はそこで気になる男性を見つけたのですが、その一週間後に自分の子供を殺してしまいました。いったいなぜで――」
沙知乃がそこまで言った時、エリが唐突に横槍を入れた。
「あー、それ有名すぎてみんな知ってるやつだから駄目だよ。『もう一回葬式を開けばその男の人に会えるから殺した』的な回答がサイコってやつでしょ? もうちょっとマイナーなやつにしないとさ」
「確かに……。じゃ、これなんかどうかな。……あなたは暗殺者で、いつものように殺人を依頼されました。その内容は、とある高校の野球部かサッカー部、そのどちらかの部活のレギュラーを全員殺してほしいというものでした。さぁ、どちらの部活を狙いますか?」
「ん~。あたしだったらサッカー部かなぁ」
「理由は?」
「野球部はバットとか持ってて強そうだから」
「え、それはさすがに浅はかですよエリさん」
エリのふわっとした回答に、アイネは思わず口を挟んでしまった。
「私なら迷わず野球部を狙いますね」
「どうして?」
「決まってるじゃないですか。野球は9人、サッカーは11人でやるスポーツですよ。レギュラー皆殺しの依頼なんですから、人数の少ない野球部を狙ったほうがずっと効率的じゃないですか」
「な、なるほど……」
「わたし、今ちょっとリアルにゾクッとしたよ」
沙知乃が両肩を抱いてぼそっと言った。
どうやら、不本意ながらもサイコ的な正解を引いてしまったらしい。
「うぐ、今のはたまたまです!」
「じゃ、もう一問いってみよっか」
「ん……。これでいいかな。あー、あなたは殺人を犯して逃亡中です。夜、人目の付かない路地裏に身を隠しながら逃げていると、警察官らしき男の背中が見えました。さてどうしますか?」
「普通に考えたら速攻で回れ右して逃げるけど、サイコ的にはその警官も殺しちゃうのかなぁ」
「どうして殺すの?」
「そりゃあ、殺人犯なんだし“なんとなく”とか、見られた場合の口封じに~とか、そんな感じ?」
「アイネくんは?」
「え、わ、私ならですね――」
ここまで言って一拍置くと、エリと沙知乃がごくっと唾を飲みこちらを見てくる。
そんなに期待(?)されても困るんだけどな~、なんて事を思いつつ、アイネはゆっくりと口を開いた。
「まず、待ち伏せか不意打ちで警官を殺します」
「不意打ち……。殺す理由はエリと同じ?」
「違います。なんとなく殺したってしょうがないでしょ。理由は無論、拳銃と制服を奪うためですよ。そうすればもっと有利に逃亡できるようになりますし?」
「いや、さすがだね……。正解だってさ、もちろんサイコ的な意味で」
「あは……。アイネちゃん、記憶を失う前は本当に殺し屋だったりしないよね……?」
「そんなわけあるはずないですよー!」
アイネは思いっきり否定したが、ふたりの視線がなぜか冷たい。
と、いうよりわりと本気で怯えているような感じだった。
静かになった裏路地にぷ~んと羽虫が迷い込み、エリの太ももにぴたりととまる。
そんな光景を眺めつつ、アイネは逆転の発想を試みた。
――サイコ扱いなんて嫌だ、屁理屈でもいいから汚名を返上してやる!
「確かに私はちょっとだけ……ほんのちょこぉーっとだけですが、サイコパス的な性格を持っているのかもしれません。でも、それは誰しも同じなのではありませんか? 人っていうのは根本的に自分勝手なんですよ。都合の悪いものを殺したい時に殺し、それでみんなに崇められることだってあるんですから」
「え~! そんなのむちゃくちゃだよっ」
ぺちーん!
言いながら、エリは自らの太ももをひっぱたいた。
「じゃあ聞きますけどエリさん、貴方、今なにをしました?」
「ん? なにって、ただ蚊を叩いて――」
「殺しましたね? はい、殺しましたー! エリさん、貴方は今、自分の都合で地球上からひとつの命を抹殺したんですよ? その自覚はありますか?」
「あ、う……。で、でも」
「わかってますよぉ。蚊なんてただの虫けらですもんねえ、こんなモノ何匹殺したって殺したうちに入らないですよねー。人を殺るのはわけが違います」
「そ、そうそう!」
「そうですよね! ……あれ、でもおかしくないですか? 蚊の命より人の命のほうが尊いなんて、いったい誰がそんなことを決めたんでしょう? 命は本来、皆平等のはずです。でも実際はそうなっていない。カタツムリの殻をひっぺがしたら『かわいそう!』となるのに、ナメクジに塩をかけても気にする人なんか誰もいません。そういうサイコな部分が私達の根底にはあるんですよ、そうは思いませんか?」
「う、う~ん……」
響いているのかいないのか、微妙な反応をするふたりにアイネは最後のトドメをさそうと考えた。
地面に引いていたダンボールをぐるぐる丸めながら彼女は言う。
「あのゴミ箱の下に潜むゴキブリがこちらを見ています。ぶっ殺してあげても良いですが、その場合の私はサイコパスですか? それとも英雄でしょうか?」
一瞬の沈黙の後、ふたりは声を揃えて叫んだ。
「「もちろん英雄ですアイネさまっ!」」
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