第9話

 晴天のお昼時。

 アイネたちはゴミ山のふもとにしゃがみこみ、ちまちまとお金になりそうなゴミを漁っていた。

 山といっても軽トラ一台分程度の小規模なもので、要は街中のゴミ捨て場だ。


「私、個人的に思うですけどね……。ゴミ山って聞くと一番最初に想像するのは“ジャンク”のほうじゃないですか? つまり乾いたゴミですね。パソコンやベッド、家電、家具とかです。ひぐらしに出てきたアレみたいな。それだったらゴミ漁りだってアリだと思うんですよ。なんとなくロマンもありますし」

「うん」

「でも今私たちが掘り返してるのって“ガーベージ”のほうじゃないですかねえ……? つまり湿ったゴミのことですが! 食べ残し、鼻かんだティッシュ、髪の毛、使い終えた掃除用具……たまに雑誌とか混じってますけど、基本はきったない家庭ゴミばかり! そんなところに手をつっこんで、探すものはギトギトに汚れた空き缶やペットボトル? ロマンもなにもあったもんじゃないですよ! 悪臭には慣れましたが羽虫がウザいし、こんなことして小銭しかもらえないとか、も~!」

「ん。でも、小銭すらないとこの前みたいな残飯焼きを食べることに……」

「……ッ! わ、私頑張ります! 頑張りますともっ」

「あは、アイネちゃんは文句は多いけど最後にはいつも馴染んでくれるんだよね。そういうところ好きだよ?」


 そう言ってエリはにっこりと微笑んだ。

 毒っけのない笑顔はどこまでも純粋で愛らしく、そして優しい。

 いつも明るくのーてんきだが、たまに鋭い時があるのも彼女の魅力のひとつかもしれない。


 一方で、隣の沙知乃は「キミの言いたいことはわかってるよ」的な感じで儚い苦笑いを浮かべていてた。

 落ちついていて常識的、けれどもどこかさみしげな風合いがぐっと興味をそそる少女だ。

 が、その興味にまかせてうっかり過去なんか聞いたりすると、すごい地雷を踏みそうで怖い。


 わざわざ言うまでもないことだが、2人ともすごく良い娘だ。

 エリはついさっきこう言った。


 ――アイネちゃんは、文句多いけど最後にはいつも馴染んでくれるんだよね。


 馴染む……か。

 アイネは思った。


 私は馴染んでいるのだろうか。

 この生活に?

 2人の間に?


 わからなかった。

 けれどもこれだけは確かに言える。

 記憶を失い路頭に迷ったこの自分が、今という瞬間を過ごせているのはすべて2人のおかげであると。


 ……ありがとうございます。エリさん、沙知乃さん。


 アイネがそう伝えようとした時だった。

 ゴミの山からペットボトルを引き抜きながら、エリが言った。


「沙知乃とアイネちゃんはさー、もしお金が無限にあったらなにしたい?」


 あ~、もう!

 ナチュラルにこういう事言いだすのがエリさんなんだよな~。

 今日食べるものにも困ってるような身の上の私達が、“お金無限”なんて設定の思考ゲームなんかやっても最終的には悲しくなって終わるだけじゃないですかー。


 アイネは瞬時にそんなことを思ったが、同時に、


 あれ? これってもしかして私が卑屈なだけだったりする?


 と、微妙に自分を疑ってみたりもした。

 そんなことをしている間に、話を振られた沙知乃が口を開いた。


「そうだね……。わたしだったら、みんなで住める大きなお家を作るかな」


 その優等生っぽい解答に、しかしエリは口をとがらす。


「なにそれ普通っ! 普通すぎるよさっちゃん! “貯金”の次につまんない解答だよそれ!」

「……いや、だってわたし芸人じゃないし、そんな面白いこと期待されても無理だよ」

「あー、それもそっか。無茶言ってごめんね」

「そう言うエリはなにやりたいの?」

「んーとね、まずヘリコプターを買うよ。それに乗って、空の上からぱーっとお札をばらまきたい」

「そんなことして面白いのかなぁ……」

「え、お札が降ってきたら楽しいと思わない?」

「落ちてくるお金を拾うのは楽しいかもしれないけど、エリはまく側の人をやりたいでしょ?」

「え~、あたしも拾いたいよー。となると、誰かにまいてもらう必要があるね」

「ん……。というか、エリのその願望って微妙に本末転倒だと思う。お金無限って設定なんだから、今更空から札が降っても嬉しくないはずでしょ。無限に持ってるんだから」

「あ、確かに」

「もっと単純に、お金があったらなにが欲しいのか……っていうのを考えるのがこの質問のキモなんじゃないの」

「なるほどー。さすがさっちゃんだね!」

「それで、エリはなにが欲しいの?」

「ん? えーっと…………。みんなで住める大きなお家、かな」


 うん、なんだろうこの会話。

 目立ってヘンな所はないのに、微妙に独特というかシュールだ。


「アイネちゃんはどう? 3秒以内に答えてみよう!」

「はい? ああっと……そうですね、」


 不意打ち気味のパスにアイネはちょっと戸惑った。

 しかし時間制限が付いているので、パッと思いついたことを口にしてみる。



「人を、殺してみたいです」



 言った瞬間、空気がパキーンと凍結した。

 目の前の2人は「……え?」みたいな表情で顔を見合わせ、一歩下がってナイショ話の体勢になる。


「ね、ねぇ、沙知乃ぉ……。前からちょっと思ってたんだけどさ、アイネちゃんって本格的にヤバい人だよね……?」

「うん……。わたしも薄々感じてたけど今ので確信に変わったよ、アイネくんは記憶を取り戻しちゃいけないタイプの人だ」

「忘れたままでいてもらったほうがいいのかな? この国の平和のためにも」

「だろうね……」

「ちょ、ちょっとまってくださいっ!」


 アイネは叫んだ。


「なんか異常者みたいに言われてますけど、思ってるだけで実際にやるわけじゃないですって!」

「当たり前だよっ。てか思ってるだけでもじゅーぶんヤバいからっ!」

「……そもそも、なんで“お金があったらしたいこと”が人殺しなの? 関係なくない?」

「ええと、資金が無限にあるならひとりやふたり殺しても揉み消せるかなー、って」

「…………」

「…………」

「黙らないでくださいよー! そ、そういうおふたりだって少しは興味ありません? 人が絶命する瞬間っていうか……殺す方法は色々ありますけど、死に向かっていくその過程でどんなリアクションをとるのかなぁ、みたいな?」

「怖すぎぃ! そんなのぜんぜん興味ないよっ。むしろ自分の人生の中でいちばん見たくないもののひとつだよ!」

「アイネくんの心の闇は深い……」


 その後、誤解(?)をとくのに結構な時間がかかってしまい、お礼を言うタイミングをすっかり逃してしまったアイネだった。



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