第8話

「さっちゃんはね♪ 沙知乃って言うんだホントはね♪ だ~け~ど~、ちっちゃいか~ら~、自分のこぉーとぉー“さっちゃん”て言うんだよ~♪」

「いきなりどうしたんですか、エリさん」


 夕暮れ時。

 コンビニの裏手で、暇を持て余したらしきエリが唐突に古い童謡(の替え歌)を口ずさみだした。

 言ったら怒られるかもしれないが、微妙に音痴なのがカワイイ。


「その“さっちゃん”ていうアダ名そろそろやめない?」


 すると、当の沙知乃(さっちゃん)が店の明かりで読んでいた雑誌から顔を上げて言った。


「え? なんで?」

「なんとなく古臭い感じがするから」

「えー、そうかな。じゃあ逆にさっちゃんはなんて呼ばれたいの?」

「普通に“沙知乃”でいいじゃん。そう呼んでる時もあるし」

「それじゃつまんなーい。なんか考えてよぉ、アイネちゃんどう?」

「わ、私ですか」


 急に矛先を向けられて、アイネはちょっと焦ってしまった。


「ええと、今パッと閃いたんですが、お互いに“きょうだい”って呼び合うのはどうです? 親友以上の結びつきを感じませんか?」

「なに言ってんのアイネちゃん……」

「やっぱダメですかぁ」


 確かに女の子同士で“きょうだい”はナイか。

 でもなんで急にこんな事思いついたんだろ。

 アイネは軽く思考したが、それ以上に記憶を掘り下げることはできなかった。


「じゃあさ、“さっちー”とか“さちのん”はどう?」

「なんか恥ずかしいからやめて」

「むぅ、わがままだなー」

「わたしの事はいいから、アイネくんや夕緋くんのニックネームを考えてあげたら? 今のとこ名前にちゃん付けしてるだけじゃん」

「あ、確かに」


 エリがチラリとアイネを見やる。


「アイネちゃんはさ、『こう呼ばれたい!』みたいなのってある?」

「そうですね……。強いて言うなら『姉貴』とか『姉御』みたいな呼び名に憧れますかね~。『アイネの姉貴ィ!』みたいな」

「うん……。確かにそういう事なんだけど、なんかちょっとズレてるんだよねぇ、アイネちゃんって……」

「エリさんがそれ言いますか!?」

「……アイネくんの話を掘り下げると危険な方面に行きそうだから、夕緋くんにしよう」


 なにが“危険”なのかはわからなかったが、まぁいいだろう。


「夕緋ちゃんのアダ名かぁ。“ゆうびん”とか“ゆうびっち”みたいな感じかな?」

「どっちもイマヒトツですね。特に後者は本人怒ると思いますよ」

「え、なんで?」

「だって“びっち”って語感はどうしても淫――」


 言いかけた所で、沙知乃が言葉を被せてきた。


「あー、それはともかく、エリのネーミングってさっきから名前のモジリばっかりじゃない? アダ名なんだから、もっと全然別の所からとってきてもいいはずだよ」

「あ、確かにそうですよね。太ってる人に“ブタ”的な」

「例としては正しいんだけど、もうちょっとやわらかい表現はなかったのかな」


 沙知乃がぼやいた。

 なんかちょっとお疲れのようだ。


「そのノリでいくと夕緋ちゃんはどうなるの?」

「えーっと“性悪金髪”とかですかね?」

「ん。他には?」

「“やけ食いの小悪魔”はいかがです?」

「まだなんかある?」

「少しストレートですが“情緒不安定”とか、“自己愛粘着――」


 そこまで話すと、沙知乃が、ぽんっ、とアイネの肩に手をおいてきた。


「アイネくん、それアダ名じゃなくてただの陰口だよ……」

「ハッ、確かに!」


 結局いい案が浮かばずまた振り出しに戻ってしまった。

 名付けって難しい。


「そういえば、まだエリさんに順番が回ってなかったですね」

「あたしのニックネームってこと?」

「はい。ご希望があるならそう呼びますよ」

「ん~、そうだねぇ」


 エリはしばらく考えて、それからパッと思いついたように言った。


「“夕闇の歌姫・エリ”とかどう?」

「ぷファッ」


 予想斜め上の提案に変な笑いが飛び出してしまう。

 “歌姫”って……。


「もぉー、笑わないでよぉ」

「す、すいません。でもエリさん、それアダ名というよりは二つ名じゃないですか?」

「へ?」


 結局なにも進展せず。

 この日の3人はなんかちょっとずつ噛み合ってなかった。


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