第6話

 ある暑い日のことだった。


「電子書籍ってあるでしょ?」


 コンクリートの橋の下。

 水路のフチに腰をおろして、素足をちゃぽちゃぽ浸しつつ沙知乃が言った。

 結構大きな川だから落ちたら危ない気はするも、エリなんかは水中で立泳ぎとかしちゃっているのでまぁ大丈夫なのだろう。

 水の色はくすんでいるが、流れがあるためそれほど汚い感じはしない。


「……えっと、電子書籍ですか?」

「あー、知ってる知ってる。スマホとかで本が読めるってやつだよね」


 水に浮かぶエリが言った。

 

 ……うん。

 なんというか、意外だ。

 キャラ的にもそうなのだが、“最低限度に文化的な生活”の遥か下をつっきっているこのメンバーから、『スマホ』だの『電子書籍』だの、最新文化の象徴とも言える単語が飛び出すとさすがに少し違和感がある。


 そんな感じで無自覚に失礼なことを考えるアイネだったが、そのあたりの心情を察したかのように沙知乃が言った。


「ふふ。わたし達はこれでも都会っ子だからね」


 都会っ子……。

 言われてみれば確かにそうだ。

 ここは紛れもない首都なのだから、バリバリの都会っ子で間違いない。

 思わぬ発見にアイネは少し感嘆した。


「た、確かにそうですよね……。自分にそんなオシャレ系(?)の属性がついていたなんて、ぜんぜん意識してませんでしたよ」

「あは、『どこに住んでるの?』って聞かれてさ、この街の名前だしたら羨ましがる人たくさんいるよね~。なんてったって首都だから」

「そうですね。『路上で』の一言さえ付け加えなければの話ですけど」


 誇らしげに言うエリに、アイネは笑顔のつっこみをかました。


「……で、本題なんだけど、今みたいな『あ、そういえば!』的な再発見って意外と多い気がするんだよね」

「はい」

「ありがちな未来感のひとつとして『欲しいと思ったものがその瞬間に手に入る』ってあるじゃん? テレビに手を突っ込むと、コマーシャルしてる商品……例えばチョコとかをそのまま掴み取れる、みたいなやつ」

「ありますねえ」


 アイネは適度な相打ちをうった。

 沙知乃の話はなんとなく頭よさげな香りがする。


「それで、電子書籍とかダウンロードタイプのゲームって、結構な精度でそれを実現してるな、ってふと思ったんだよ。欲しいと思った瞬間にその現物が手に入るわけでしょ? ああいうのって」

「おおー、た、確かに……」


 言われてみればその通りだ。

 ネットってすごい。


「でも、それ系って『テレビからチョコが出てくる』に比べると微妙にインパクトにかけますよね。なぜなんでしょう」

「うーん。ゲームや電子本といっても、元をたどれば0と1のデジタルデータでしかないからね。やっぱりありがたみが薄いのかな」

「ああ……。でも、本やゲームを0と1に変換できるっていうだけでも結構とんでもない話ですよー」

「そうだね」


 そんなことを語っていると、エリがざぶんと水中から顔を出して横槍をいれた。


「はーい! あたしもひとつ思いついたよ! 『あ、そういえば!』的な再発見っ」

「へぇ、どんなの?」

「おじーさんは山へ芝刈りに、おばーさんは川へ洗濯に、みたいなことやる童話って多いでしょ?」

「ありますねー」

「そういうの聞くとさ~、ついつい『川で洗濯とかどんだけ大昔の出来事だよ(笑)』とか思っちゃうけどー」


 ざぶんっ。

 と、再び水中に潜るエリ。


 何事かと思って見ていると、数秒後に再び浮き上がってくる。

 その手にはスペアの洋服が握られていて――


「よくよく考えたら、あたし達も川で洗濯する時あるじゃん! みたいな」

「……ッ!」


 アイネは一瞬ドキッとした。

 エリはたまに鋭いのだ。

 確かに、これはこれで思わぬ再発見かもしれない……。


 川で洗濯、と聞くと十中八九『自然あふれる河原にて、小川のせせらぎを聞きながら、透明な水に衣服を浸す……』とかそういうイメージが浮かんでしまうが、言われてみれば、エリのやってることだって間違いなく“川で洗濯”なのだ。


 自然あふれる河原じゃなくてコンクリで固められた水路だけど。

 聞こえてくるのは小川のせせらぎじゃなくて車の排気音だけど。

 水だって透明じゃなくて薄茶色に染まっているけど。


 川で洗濯という一点においては、うん……間違いない。


「……って、私たちの生活、昔話の平民より劣化してません!?」


 未来への期待に思いを馳せていたはずが、思わぬ再発見で現実に引き戻されてしまったアイネだった。




 ――その後!


「あ、でもさアイネちゃん! そうは言うけどハンバーガーのセット1回食べたらあたし達の勝ちだよっ。あんなおいしいもの昔話の世界にはないって!」

「そういうことなんですかね……」

「いや、エリの言うことは一理あるね。やわらかいお肉や甘いだけのお菓子だって、ほんの数百年前までは一部の人たちしか食べられなかった超高級品だったみたいだから。それが現代なら、わたし達でも頑張ればギリギリ手が届……かないこともない! さぁ、ハンバーガーを食べてコーラを飲み、昔の人々に勝とう!」

「沙知乃さんまでなに言ってるんですかっ」

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