第5話
「おなかすきました……」
昼下がり。
アイネはポツリと呟いた。
そういえば、当然のように朝ごはんを食べていない。
「んー、そうだね。今ってお金あったっけ」
「ないよ」
エリの問いに、沙知乃が即答する。
悲しい。
「え、少しも?」
「うん」
「ふーん……。でもアイネちゃんはおなかすいてるんだよね~?」
「は、はい」
「なんでもいいから食べたい?」
「えと……。はい」
「オッケー。じゃ、ちょっと待ってて」
言って、エリはせわしなく路地裏から出て行った。
なにをするつもりなんだろう。
「……やっぱり、エリさんひとりに任せるのは悪いですよね。私もついて行きます」
腰を上げるアイネを、沙知乃が「まぁまぁ」と制する。
「でも……」
アイネは言いかけたが、沙知乃が妙に意味深な笑みを浮かべているのでそっちのほうが気になってしまった。
「な、なんですか……」
「たぶん……、アイネくんの期待しているような展開ではないと思う」
「へ?」
「物乞いしてお金や食べ物をめぐんでもらう、ゴミの中から換金できそうなものを集めて交換する……。生きていくための方法は色々あるけど、そういうのってうまくいかない時もあるよね」
「……はい」
実感としてはまだわからないものの、まぁ確かにそうだろうなとアイネは思った。
「そんな時、アイネくんならどうする?」
「そうですねー。厳しいですが、適当に金品かなにかを“かっぱらって”きます」
「…………ん?」
その返答に、沙知乃はぽかんと眼を丸くする。軽く引いているようにも見える。
そんなに予想外だったのだろうか。
「あ、あれ? 私、また変なこと言っちゃいました?」
「うん……」
「ええ~」
その少し後、エリが慌ただしく戻ってきた。
その手には小さな黒袋が握られている。
◆◇◆
で、それから十数分後。
アイネ達の眼前には一応食べ物と呼べる何かが……、いや、撤回。
絶対に食べ物とは呼べない何かが鎮座していた。
「なんの冗談ですかこれっ!?」
アイネは物体を指さし思い切り叫んだ。
ついさっき、エリが持ち帰ってきたものは残飯……とすら言えない生ごみだったのだ。
屋外のファストフード店のものらしく、骨付きの鳥肉(の食べカス)を主として、黄ばんだ果物やレタスの切れ端、謎の液体が染みこんだパンズのカケラらしきものが悪夢のように詰まっている。
それに加えて紙ナプキン、ストロー、包み紙など、元より食べ物ですらないゴミもグッチャグチャに混ざっているので、もうなんか色々と絶句してしまった。
アイネがそのまま固まっていると、エリは実に慣れた手つきで生ゴミとただのゴミを区分けして、生ゴミのほうを鉄のお皿の上にのせた。
さらにそれを小さな土台の上に置き、ライターで着火する。
つまり、残飯を炒めているのだ。
時々水を加えつつ、ゴミ袋の中に混ざっていた使い捨てのフォークでまぜまぜすること数分。
「はい、できたよん」
と、目の前に置かれたのがコレだった。
どこからどう見てもただの気持ち悪い生ごみにしか見えない。
見た目だけで言うなら悪質なもんじゃ焼き……だろうか。
「これを食べろっていったいなんの罰ゲームですかー! 汚いですって、絶対ばい菌入ってますよ!」
「うん。だから焼いて消毒したじゃん」
「そんなの気やすめにもなりませんー!」
「まぁでも食べ過ぎると体に悪いのは確かだから、ほどほどにね。特においしいってわけでもないしな~」
「エ、エリさぁん……」
アイネはついに泣きそうになりながら言った。
「生ごみをいくら焼いても“あったかい生ごみ”になるだけで、食べられるお料理にはならないんですよぉ……。そもそも“おいしい”か“体に良い”、そのどちらも満たしていないものを食べ物とは呼べないわけで……」
助けを求めるように沙知乃のほうに視線を向けると、彼女は既に茶色く染まったリンゴの芯(らしきなにか)をかじっていた。
「……ん? なに」
「さぁ~ちぃ~のぉ~さぁ~ん……。あ、あなたは常識的な人だと思ってたのに~」
「あの、盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ」
歯形のついた骨付き肉をくわえつつ、エリが決定的な一言を放つ。
「なんのかんの言ったところで、これしか食べられるものがないんだからしょうがなくない?」
「ッ……!」
反論の余地なき完璧な正論。
いやこれを正論と言っていいのかは疑問が残るが、ともかくアイネは再び絶句してしまう。
そんなアイネを眺めながら沙知乃が言った。
「ふふ、やっぱりアイネくんの出生(しゅっせい)は貧民じゃなかったみたいだね。だったら、今からでも公僕(けいさつ)のやっかいになれば今よりはまともな扱いをしてくれるんじゃないかな……」
「そ、それは嫌です!」
警察と聞き、アイネは魂の部分で拒絶を示した。
すると今度はエリがにっこり笑顔を浮かべて、
「だったらなにごとも挑戦だよ!」
骨付き食べカスを無理やり口につっこんできた。
「……んむッ!?」
有無を言わさず生暖かい残飯を味わう。
ハードルが地面に埋まるレベルで低かったので思っていたよりは平気だったが、それでも許容量を超える酷さだ。
じっとりヌメヌメした舌触りはなにを食べているのかわからないし、観念して歯を立ててみれば固いホネが邪魔をする。
味も正直よくわからないが、あえて例えるなら、冷蔵庫に残っていたあらゆる液体を一つの鍋にぶち込んで、それをぬるま湯で10倍に薄めたかのような風味だろうか。
要約すると、不味い。
アイネは、盛りつけられた残飯の中に紛れていたハンバーガーの包み紙を引っ張り出しつつふと呟いた。
「これがほんとのジャンクフードですね……」
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