第3話
「エリさんてのんきな人ですよね」
「そうかな? アイネちゃんもけっこう人のこと言えないと思うけどな~」
時刻は朝の十時くらい。
路地裏でおしゃべりしていると、表通りから突然人影が現れた。
中学生くらいの女の子だ。
それも素晴らしく可愛らしい……。
クセのある金髪は朝日を浴びて華麗に輝き、ちょっと派手目のお洋服も見事にきちんと着こなしている。パッと身の印象は高貴な妖精といった感じだろうか。
薄汚れた路地裏とは無縁の人物に見えるから、うっかり迷い込んでしまったのだろう。
アイネは瞬時にそんなことを考えた。
しかし、女の子は沙知乃とエリを一瞥すると、まるで友達に会った時のようにニコッとほほ笑み、
「ハロー、最底辺の諸君! 飼猫以下の人生は楽しい?」
澄んだ声音でそう言った。
……え?
えええッ!?
なんか色々と思ってた感じと違うので、アイネは言葉を失った。
まぬけに口を開けながらエリ達のほうに視線を移すと、
「あ、夕緋(ゆうび)ちゃんだ。おはよぉ!」
さっきの悪態などなかったかのようにエリが言った。
沙知乃は「やれやれ」とでも言いたげな様子で黙っていたが、もう慣れっこという感じにも見える。
なんなんだこれ。
どういう関係なんだろう。
「今の時間にここにいるってことは、また学校サボってるの?」
「今日は日曜よ! ま、学校行ってないアンタらには曜日の感覚ってものがないんでしょうけど。あ、“行ってない”んじゃなくてお金がなくて“行けない”のかしら……って、なんかひとり増えてる?」
夕緋と呼ばれた金髪少女は、そこではじめてアイネの存在に気がついたみたいだった。
「新しいお友達のアイネちゃんだよ」
「ふーん。ま、いいけど。……とりあえず“ここ”が気持ち悪いから、あっち向いててくれない?」
「……へ?」
それは明らかにアイネに向けて放たれた言葉だった。
しかしアイネは、一瞬なにを言われているのかわからなかった。
気持ち悪いって?
どういうこと?
その様子を見た夕緋は面倒くさそうに自分のほっぺをトントンと指差す。
とりあえず同じ部分を触ってみると、なんか変な感触がした。
そうだ、ここは例の古傷があるところだった。
それを眼前の女の子は、「気持ち悪い」と言い捨てたのだ。
今のアイネには自分に関する記憶がない。
だからこの傷のことを言われても特にトラウマとかは感じないのだが……。
「は、ハァ……? なにこの人……? えと……とりあえず、ブッ殺しちゃってもいい、ですか……?」
ぽろっと、あまりにもスラスラとアイネは言った。
考えるより早く言葉が飛び出る。
これには自分でも少しびっくりした。
そして言ってしまったあとで後悔した。
この場の空気がカッチリ固まってしまったからだ。
具体的に言えば、3人とも「え?」みたいな感じでドン引きしている。
エリですら微妙な面持ちのままで静止していた。
「あわわ……。な、なんかごめんなさいっ」
「……いやいや、夕緋くんの口の悪さは一級品だからね。怒るのも無理はないよ」
思わずぺこっと頭を下げると、沙知乃がフォローしてくれた。
「でもですよ、皆さん。夕緋ちゃんとかいう人の暴言には動じないのに、私の時だけこんな空気になるってちょっとズルくないですか?」
「た、確かにそうなんだけどさ。なんか妙に怖かったんだよね……。不意打ちってのもあったけど、謎の威圧感を感じたっていうか……」
エリがふーっ、と息をつく。
「謎の威圧感……? わ、私って何者だったんでしょう?」
「とりあえず、毒舌キャラってことはわかってよかったじゃん。一歩前進だね!」
「口が悪いのは一人でじゅうぶんだけどね……」
沙知乃がため息混じりに言って、チラリと夕緋のほうを見た。
性格最悪な金髪美少女。
アイネにとってはまだまだ謎の存在だ。
「そういえば、この人は結局なんなんです?」
「お友達の夕緋ちゃんだよ」
「だから友達じゃないっての! 貧民風情が有名私立中学在学のアタシと対等の関係になろうだなんて、思い上がりも甚だしいわね」
「あは、素直じゃないんだからも~」
またもや尋常でないスルースキルを発揮するエリだったが、アイネは微妙に不愉快になって小さく頬を膨らませた。
さっきも言ってたけど、エリさん達はなんでこんな人と“お友達”なんだろう……。
納得のいかない顔を浮かべていると、沙知乃がフッと耳打ちしてくる。
「夕緋くんは夕緋くんで大変なんだよ」
「……どういうことですか?」
「裕福な家庭に生まれ、皆にちやほやされながら育ち、頑張って受験してお嬢様中学に合格したはいいものの、それが間違いだったんだね。
夕緋くんの財力や学力は、確かに並よりは上だったんだろう……でも、調子にのって有名私立なんかに行くから学内でのカーストはいっきに最底辺の部類だ。まさに天国から地獄……。
で、その後の夕緋くんはちょくちょく学校をサボるようになり、挙句の果てにはわたし達みたいなのを見下すことでなんとか自尊心を保たなくてはならないほどまでに落ちぶれてしま――んむッ」
「あ~! さっちゃんてばそれ言ったら駄目だよぉ!」
陰口に気がついたらしきエリが、沙知乃の後ろから手をまわして強引に口を塞いだ。
「ほら、夕緋ちゃんはただでさえ心が弱いんだからっ! もし聞こえてたら泣いちゃうよ!」
「わ、わかったから……手、離して、息、できない……」
「あーもう、バカッ! バカッ!」
エリと沙知乃がじゃれあっている(?)様子を見つつ、夕緋は叫んだ。
「そーゆーのが! いっっちばんムカつくのッ! なんなの!? 回りくどい嫌味のつもり!? うぅ、貧民のくせに……。もっと卑屈になりなさいよ……もっと、アタシを羨ましがってよぉ……」
エリの言った通り、最後の方はなんかちょっと泣きそうになっている。
確かにこれはヒドイ。
色々と、ヒドイ。
「微妙に被害者面してますけど、ホント最低ですね貴方。どんだけ性格ひん曲がってるんですか」
アイネは呆れつつも思った通りのことをぼやいた。
「うぐ、みんなでアタシを馬鹿にしてっ……」
「あーあ、泣いちゃった。さっちゃんのせいだ~」
「な、泣いてないからッ!」
夕緋は涙目でエリを睨むと、
「覚えてなさいよっ」
古風な捨て台詞を吐いて表通りに走り去っていってしまった。
まったく騒がしい人だ。
3人の空間に戻ると、なんだか無駄に静かになったような気がする。
表の喧騒は聞こえてくるので決して静寂ではないのだけれど。
「それにしても、エリさんはなんであんな人と友達やってるんですか?」
「ん~、なんでだろうね?」
「わからないんですかー」
「うん。だけど、友達なんてみんなそんなもんなんじゃない?」
「友達……。あちらさんはそう思ってないみたいでしたけど」
「まぁね……。でも、大丈夫だよ」
エリはにこっと笑って言った。
「だったら、これから仲良くなっていけばいいだけの話だからさ」
迷いなく断言する彼女を見て、アイネは思わず頬をゆるめた。
やっぱりエリさんはのんきな人だ。
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