炎上

50話 妹の友人が僕と同じ布団で寝るとか言いだした

 自分で言うのは変かもしれないけど、下校時は登校時よりも足取りが軽かった気がする。


 朝は、どれだけ炎上が拡散するか分からなくて不安だったけど、八百万まつりちゃん、じゃなくて竹田先生が対処してくれるから、かなり気が楽になった。


「ただいまつりちゃん、恋の歩法――」


 いつものノリで帰宅の挨拶をしつつドアを開けたら、玄関に見慣れない靴があって、僕は慌てて口を閉ざす。


「お兄ちゃん、お帰り」


「お邪魔してまーす」


「あ、うん……」


 恥っず!


 妹の友達が来てるのに、アニメの女キャラの台詞を途中まで言っちゃったよ。せめて、男キャラならまだマシだったのに。


 僕は靴を脱ぎ、部屋に入る。


 来客は玖瑠美と同じ制服を着ており、背格好や髪型も似ていて、一〇〇メートル離れたら多分、見分けがつかない。意図的にか自然にかは分からないけど、多分、仲良しだから外見が似てくる系だ。


 何度か来たことのある、菅井すがい……菅井……。えっと……数日前に聞いたぞ。あ、そうだ。玲美ちゃんだ。


 妹のベストフレンドなのに、僕が名前を覚えられないくらいの頻度でしか来ていないのは、私室がないから呼びづらいためだろう。


 カードが抜き取られていたとはいえ、VTuberウェハースチョコをくれたし、お礼は言うべきだ。


「チョコ、ありがとう」


「お礼、期待してまーす」


「あ。うん。マシュマロ送るよ」


「え。お兄さんは私のこと嫌いなんです?」


「え? なんで?」


「お兄ちゃん。バレンタインのお礼にマシュマロを送るのは、嫌いって意味なんだよ」


「そうなんだ。じゃあ、意味が反転するように、毒マロを送るよ」


「それならよし」


「はい。それならよしなんです」


「いいのかよ……」


 毒マロは毒マシュマロの略語だ。匿名メッセージ送信アプリで、AIのチェックをすり抜けさせて送る誹謗中傷メッセージのことを意味する。類義語に焼きマロがある。


「お兄ちゃん。今日、玲美、泊まってくから」


「は?」


 泊まってく?


 この、玄関に入ったら左手にミニキッチン、右手に風呂トイレ、あとはリビングがあるだけのこの上山家に?


「無理でしょ」


「えー。なんで」


「部屋が一つしかないし。布団も足りない。仮に玖瑠美が僕の布団を使って、菅井さんが玖瑠美の布団を使うとしよう。余った僕が押し入れの中で丸まって寝たら、翌朝、冷凍死体になってそうなんだけど」


「大丈夫。お布団は二人で一つだよね。玲美」


「うん。私、寝相はいいのでお兄さんの邪魔にはならないんです」


「は? 菅井さんが僕の布団に入るの? その組み合わせはおかしいよね。女の子同士、体の小さい子同士でペアになろ?」


「お兄ちゃん。三人でお風呂に入れば、いつもより節約できるよ!」


「まるでいつも二人で入っているみたいな言い方はやめろや」


「でも、私、玲美が入ったあとのお風呂にお兄ちゃんに入ってほしくないし」


「それは分かる」


「逆に、お兄ちゃんが入ったあとのお風呂に、玲美に入ってもらうのも可哀相だし」


「可哀相って表現は僕の精神に五〇のダメージを与えるが、主張は理解できる」


「ね? 先も後も無理なら、一緒に入るしかないよね? AED」


「心肺蘇生すんな。仮にQEDだったとしても使うタイミングおかしい」


「お布団だって、玲美にお兄ちゃんのは使えられさせないよね?」


「使えられさせ? え? なんかおかしいぞ」


「私の布団は玲美に使ってもらう」


「うん」


「私がお兄ちゃんの布団で寝る」


「うん。だから、それだと僕が凍死する」


 まさか友達の前で「昨日みたいに同じ布団で寝る」とか言わないよな?


「お客様の私が一人でお布団を使うのは気がひけるので、お兄さんと同じお布団で寝るんです」


「んんん~? なんか、そこはおかしくない? おおかた僕をからかうために話をあわせていたんだろうけど、もう外が暗いからそろそろ帰った方がいいよ」


 僕はコートを脱ぐのが面倒だし、帰宅直後で体が冷えているから、再び外出するなら今すぐの方が嬉しい。


「はーい。なんで冗談だって分かったんですかー?」


 菅井さんが立ち上がり、コートを着始める。


「本当に泊まるつもりだったら、先に家に帰ってから着替えとか持ってくるでしょ? 玖瑠美も準備しろって」


「んー?」


「いや、暗いんだし送らないと」


「はーい」


 着替える必要のない僕は鞄を置くと、先に玄関に行って靴を履き、外に出た。

 寒い。中で待ってれば良かった。でも僕が玄関にいたら邪魔になって、二人が靴を履けないし、しょうがない。


 しばらくすると二人も玄関にやってきたらしく、会話が微かに漏れ聞こえてくる。


「玖瑠美のお兄ちゃんって、送っていくのが当たり前と思っているの、優しくて気が利くよね」


「うん。でも、玲美と二人きりになるのが恥ずかしいから私も誘っちゃうようなメンタルだし、絶対、彼女できないタイプだよ」


「あー。分かる。私、高校で彼氏ができなかったら、玖瑠美のお兄ちゃんにアタックしよっかな」


「えー。玲美でも、お兄ちゃんは譲れないかなー」


 ガチャッ。


「お兄ちゃん、おまたー」


「ねえ、なんか、僕がモテないとか言ってなかった?」


「えー。言ってないよ。ねー」


「ねー。言ってないんでーす」


「お兄ちゃんのこと優しくして素敵って言ってたんだよ」


「や、やだ。玖瑠美ちゃん、言わないでよ!」


「ライアー」


 僕は妹を指さした。

 ……豚が豆鉄砲喰らったような顔してキョロキョロしてないで、はよ、自分を撃てや。

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