47話 僕は教師から呼びだしをくらう。こ、怖い……

 ネットで晒されていることについて誰かに声をかけられることはない。


 しかし、どうしても周囲の声が気になってしまう。誰かが何かを話していると、僕のことを噂しているんじゃないかと、疑ってしまう……。


 そして、居眠りによって一瞬で午前の授業が終わったとき、国語の教師が僕に声をかけてくる。


「上山ぁ。昼食が済んだら、竹田先生が職員室に来てくれって。部活のことで話があるそうだ」


「……はい」


 竹田先生は配信部の、代理の顧問だ。本来の顧問は産休で、代わりに竹田先生が顧問を務めている。


 僕は購買で買ったパンを食べたあと、食事中の職員室に行くのも気がひけるから、少し時間をおいてから、向かった。


 さいわい殆どの教師は食事を終えていた。


 僕は竹田先生の席へ向かう。竹田先生は教育大学を卒業したばかりの若い数学教師だ。円周率のπとか三とか言う度に男子が「πが女子の三倍はある……」と想像してしまうかもしれないくらい、どこがとは言わないが、大きい。


「来ましたね。土曜日は行けなくてすみません。兄の結婚式が重なってしまい、どうしても行けず」


「あ、いえ」


「ところで、上山君。退部とはどういうことですか? 他に参加したい部活があるのなら、先生がそちらの顧問に途中入部が可能か聞いてきますよ」


「えっと……」


 この口ぶりだと、炎上の件ではない?


 代理の顧問にどれだけ事情を理解してもらえるか分からないけど、正直なところ誰かに助けてもらいたい状況なので、僕は正直に全部話すことにした。


「僕は自分から退部したわけじゃなく、川下先輩に『お前はクビ』って言われて……」


「え? 部活は自分の意志でないと退部はできないと思いましたけど……。えっと。これは?」


 竹田先生がA5くらいの用紙を取りだした。退部届と書いてある。そこには僕の名前が書いてあるけど、僕の筆跡ではない。


「知らないです。僕の書いた字じゃないです」


「川下君は上山君から預かったと言ってましたけど」


「えっと……。そのことなんですけど……」


 あ。しまった。


 炎上の件や、盗撮映像が晒されていることを、実際にスマホを見せて説明しようと思ったんだけど、できない。


 みんな普通に学校に持ってきているけど、スマホは持ちこみ禁止だ。持ち物検査で没収されることはないし、教師によっては「授業中は電源、落としておけよー」と容認している。けど、だからといって職員室でスマホを取りだすのは、厳しい。


 スマホは見せなくても、僕が配信部から嫌がらせを受けていることは説明できるか……?


「あの。相談したいことがあるんですけど……」


「ええ。自分から言いづらいなら、退部の件は誤解だと、先生から川下君に言っておきますよ」


「いえ。そうではなく……。あの……。言いづらいんですけど……。多分、配信部の誰かに、僕の住所や盗撮映像がXitterで晒されてしまい……」


「え?」


 しまった。


 言ってから気づいた。Xitterはログインしないと、内容を表示できない。


 竹田先生がXitterのアカウントを持っていない場合、僕が晒されている状況を見せられない……。


 最悪の場合、僕のXitterを見せることになる。教師に見られて困るようなことは呟いていないと思うけど……。


「……分かりました。お昼休憩はもうすぐ終わりますので、放課後に話を聞かせてください。生徒指導室を予約しておきますので」


「はい」


 事態が好転しそうだ。


 たまにネット記事で、教師は学校のいじめ問題を解決してくれない、みたいなのを見かけるけど、竹田先生は親身になってくれるタイプかもしれない。代理の顧問なのに、僕の話を聞いてくれるなんて嬉しい……。


 午後の授業が終わり、ショートホームルームも終わり、それから掃除の時間だ。


 僕は掃除道具を取り、自分が担当する武道場の南側に行く。


 掃除の前に、近くに人がいないことを確かめてから、LIMEで妹にメッセージを送る。


 ――朝言い忘れたけど、帰りは迎えに行くよ。少し待ってて


 それからゴミを掃き集めた。とはいえ、頻繁にゴミが発生する場所でもないので、落ち葉を一〇枚ほど掃き集めるくらいだ。


 LIMEを確認すると、妹から返事が着ていた。


 ――友達と帰るから大丈夫


 そうか。良かった。


 僕は艦長の『了解!』スタンプを送り、それからゴミ捨て場に向かう。


 ……背後に人の気配を感じる。僕は別に武道の達人でもなんでもないけど、そこにいるだろうと予期していたし、箒やちりとりを持った人間が背後数メートルの位置を歩いていれば、分かるもんだ。


 振り返れば、やはり柔道部一年の神谷真美香さんが、いた。


 先輩として僕から声をかけるべきだよな。


「こんにちは」


「こ、こんにちは……」


 一応、隣まで来てくれた。


 なんか、元気ないな……。


「あっ、あの。今朝は……。そのっ……。走ったあとなので、臭くて」


「あっ、うん」


 離れた位置を走り抜けていったのは、そういう理由か。


 匂いはしなかったよ、みたいに言及すること自体がセクハラかもしれないし、言わないでおこう。


 だが、それはそれで、何か言わないと例のクソ選択肢が出てしまうかもしれない。先に無難なことを言って会話を続けよう。


「朝は走るんだね」


「は、はい。夏より冬の方がランニング、多いです」


 僕は選択肢が出る隙を作らないよう、積極的に質問を続ける。


「そうなんだ。何か理由はあるの?」


「はい。夏は熱中症になりやすいから、です。それに、冬は寒くて突き指しやすいので、朝は組む稽古がしづらくて」


「あ。なるほど。確かに胴着を掴む時に突き指しやすそうだね」


「ですです」


 会話を途切れさせるわけにはいかないんだけど、僕は柔道に対する解像度が低いから、どういう話題を続ければいいのか分からない。


 まずい。急がないと、選択肢が出るかもしれない。


 絶対「僕も神谷さんと寝技の練習がしたいな」みたいな選択肢ばかりになる。


 それだけは避けねば。


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