46話 晒された翌日だけど僕達は登校する
わりと寝坊気味だったのでトーストに牛乳といういかにもな朝食をとり、僕は慌ただしく登校準備をする。
ちなみに我が家にはトースターがないから、パンはフライパンで焼く。フライパン調理は時短だし、コンロの火で僅かに部屋が暖まるかるからアドだ。
「念のため、学校に送ってくよ」
「それだとお兄ちゃん遅刻しない? 方向、逆だよ」
「全力ダッシュ決めるから大丈夫」
「私、少し早く行く。そうしたらお兄ちゃん、ガンダ決めなくて済むでしょ?」
「いいの?」
「うん。久しぶりに部活の朝練に顔を出して、後輩達をしごいてやるぜ!」
「バスケ部のノリで言っても、本当は家庭科部ぅ~!」
「料理より裁縫が得意ぃ~。お兄ちゃんのパンツに開いてる穴、縫ってあげる~」
「やめろ。それは縫ったら駄目な穴だ」
「え? なんで?」
「言わすなよ。それより、早く登校したら本当にどうするの?」
「校門で人間観察」
「しぶっ! 寒いし他のにして」
「校門で人間の肛門観察」
「我が母校はいつの間に全裸登校になったんだ」
「カンチョー大流行で、みんなスカートとパンツに穴が開いてるの」
「小学生かよ。そして、女子の間で流行るな。それは縫っていい穴だから、縫ってあげて」
「紐で紐を縫うの?」
「紐パンなの?! ねえ、なんかトークテーマが下品だから、清楚忘れずに。で、本当は? 余った時間で、何するの?」
僕がリズムよく聞いたら、妹は「まいたけ! まいたけ!」と腕を振り始めた。
「いや、ガチで何するの?」
「お兄ちゃんがネタ振ったくせにー。図書室に行ってくる。もー! お兄ちゃんが話しかけてくるから髪結べない! 結んで!」
「もう靴履いたから無理」
「ねぇ~っ」
「手ぇ、はぁ~っしろ。はぁ~っして温めろ」
徹夜明けで僕達のテンションはちょっとおかしいようだ。
しばらくしたら、玖瑠美が狭く短い廊下を走ってきた。
「お待たせ」
「じゃあ、少し早いけど行こうか」
「うん。……それじゃ、行ってきますの、ちゅー」
「んちゅーっ! チュパチュパ、ちゅーッ!」
「キモッ!」
もちろん、キスなんてしていないし、顔を近づけてもいない。
おふざけにつきあってあげたんだから「キモッ」は言いすぎじゃないか。
「何が正解か教えてくれよ……」
「普通に、頬にちゅって」
「欧米か!」
僕達は部屋を出て、玄関ドアに鍵をかける。
「ほら。行くぞ」
「送迎か!」
寝不足の目に、朝陽が眩しいぜぇ。二年ぶりの通学路だから少し懐かしい。
玖瑠美と中学校の校門で別れてから、僕は高校へ向かう。逆方向だからけっこうな距離があるけど仕方ない。僕は早歩きをした。
一人になると急に心細くなった。
配信部の炎上案件の記事なんて、誰も見ていないはずだ。僕が晒されていることなんて、知らないに決まってる。
誰も僕のことを部費を盗んだなんて疑っていないはずだ。
高校が近づくにつれて、周囲に学生がちらほらと増えてくる。
友人同士で何か会話しているのを見かけると、そんなはずないのに、もしかしたら僕のことを噂しているのではないかと気になってしまう……。
僕は逃げるように早歩きで校門に向かう。幸い、川下先輩にも不良グループにも遭遇しない。
けど、寝不足がたたってふらつくし、頭がぼーっとする……。
校門をくぐったあとは広い通路の端を歩く。
「上山ーっ!」
「……!」
いきなり名字を呼ばれて、一気に目が覚めた。
僕を呼んだであろう者が駆け寄ってくる。そして、背後から背中を叩かれた。
「おはよっ!」
襲撃者は僕の横を駆け抜けていく。短髪のジャージ女子。背格好や声から察するに、柔道部の下着の人だ。
「おはよう」
べしっ!
また挨拶と同時に背後の者に叩かれて、追い越される。さらに連続して二人に叩かれる。
さすが体育会系。みんなパワーが強いな。痛みはないけど、普通に圧を感じる。
……あれ?
柔道部って五人だよな?
ちらっと見たら、通路の反対側の僕から最も離れたところを、後輩の神谷さんが走っていた。
神谷さんは僕の視線に気づくと、ペコッと頭を下げて去っていく。
なんなんだ、この距離……。めちゃくちゃ避けられてる。
もしかして、神谷さんはVTuberファンだし、僕の炎上を見てしまったのだろうか……。
柔道部員は目の前の丁字路を左折していった。
今まで柔道部員のランニングを見かけたことはないし、どうやら僕が普段と違う時間に登校したから遭遇したようだ。
それからは知りあいに会うことなく、僕は教室に入った。
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