39話 有意義な休日だったぜ!
僕達が一緒に部活の空気を懐かしんでいると、死んだふりしていた玖瑠美が起き上がり「はいっ」と手をあげた。
「ドーナツ食べたい!」
「ぷふふふっ」
「あはははっ」
先輩と僕は笑いだした。玖瑠美は特別面白いことを言ったわけじゃないんだけど、タイミングが良すぎるし、声が無邪気すぎて、それが妙にウケる。
「ここ、ドーナツあったけど、白い粉、かかってるかなあ。買ってくるよ」
「あ。すみません」
「大丈夫大丈夫、可愛い妹ちゃんのためだもん。奢るって」
「そうじゃなくて、僕も。真ん中のお願いします」
「分かった。任せろ」
先輩は頼もしくレジカウンターに向かった。
まあ、社会人だし、後輩に奢るお金くらい持っているだろうから、遠慮はなしだ。
しばらくして先輩がトレーを手にして戻ってきた。
「玖瑠美ちゃんどうぞ」
「ありがとう!」
ドーナツの載った皿が玖瑠美の前に置かれた。まん丸で揚げてあるやつ。多分、中にクリームが入っている。そして、白い粉がかかってる。
「誠一郎もどうぞ」
「ありがとうございます」
取り分け用らしき皿、つまり、何も載っていない皿が僕の前に置かれた。
「ほれ、まんなか」
「あ、はい……」
なるほど。僕にはドーナツの真ん中、つまり穴をくれたのか。
先輩は真ん中に穴が開いたタイプのドーナツが二つ載った皿を自分の前に置いて座った。
……それ、一個くれるんだよね?
パクッ。
僕の熱視線を浴びたドーナツは、先輩の口によって、その一部を削り取られた。
「そんなに見られると食べづらいんだけど」
「お兄ちゃん。女の子が食べているところジロジロ見るの、良くないよ」
「女の……子?」
「あーあ。あげようと思ってたのに。高校卒業したらもう女の子扱いしてもらえないのかあ。悲しいなあ」
「あ、いえ。綺麗な大人の女性に対して、女の『子』というのは失礼かと思いまして」
「こっ、こいつ、こんなこと言えるメンタルに成長していやがる……。一年経ってないのに、人はここまで成長できるのか……?! 玖瑠美ちゃん。こいつ、彼女できた?」
「絶対にない。彼女ができたら、絶対に間違いなく私が気づく」
「それじゃ、コンビニ前で外国人に襲われたとき、頭を強く打って……。すまねえ。こういうとき漫画だったら『いい医者、紹介しようか』って言うんだろうけど、生憎と脳の医者と知りあわない……!」
「うーわ。ひどい言いよう……」
まあ、先輩がそう言うのもしょうがないか。
ぶっちゃけ、僕がまともに会話できる女子なんて、玖瑠美と先輩だけだったからな。
最近、そこにユウが加わって、僕の対人コミュニケーション能力が急激に鍛えられている感ある。異世界で半裸の銀髪美少女とうぇっへーいしてたら、現実世界の女性との会話のハードルがヤバい勢いで下がった……。
「普段から配信脳を鍛えろ、という先輩の言いつけを守っているから、言えただけですよ。今のは、先輩後輩の関係を表現する場面だったでしょうし」
「うん。いい配信脳だ。ほら。ご褒美。お食べ」
先輩が僕の方に手を伸ばし、ドーナツを差しだしてきた。
食べかけの方だ。
僕が受けとらずにじと目を向けると、先輩は、にまあっと目を細めて笑う。
「間接キッスが恥ずかしいのかな?」
「そんなことないですよ」
僕はお手拭きで指を拭いてからドーナツを受けとる。その際、先輩の指に触れてちょっと恥ずかしいけど、表情には出なかったはずだ。平静を装う。
そして、玖瑠美の目の高さにドーナツを掲げる。
「はい。それじゃ、次は、一・五、いきますねー。はい」
「右!」
「次は、これ」
「下!」
「それな! 玖瑠美! 一瞬で視力検査だって気づいてあわせる、それが配信脳!」
「いぇーい! 褒めて!」
「いぇーい! じゃあ、ご褒美~」
こうして、間接キッスが恥ずかしかった僕は、ごく自然にドーナツを妹に譲渡した。
先輩は笑って、手つかずだったドーナツを半分に千切って、僕にくれた。
「でもさ、実際、誠一郎ってファンタジー漫画でいうところのバッファーでさ。配信部がAランク認定されたの、ほとんど誠一郎のおかげでしょ? 今日のイベント、まわるの? 川下は声はいいんだけど、女ファンと繋がりたいって態度を隠せないんだから、台本とか司会で上手いこと転がさないと、いつか失言で炎上するでしょ」
「一応、僕は今日まで手伝いたいって言ったんですけど、要らないって言われて……。自信たっぷりだったから大丈夫だと思いますけど……」
「お兄ちゃん。Aランクって何?」
「えっと。全国に配信部は一〇〇〇個くらいあって、今も増え続けているらしいんだけど、それらを競い合わせて成長を促すために、日本高等学校配信部活連盟……正式名称がこれであっているかはうろ覚えだけど、とにかくそういうところによってランク付けされているの。それで、活動実績に応じて、S、A、B、C、D、Eランクが与えられて、Sは今のところ〇校。Aランクが一〇校」
「全国に一〇校しかないの? お兄ちゃんの配信部、凄いんだ」
「うん。リアイベやって会場チケットが一〇〇枚売れるくらいだし。まあ、ほとんどお姉ちゃんが土台を築いた感じだけど」
「いやいや、頑張ったのは誠一郎でしょ」
「いやいや、先輩のおかげですって、本当に。僕はお姉ちゃんが敷いたレールの上をトロッコで走っただけですから。いよっ! お姉ちゃん、いよっ!」
「えー。もー。照れるなー。あー……。ここって、ドーナツのテイクアウトできたっけ」
「わざわざお土産までありがとうございます。いよっ!」
「いや、これから行く知り合い用のガチ土産」
「あ、はい……」
そう言いつつも先輩はカウンターに向かった後、テイクアウトの箱を、大小二つ持って戻ってきた。
「もしかして男ですか?」
相変わらず玖瑠美はぶっこんでいくなー。
「ぶー。仕事先の女だよ。一緒にいてくれなきゃ嫌って言われちゃってさー」
「先輩は男よりも女からモテるタイプですよね」
「セイちゃん、相変わらず、しれっとぶっこんでくるなー」
先輩は小さい方の箱を僕達にお土産として持たせてくれた。
午後から用事がある先輩と別れて、僕は玖瑠美と電車に乗ってアオンモールに行った。
最初にフードコートでお弁当とドーナツを食べた。玖瑠美の手作りホットサンドの中にウェハースチョコが入っていてビビッたけど、意外と美味しくてさらにビビッたわ。
それから、モール内のお店をぶらぶら散策した。
アオンモール最高。一日中遊んでいられるわー。
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