38話 オシャレカフェ初体験の僕達兄妹はビビり散らかす

「誠一郎は部活もアルバイトもなくなって、今は暇してるの?」


「まあ、そうなりますね……でも」


 僕は玖瑠美の背後に回りこむと、パーカーのフードを持ちあげて被せ、次の言葉を聞かれないように、フードの上から耳をふさぐ。


「妹がVTuberになりたいって言っているから、なんとかしようと思っているんです。だから、暇じゃなくなる予定です」


「そっか。仲のよろしいことで」


「……お兄ちゃん、普通に聞こえてる」


「そこは聞こえなかったフリしとけよ。僕が恥ずか死したらどうするんだ」


「一人じゃ生きていけないから私も死ぬ」


「重い、重い、重い。ネタかガチか分からないからやめて。そこは『もう、電気代節約のためにお兄ちゃんと一緒にお風呂に入らなくていいから嬉しい!』って言って先輩を驚かせるとこ。先輩のリアクションを引き出して、そこを弄って」


「そんな。初対面の先輩を弄ったりできない……。あ。寒い日はお兄ちゃんのお布団に入ってまーす。電気代節約!」


「やめろ、馬鹿! 本当のことを言うな!」


 僕は玖瑠美の口をふさぎ、先輩に『今の即興コント、どうです?』という視線を送る。


「二人とも気づいてないと思うけど、今、めちゃくちゃそっくりなドヤ顔してるぞ……。あははっ……。やっべ、つぼ入った。はははっ……!」


「お兄ちゃんと似ているって言われるのは、本気でつらい……」


「やめろ。本当につらそうに言うな。こっちもダメージ大きい」


「あははっ。やっぱ、イベントじゃなくて誠一郎や玖瑠美ちゃんと一緒に来て良かったよ」


 先輩が笑ってくれて嬉しいというか、妙な充実感がある。

 去年、鍛えられたというか、鍛えさせられたからなあ。成長を見せることができた達成感、かな。


 部活に行くと「今日、学食ランチが生姜焼きだったんだけど、それをテーマにして、帰るまでにショート動画の台本、書いて」とか「新しいペン買ったの? よし。それでコントしよう」みたいなノリだった。とにかく、日常の些細なことからでも話題を拾って広げられる力をつけるように教えられた。


 僕達はブラブラ歩き、玖瑠美が作ってきたお弁当を公園で食べようかとしたんだけど、昼食を取るにはちょっと早い。でも外は寒い、


 ということでカフェに入った。


 もちろん先輩が奢ってくれる。


 さすが先輩。入り口付近で待てばいいのか席取りをすればいいのか、カウンターで注文すればいいのか、何も分からずにオロオロとする上山兄妹をエスコートしてくれた。


 先輩はカウンターに行き、メニューが理解できずに狼狽える兄妹に「甘いのがいいよね? 期間限定のストロベリーラテがあるよ」と、的確な提案をしてくれた。


 先輩は手早くトレーを取り、おしぼりも用意してくれ、たったこれだけなのに、気の利く女感を醸しだす。


 僕達はカフェの奥に向かった。


 そこは窓際の席で、ソファと椅子がある。


 あれ。こういうとき、どっちに座るんだっけ。なんか、高校受験の時に面接対策でマナーについて調べたら、それっぽいことが書いてあったような気が……。


 駄目だ。分からん。


 あ。そうだ。受験で面接したばかりの妹ちゃんがいる。


 ほら、お前、先に座れ。僕は隣に行くから。


 しかし、玖瑠美もどこへ座ればいいのか分からないのか、僕にちらっと視線を送って、まごまごしている。


「好きなとこ座りなー」


 先輩がそう言ってくれたので、僕は妹とアイコンタクトを取り、座った。


 僕は椅子に、妹はソファに。


「違うだろ! 並べよ! 先輩が困るだろ!」


「えっ」


「大丈夫。困らないって。女子で並ぶよ」


 先輩はソファに腰を下ろして妹と並んだ。


「ゲストに寛いでもらうのがマナー、っていうか気遣い。友達同士で来てたら、そういうの要らないでしょ」


「なるほどーなつ」


 腰を落ち着けた僕達は先ずは飲み物で喉を潤した。


 さて。何を話そう。


 先輩と会うのは久しぶりだけど、SNSでたまにメッセージを交換するし、月に一回か二回くらいとはいえオンラインゲームに誘われているから、それほど久しぶり感もない。


 まあ、遊ぶのが夜になるし、部屋の壁が薄いからゲーム中は無言になるので、会話は久しぶりだ。


「お姉ちゃんは何をしている人なんですが? 学生ですか? 社会人ですか?」


 さすが、妹ちゃん。僕だったら微妙に聞きづらいことを、あっさり聞いた。


「んー。さっき言わんかったっけ」


「仕事が忙しいって言ってましたけど、社会人とは言っていません。じょ、じょう、じ、女児トリック」


「言いたいのは叙述トリックね。疑わなくても、社会人だよー」


「えーっ。女子大生かと思ったー。軽音部とか入ってそう」


 頭を見ながら言うな、頭を。そして、僕と同じこと思ってて草。


「女子大生でもある」


「えー? どういうことですか?」


「んー。社会人学生ってやつ。昼は社会人。夜は大学生。仕事と勉強で大変だよー」


 先輩は姿勢を崩し、背もたれに体重を預ける。


「なんのお仕事してるんですかー?」


 だから、頭を見ながら言うな……!


「こういう誰が聞いているか分からない所では言えないお仕事。……ベッドの上で二人きりの時なら教えてあげるよ」


「うち、お布団だから無理……」


「うちの妹、来年から高校生だし、メロン艦長の配信とか見てるし、そういうの普通に意味が通じちゃうんでやめてください。今のは清楚ぶって意味が分からないフリしただけです」


「お兄ちゃん。私、本当に分かんなかった」


「ライアー」


 僕は低い声で、妹を指さす。


 玖瑠美は怯えたような顔をすると、手で鉄砲を作り、自分のこめかみに当てる。

 そして、発砲し、机につっぷした。これが哀れな嘘つきの末路だ……。


「あ。そうだ。先輩『はい』か『いいえ』で答えてください」


「んー? 唐突過ぎん?」


「お姉ちゃんのお仕事は、某テーマパークでネズミのマスコットキャラクターの中に入るお仕事ですか?」


「ピンポイント過ぎる! 確かに世界有数の、人に言えないお仕事かもしれないけど! 答えはいいえ!」


「人に言えない……。あっ……。もしかして、白い粉と関係が?」


「いいえ!」


「それじゃ、ドーナツに白い粉をかける仕事じゃないんですね……」


「ドーナツ屋でバイトしていたことはあるけど、まかないが『抜いた真ん中』だからやめたんだよ。真ん中はカロリーゼロじゃないから」


 凄え、さすが先輩。


 僕がツッコミを誘導したことにしっかり気づいて反応してくれたし、ボケも返してくる。


「今の僕の質問って、正解ですよね?」


「そう。ちゃんと、タレントが面白く答えてくれそうな質問をする。それ、正解」


 先輩の口癖「それ、正解」を聞き、一瞬ここがカフェではなく、配信部の部室かと錯覚してしまった。

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