30話 土ブロックに囲まれた!

 僕は『艦長が乗組員の恋愛相談で言っているように「壁ダアンッ! 顎クイッ! からのキス」で落とせばいいのでは?』とコメントを打った。


 それから僕が後方腕組み彼氏ヅラで配信を聞いていると、玖瑠美がおぼんを持ってやってきた。


「ニヤニヤしすぎー。テーブル~」


 僕はスマホを一瞬だけ置き、折りたたみテーブルを広げる。


「私がご飯用意しているのに、なんでチョコ食べてるのー」


「ごめん。嬉しいことがあったお祝いだから」


「ほい。スパチャ。お食べ」


 スパゲティのお茶漬け。手軽でおいしいこれが我が家のスパチャだ。夏は水で、冬はお湯で作れるから年中美味しいぞ。お水やお湯を入れずに、お茶漬けの素を絡めて食べることも可能だ。


 ちなみに、ミートソースパスタは赤スパと呼ばれる。


 僕達は向かいあって座り、スパチャを食べる。


 生配信を視聴中だということを察してくれたから、食事は無言だ。よくあることなので、今更気まずくはならない。


「じゃあ、今度、通りすがりの一般客のフリをして会いに行ってみる」


 という結論の後、生配信は終わった。


「ねー。途中からだったから分からないけど、なんだったの? 三行でまとめて」


「艦長がリアルで初恋。

 相手はお店の店員。

 今度、艦長がまたそのお店に行く」


「えー。男の影がちらついて、乗組員は大丈夫なの?」


「僕達は訓練されているからな。むしろ、恋の成就を願ってる」


「そうなんだー。子狸なら、ポコラに彼氏ができたら発狂するよ。クリスマスに配信予定がなかったら杞憂民が荒れる」


「それが当然の反応だ。乗組員が狂ってる。奴等の九割は艦長の息子に転生したがっているから、艦長にさっさと結婚してもらいたいと思ってる。『告知』が出る度に、SNSに『おめでた!』と大量に書きこまれ、告知内容が新曲やグッズだったとき『あ、はい……』としょんぼりするまでが、テンプレだ」


「艦長の恋人になりたい人はいないの?」


「いるが少数派だ。艦長から生まれたい人が多数派と言える。お前もVを目指す以上、男の存在には気をつけろよ」


「大丈夫だよ。お兄ちゃんより素敵な男子なんていないし、彼氏なんて作らないよ」


「あー。そういう設定もありだけど、あまり兄弟と仲が良すぎると彼氏だと疑われるからやめとけ」


「はーい。でも、それ、お兄ちゃんを彼氏にしたら問題解決だよ」


「あ、はい……」


 僕はしょんぼりした。


 食事を終えると、玖瑠美から誘われたのでMintendo Smitchでレースゲームをし、お風呂に入り、湯冷めする前に消灯時間だ。


 僕は電気を消し、念のために妹が寝付くのを待ってから、スマホでユウの動画チャンネルにアクセス。『拠点を作るのじゃ!』という配信枠があったので、それの再生ボタンをタップした。


 ゲーム異世界に転移し――。


 真っ暗だった。


「え? こっちも夜? 星や月もないの? 暗すぎん? うっ!」


 歩こうとしたけど、何故か身動き取れない。


「え? 前も後ろも何かある。囲まれてる? まさか……! 一時中断!」


 僕の意識がすっと体から抜けて、視点が後方やや上空に移動する。


 明るい。昨日と同じだだっ広い平地に、土ブロックを一〇個くらい積み重ねたオブジェがあり、その周りで銀髪灰色下着の外国人少女が楽しそうに飛び跳ねている。


「やっぱり! 僕の周囲が土ブロックに囲まれてる!」


 土や木をブロック化して再設置できるゲームで、ログアウトしたユーザーの再出現位置の周辺をあらかじめ囲んでおくのは、定番の悪戯だ。


「土だから簡単に破壊できるはず……」


 僕は一時停止を解除する。


 昨日遊んだ感じだと爪と指の間に土が挟まることも汚れることもなかったし、手で掘るか。


 先ずは顔の前のブロックを掘ってみた。五回ほど引っ掻いたら、教室の後ろにある個人用ロッカーくらいの範囲で土が消えた。


 多分ブロック四個で人間サイズになるくらいのサイズだ。


 にゅっ。


「のじゃ~」


 土窓の向こうに、ユウが現れた。


 相変わらず、自ら発光しているかのように瞳がキラキラ輝いている。


 絶世の美女と表現すべきなんだろうけど、子供っぽい表情と言動から、クソガキという印象が強い。


 ぽこっ!


 再び真っ暗になった。僕が掘ったところにまた土ブロックが設置されたようだ。


「ふーん。そっか……」


 僕は努めて低く冷たい声を、独り言のように漏らす。


「こんな意地悪するんだ……。あーあ。今日はもうログアウトしちゃおっかな……」


「やだーっ!」


 ぼこっ!


 目の前のブロックが消えて、四角く切り取られた明るい枠の中に、涙目のユウが現れる。


「冗談で~す!」


 僕はエモートで「変顔」を実行した。狭い空間内でどれだけの行動ができているかは分からないけど、きっと相手を苛つかせるくらいのことはしているだろう。


「あぅ~べべろべろ、あぅ~」


「むきーっ!」


「むきーって……。怒り方、下手すぎん? とりあえず出して」


「しょうがないにゃあ……」


 外側からユウが土ブロックを破壊し始めたから、僕も内側から破壊し始める。


 やがて上半身が出たところで、ジャンプして出ようとするが、ジャンプできないことを思いだす。


「ユウ。意見がブレて悪いんだけど、やっぱジャンプできるようにして。現状だと、斜面や小さい段差は歩いて移動できるけど、ブロックくらいの段差があると移動不能になっちゃう」


「分かったのじゃー。したよ」


「ありがと」


 僕はジャンプして土ブロックの檻から抜けだした。


「平地に土ブロックが数個積んであるのはなんか見た目が気持ち悪いから、破壊しよ」


「分かったのじゃ!」



 土:20



 破壊した土が勝手にゲットされるから、インベントリはこんな感じになった。うん。ゲーム開始直後って感じでちょっとワクワクする。


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