29話 艦長の緊急生配信を視聴する

「昨日ね、配信を休んじゃった原因なんだけど……スタジオで収録があって、その帰りにお店に寄ろうとしたの。あっ。特定とか怖いから、フェイク入れるからね? 艦長、お店の前でいきなり酔っ払いの人達に絡まれちゃって……。手首を掴まれて引っ張られて、暗い所に連れていかれそうになって……。怖い、酷いことされちゃうって……」


 なんだと。そんな酷いことが!


 許せねえ。俺達で犯人を見つけて、ぶちのめしてやる。


 思いは一緒だよな、仲間達!


 僕が憤っていると、コメント欄にも同じように犯人に対する怒りが投稿された。


 しかし――。


「あっ。犯人捜しとかはやめて。関係ない人に迷惑が掛かっちゃうかもって思ったからフェイク入れたし。みんなにも迷惑かけちゃうし」


 犯人に配慮するなんて、優しすぎるんよ……!

 そして、僕達乗組員のことも心配してくれる。艦長の配信の五〇パーセントは優しさでできてるぜ。残り五〇パーセントは俺への愛。


「それでね……。話が飛んじゃってごめんなんだけど、みんな、よく艦長に『早く結婚しろ』とか『彼氏を作れ』って言うでしょ? でも、そういうの、お仕事が充実してるし、まだ考えてなかったんだけど。……えっと。酔っ払いの人達に絡まれていたときに、お店の人が出てきて『その人を放せ!』って助けてくれたの。私、怖くてお店のトイレでずっと泣いていたんだけど、その人が『大丈夫だよ』って優しく声かけてくれて……。気づいたらドキドキしてて……。これって恋なのかな。艦長、ずっと士官学校に通っていたから、恋愛とか知らないでしょ? それに、出会いがないお仕事だし……。だから、このドキドキが初恋なのか、襲われたのが怖かったからなのか分からなくて……」


「うおおおおおおおおっ!」


「お兄ちゃん。うるさーい」


「黙れ小僧! それどころじゃない!」


「えーっ」


 ミニキッチンの方から妹が抗議してきたが、放置だ放置。


 むしろ音量を大きくして、お前にも聞かせてやる!


 艦長に!


 ついに、春が来た!


 恋する相手が僕じゃないのは残念だから複雑な気分だが、応援したい。


 僕は、艦長に彼氏ができても、推しつづけるぞ!


「あ。その人が乗組員だったとしても大丈夫。身バレはしないよ。トイレで泣いているときに、確かめたから。ほら。コンビニ、じゃなくて、お店のトイレって何時に誰が掃除しましたって紙が貼ってあるでしょ? 平日の夕方は同じ人の名前がずっと書いてあったから、今日もこの時間は働いているはず。だから、その人がリスナーだったとしても配信を見れないし。アーカイブに残さないから気づかれない。あーっ。でも、どうしよう。またそのお店に行ったら、変に思われるかな。『あの時、助けていただいた女です』って会いに行ったら変? ほら。鶴の恩返しってあるし、あり? 『お礼がしたいからご一緒に食事どうですか』って誘ったら怪しい? 重い女って思われる? あーん。どうしよう。こういうの、分かんない。ねえ、どうしたらいいの?」


 難しい。


 僕も恋愛経験がないから、分からない。


 僕だったら、ほぼ面識がない女性から食事に誘われたら困る。絶対に、壺とか絵画とかを買わされるか、闇バイトに勧誘される。


 うーん。襲われたときに助けてもらったことへの感謝かあ。


 あ。僕は昨日、知らない女性からチョコレートを貰った。あれくらいでちょうどいいと思う。


 よし。コメントしよう。


 昨日買った一〇〇〇円のマネーカードをまだ使っていないし、これでスパチャを投げるぞ。


『ほぼ初対面だと思いますし、先ずはお菓子でも渡して様子を探ってみたらどうですか? お菓子代に使ってください』


 僕はコメントを入力し、投稿した。


 数十秒後、艦長が僕のコメントに気づく。


「スパチャ、ありがとう。『ほぼ初対面だと思いますし、先ずはお菓子でも渡して様子を探ってみたらどうですか? お菓子代に使ってください』……えっと。実は昨日、バレンタインだったでしょ? だから、チョコレートが売っていたから買って渡したの。もしかして、正解だった?」


 あ、なるほど。


 既にお菓子をプレゼント済みか。


 しかし世の中には艦長からチョコレートを手渡された幸せ者がいるのか、羨ましすぎるぞ。


 僕は昨日コンビニで女性から貰ったチョコレートを取り、艦長の配信を聞きながら食べる。


 美味ッ……。さすがお高いチョコ……。


「えっと……。『またそのお店に行って、相手が顔を覚えていたら脈ありだから、攻めろ』。本当に? ねえ、君のアドバイス信じていい? 相手の特徴? 私より少し下くらいの年齢だと思う。アルバイトしてたから多分大学生だけど、高校生くらいに見えたかも。えー? ないない。イケメンじゃないよ。分類するなら、君達みたいなチー牛だったよ。あ。イケメンじゃないとか言ってごめん。乗組員のみんなはチー牛だもんね。艦長の思い人が君かもしれないぞ! あ。でも髪の毛が生えてたから君達じゃないかも。ぷふふふっ。『それはライン超え』『ライン超えだよ』『あーあ。やっちゃったね』『間違いなく軍法会議もの』『謝って』……。みんな効き過ぎでしょ。……ごめんね。でも、艦長いつも言ってるけど、洋ゲー好きだし、禿げマッチョのおっさん主人公大好きだよ」


 お。乗組員弄りでテンションを少し回復したな。声がだんだん元気になってきた。


 確かに艦長が配信しているゲームの主人公は禿げマッチョのおっさんが多いから、艦長が禿げを馬鹿にしていないことは、みんな分かっている。


 ただ、そのゲームがもう一〇年以上前に発売されている『暴力描写あり:一八歳以上対象』だから、艦長の年齢三〇代後半説が出てくるんだよな……。


「『大学生くらいが艦長より少し下くらいの年齢は草』ぁ? どういう意味かな? 大学生って一八歳から二二歳くらい? 一九歳からだっけ? 艦長の少し下であってるよね? 艦長、まだ二〇台前半なんだが? 『Battle of Duty 発売二〇一四年、Battle Recon: Tactical Warfare 5 発売二〇一二年、Combat Echo 4 発売二〇一〇年』。は? だから? 偉いねー。Wikipeで調べたんだー。よちよち。検索できて偉いよ君。ねえ、メン限の君達なら知ってるよね? 光速を超えた宇宙戦艦と地球じゃ、時間の流れが違うの。地球では一〇年以上経ってても、こっちだとまだ一秒も経ってないんだが? 艦長は永遠の二〇歳だから」


 かなり調子が戻ってきた。もうメロン艦長は大丈夫だな。

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