28話 妹に事故のことを教えてあげた
すぐに警察が来てくれたので、僕は事情を説明したあと家に帰った。
何時間も取り調べがあるのかと思ったけど、特にそんなことはなく、一時間くらいで解放された。僕は犯人じゃないし、大学生バイトがいるんだから警察はそっちから話を聞きたいだろうし、当然かも。
「ただいまりもーー」
「おかえ……リモート授業。ちょっと早くない?」
という当然の疑問に、僕は正直に「クビになった」と答えた。
配信部を退部になったことはまだ言えていないけど、アルバイトのことは抵抗なく言えた。
リビングに入った僕は少し距離を開けて座ったのに、玖瑠美は腰をくねらせてお尻を動かし、にじり寄ってくる。
「何やらかしたの? ねえ、何やらかしたの? おでんツンツン? 肉まんパフパフ?」
「なんで僕がやらかしたって決めつけるの? 単に、たくさんシフトに入れる大学生が入ったから追いだされただけだよ」
「えー。それってありなの? 違法にならないの?」
「知らないけど、それはそうと、僕がクビになってコンビニを出た瞬間、軽トラがダイナミックエントリーしたよ」
「マ? ヤバない?」
「しかも、店長がバイトの女子大生が着替えるのを盗撮していたっぽい」
「そのコンビニ呪われてない?!」
「写真送るからちょい待ち」
「盗撮画像ちょい待ち了解」
僕はSNS『
「ほれ」
「わー。すご。完全に奥まで入ってる」
「うん。ブレーキ踏んだ感がなかったし、おにぎりとか弁当の棚に直撃してる」
「はぁん……。凄い……。こんなに奥まで……ずっぽり入るんだぁ……」
「な。真横から見たら、車体が完全に店内だよ。お客様がいなくて本当によかったよ」
「あんっ。こんなに濡れてる……」
「おでんの汁ぶちまけたからねー」
「濡れてるし、奥まで入ってるの!」
「あ。うん。現場で見てきたから知ってるって」
「硬くて太いのが奥まで入ってるの!」
「次の電車が来たら一気に混んでいただろうし、ほんとギリギリセーフだったよ」
「分かってるのに、わざとスルーしてるな……」
「それはそう」
「でも、バイトクビで良かったかもね。もし働いていたらお兄ちゃんが怪我をしていたかも」
「あ。そういう考えもあるのか」
「そうだよ。運が良かったんだよ。事故に巻きこまれて怪我をするのを回避できたの!」
「うん。そう思うことにする」
玖瑠美の言うとおりだ。悪い方ではなく、良い方に考えよう。クビになって良かった!
「何か食べるー?」
「いつもと時間ずれたけど、今から用意してくれるの?」
「もろちん! 喜んで!」
「普通の人間はもちろんともろちんを言い間違えたりしないから、そういうこと、外では言うなよ」
「なんでー」
「配信で覚えた言葉や台詞は、外で言ったら駄目なの。身バレするかもしれないだろ」
デビュー前から身バレを気にしてもしょうがないんだけど、それっぽい理由があれば納得してくれるだろう。
「了解ウォッチ」
玖瑠美が立ち上がりキッチンに向かう。
玖瑠美が推しのポコラは下ネタを滅多に言わないんだけど、ポコラがよくコラボするメロン艦長が平然とセンシティブラインを越えて飛行するからなあ。その影響で、玖瑠美まで下ネタを言う。中学校でも同じようなこと言ってないか、ちょっと心配だ。
妹が晩ご飯を用意してくれる間、僕はスマホでSNSをチェックすることにした。
コンビニの事故が話題になっているか調べようと思ったんだけど、あるものを見たら、そんなこと一瞬でどうでもよくなった。
「緊急生配信ってマ?」
メロン艦長がXitterで『昨日のことどうしてもお話ししたいから、メンシ限定で喋るね』と呟いている。まさに今始まるところだ。
もちろん、僕はメンバーシップに加入しているから、限定配信を視聴可能だ。
さっそく動画のリンクをタップした。
幸い、まだ艦長は来ておらず、待ち受け映像が表示される。
宇宙戦艦の艦橋内で、各種モニターにグッズやイベントなどの告知情報が表示され、艦長のオリジナルソング『倍々火線でどうかしらん?』が流れている。敵の攻撃を倍にして返すという、勇ましい歌詞の歌だ。
数十秒ほど経過すると背景画像が切り替わり、艦長室になった。
画面右側に艦長がいる。
はあ、可愛いが過ぎる。宇宙戦艦の艦長なのにセーラー服(イギリス海軍の軍服の方)を着ていて、瞳を上下左右に小さく揺らしている。
緑色の髪に白い服装が相まって、メロンソーダのような清涼感ある美しさだ。
好きだ。メロン艦長、好きだーっ!
「あっ、あっ……。あーっ。……聞こえてる?」
聞こえてるーっ!
「それじゃ、総員、戦闘配置~。ロボライブ所属、宇宙戦艦トレゾール艦長の砲塔メロンで~す。オーバー」
オーバー!
艦長が挨拶するのと同時に、コメント欄に「オーバー」とコメントが溢れだす。
「はーい。『お婆』って書いた乗組員は営倉送りだから。はあ、いったい、この戦艦の治安はどうなってんだ……。それじゃ……。あ。聞こえてるよね? 昨日は急に配信を休んじゃってごめんなさい。通常の配信でも謝るけど、先に謝っておくね……」
僕は「気にしてないよ」とコメントを入力した。
他の乗組員も同じらしく、コメント欄に『気にするな』『ええんやで』といった温かい声があふれる。
「あのね。……えっと。今日はどうしてもみんなに聞いてほしいことがあって……。予定になかったけどメン限で話すことにしたの。……うん」
いったいなんだろう。やけにしおらしい喋り方というか、歯切れが悪い。
口調の演技が薄いのはメン限配信ではよくあることだけど……。
通常配信だったら、今の発言はこんな感じになっていたと思う。
『ねえねえ! みんな聞いて! 艦長、今日、凄いことあったんよ! マジで。メン限でしか話せないことなんだけど、あっ「いつも艦長の配信視聴してます」スパチャありがとー。ぷっ……。「今日も艦長に撃ピーッされに来ました」じゃないんよ。別に撃沈はセンシティブな言葉じゃないから配信で言ってもいいんだからね! 撃沈の沈はちんちんとは関係ないから。ん? 「あんま艦長連呼してるとまたBANされるぞ」って、艦長もセーフだからね? 「艦長の浣腸」。ふふふっ。あははっ。……あははははははははっ! くっだらな……。このコメント、何回目? ボケちゃったの? 同じコメント繰り返してるよー。君達、私のことお婆って言うけど、君達がお爺でしょ。……え、あれ、なんの話してたっけ? 「艦長が浣腸の生配信するって言ってたよ」ぉ~? あー。君、新兵かな。ライン越えちゃったね。宇宙漂流の刑に処す! 「なんの話していたか忘れるなんて、艦長、もう……」でも「物忘れは老化の始まり」でもないんよ。いいから、ほら、艦長の話があるって言ってるでしょ。とにかく傾注? 慶弔? けいちょうせよ!』
初手でこれくらい喋っているであろう艦長の言葉数が少なかった。
やはり、昨日起きたこととやらが、尾を引いているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます