バイト先に車が突っこむ

26話 バイトをクビになる

 僕は帰宅し荷物を置くと、アルバイトのためにコンビニへ向かった。


 本当は家に寄らずに直接コンビニへ行く方が近いんだけど、神谷さんと一緒だったから、実は非モテの僕は内心で浮かれていて、少しでも女子と会話したくて家の方に歩いてしまったのだ。


 機嫌良くコンビニの事務所に入った僕は、店長から我が耳を疑うことを聞かされる。


 こういうときのことって、ミミズに水だっけ? 寝耳に水って言うんだっけ?


「あー。上山君。君、二〇日づけで解雇するから、もうシフトに入らくていいよ」


「え?」


 懐古ってクビってことだよね?

 だんだん心臓がバックバク、バク~ッと大きく鳴り始めてきた……。


「店の前で店員がお客様に喧嘩を売っていたってクレームが入ったんだよね」


「えっ?」


「君でしょ。困るんだよね。近隣住民の方の迷惑になられると」


「そんなっ……。喧嘩なんて売ってません。何かの間違いじゃないでしょうか」


「外国の方と揉めていたでしょ?」


「あれは、僕は何も悪く――」


「いいから、さっさと帰ってもらえる? ここにいられると迷惑なんだけど。もう二度と来なくていいから」


「でも、今日のシフトが……」


「あー。それね」


 ガチャッ。


 事務所のドアが開き、知らない女性が入ってきた。


 大学生くらいだ。Mの体格なのにLLを着たような、全身だぼっとした服装の茶髪ピアス女だ。


「ちーっす」


「彼女が今日からアルバイトに入ってくれるから、君は要らないの」


「っすね。店チョー、これがうちの前の人っすか?」


「うん。そうだよ」


「ちーっす。うち、経験者なんで引き継ぎとか要らないんで、お疲れーっす」


「そんな……」


 そんなことってある?


 部活に続いて、アルバイトまでクビ?


「ほら。出て行ってくれないかな。彼女が日中も入ってくれるから、融通の利かない高校生の君はもう要らないんだよ。早く出てってくれないと、警察呼ぶよ?」


 そんな……。僕は警察を呼ばれるほどのことをしたのか?


 高校生男子より、若い女性と一緒に仕事をしたいとか、そんな理由で僕をクビにしたんじゃないの?


「……分かりました。……あの、一応、引き継ぎを」


「うち、経験者だから、マジ、引き継ぎとかいーんで。うちがいた店の売り上げ、地域ナンバーワンだから」


「ふふふ。頼もしいね。君からは私も教わることが多そうだ。ふふふ。色々と教えてあげるから、色々と教えてもらおうかなかな」


「あの、店長。でも、ここってけっこう立地が特殊だから、売れるタイミングと売れないタイミングとか特殊で……」


「あのさ。高校生の君には分からないと思うけど、そういうの、ちゃんとデータがあるから。それに店長の僕の方が詳しいから。君の引き継ぎなんて彼女には要らないの。ほら、さっさと帰って!」


「それじゃあ……。あの、今日はプロレスがあるから、チキンは三〇個――」


「訳の分からないことを言っていないで、早く出て行け! 本当に警察を呼ぶぞ!」


「……分かりました」


 ……理不尽だけど従うしかない。店長は二〇日付けで僕を解雇すると言っていたから、今の僕はまだここのアルバイトだし、店長の指示に従う必要がある……。


「ふふふ。それじゃ君は、ここのロッカーを使うように。君が着替えている間、私は品出しでもしていようかな。あ。机の上にあるのは大事な機材だから触らないようにね」


「分かりました。店チョー」


 僕はロッカーから自作の仕事用ノートを取ると、頭を下げ、事務所を出る。


 ノートにしっかりメモを取って、たくさん覚えて自分なりに頑張ってきたんだけどな……。


 さいわい店内に客はいないから、新人一人でもなんとかなるだろう。


 僕を追い払うかのように、背後のドアから店長が出てくる。手には、おでんの袋がある。これから追加するのだろうか。


 僕は逃げるようにして、早歩きでコンビニを出た。


「今日はおでん、売れないよ……」


 本当に引き継ぎなしでよかったの?


 他の店舗をあまり知らないけど、ここは、本当に特殊な店舗だと思う。


 隣の駅近くに大きなイベント会場があって、そこでコンサートとか格闘技の興行とかがよく開催される。イベントがあると会場の最寄り駅は乗り降りが困難になるから、混雑を避けたい人は一つ離れたこっちの駅から歩く。その人達がコンビニを利用するから、イベントの有無による売り上げの影響が大きい。


 今日は体育館でプロレスの試合がある。体育館の座席は飲食可能だし、会場の売店よりもコンビニの方が安いらしく、一八時前にビールやチキンが沢山売れる。とある客が言っていたけど、プロレスと言えばチキンらしい。

 格闘技の聖地と言われる会場にチキンの名物があって、その影響で、格闘技観戦中にチキンを食べる人が多いそうだ。


 逆に、店長が補充しようとしていたおでんはプロレスの日には売れない。


 おでんが売れるのは男性歌手のコンサートがある日だ。女性客が帰りに買っていく。多分、帰宅してから料理をするのが面倒だからだ。


 それに、おでんは投入タイミングが重要だ。売り上げを大きく左右する。


 女性向けなら温まってさえいればいいので、売れる時間帯の一時間前に投入してもいい。女性は見た目が綺麗で形の崩れていない大根や卵を好んで買っていく。


 けど、男性は歳をとればとるほど顕著なんだけど、出汁がよく染みこんだ黒いものを好む。だから、帰宅サラリーマンや競馬帰りおじさんに売るなら、おでんはお昼に投入した方がいい。


『玉子ない? 玉子。廃棄直前の。おじちゃんの金*みたいに真っ黒なやつ』


 なんて言ってくる酔っ払い客がいることからも分かるように、玉子や大根は黒ければ黒いほど、おじさんに売れる。


 あ、しまった。金*玉子おじさんや、ビールとおでんの金は残す競馬惨敗おじさんや、おでんの出汁でお酒を割るから汁多めおじさんのことは引き継げば良かった……。


 何はともあれ、店長がやろうとしている一八時前のおでん投入は無謀だ。ワンチャン帰宅途中OLが買ってくれるが、今日はプロレスだからチキンがアドだ。


 このように、おでん一つをとっても、考えなければならないことや対処に配慮を要するお客様は多い。だから、新しいアルバイトの人に引き継ぎをしたかったんだけど……。


「今更言ってもしょうがないか……」


 なんか、この状況って、ファンタジー漫画でバッファーを追放した勇者パーティーみたいだな。僕というバッファーを追放したんだから、売り上げが落ちて、ざまぁ展開になればいいのに。


 あ、いや、まだクビにはなってないから、ファンタジー漫画よりかはマシか……。

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