24話  不良先輩、生徒指導室に連行されてて草

 神谷さんと別れたあと僕は教室に戻って鞄を回収し、いつもの癖で間違えて配信部の部室の方へ向かってしまった。


 途中で気づき、Uターン。


(オラがUターンで、オラウータン! こんにちは。上山誠一郎で~す!)


 あっ。いつもの癖で、入室時の挨拶を考えてしまった。


(いつか僕が第二配信部的なのを作って見返してやるからな……。勇者パーティーを追放される付与魔術時の如く再起してやる……! それにしても、あまり早く帰ると玖瑠美に心配をかけるよなあ……。図書室で時間を潰すか)


 僕は図書室に行き、適当に新着図書を手にして読んで時間を潰した。


 下校時刻のチャイムが鳴ったので帰ることにし、廊下を歩いていると、学校に馴染まない人影が視界に入った。


 二月なのにアロハシャツを着た金髪パンチパーマの男だ。茶髪生徒――僕に三〇万円払えって迫った里中先輩――の髪の毛を掴んで引っ張って、生徒指導室に入っていく。

 里中先輩、俯いてて、めっちゃ涙目!


 ドアが閉まるのと同時に野太い男の声で「うちの息子がすみませんでした! 就職先への連絡だけは勘弁してくれませんでしょうか!」と聞こえてきた。デケエ声だ……。


 まあ、覗き行為は未遂だし、大きな処分にはならないだろう。


 僕が三〇万円たかられたことに関しては、向こうが教師に僕の名前を出さなければ黙っておいてあげよう。多分、先輩は三〇万円恐喝の件を隠したいだろうし、僕の名前を出さないはずだ。


 あの人よりも……。むしろ僕的には配信部の方が許せないからな。


 川下先輩の就職が取り消しになればいいのに……。あ。というか、就職じゃないのか。VTuber事務所に所属する個人事業主だから、卒業するけど就職ではない。それじゃあ、学校で問題を起こして停学や退学になっても、本人が黙っていれば事務所に伝わることはない……。

 だったら、炎上して勝手に自滅してくれないかな。なんてことを考えながら、昇降口に向かった。


 昇降口を出て校門手前の丁字路で、右側から来る人と、偶然のタイミングで合流した。


 僕とぶつかっても当たり負けしないパワーを誇る、女子柔道部員の神谷さんだ。


 制服の上に部活用らしきジャージを重ねていて、短髪と相まっていかにも部活少女って感じだ。寒いんだし、下もジャージを穿けばいいのに……。


 今日、最も会話した相手だから、無視するのは気がひける存在だ。

 女子に話しかけるのは緊張するけど、まあ、リアルでも現実でも僕が先輩だし、メロン艦長も『先輩から声をかけるべきっしょー』ってコラボのときとか言うし……。


「お疲れ様」


「ひゃ、ひゃい。上山先輩もお疲れ様です……」


 神谷さんはうつむき気味に、上目づかいで僕を見てくる。


 頬がやや赤い。部活後にメイクをしているのだろうか。


 それとも、冬に頬が赤くなるタイプだろうか。


 僕達は並んで歩きだす。


 神谷さんは僕の方をちらっと見たかと思うと、さっと視線を逸らした。


 なんか様子が変だ……。


 もしかして。


「やっぱり体調が優れない感じ?」


「い、いえ、大丈夫……。です……」


 ん?

 凄い小声だ。元気がない?


「……洗濯当番で適当したこと、怒られたの?」


「あっ……。そ、それは、その……。はい。大丈夫です……」


「練習で失敗した?」


「い、いえ……」


「……なんか、さっきと性格違わない?」


「そ、そそ、そんなことないです」


 神谷さんは指で前髪を掴んで引っ張って、せわしなく弄っている。


「……なんか微妙に遠くない?」


 掃除の時間に会ったときは『距離の詰め方えぐっ。もう友達かよ』ってくらいの真横を歩いていたのに、今はなんか気づいたら三メートルくらい離れている。学校内の広い通路の端と端という、限界の距離だ。

 この距離は、配信の立ち絵だったら『おいおい。ポコラ~。お前、艦長のこと避けてんじゃねえー!』って茶化すところだけど……。


「く、臭いから……」


「ご、ごめん……」


 ぐふっ……。後輩女子から臭いって言われてしまった。めちゃくちゃ心が抉られる。


 知らなかった。僕って臭いんだ。

 妹が洗濯物を一緒に洗うことを拒絶してこないし、寒いときに『重ねるのにちょうどいいし』と僕の服を着たりするから、臭いなんて思いもしなかった。油断していたぜ……。


「ま、まま、待ってください。臭いのは私で……! 部活後なので……! その……!」


「あ、はい」


 そういうことか~っ。でも、めちゃくちゃ返答に困る真相~っ。


 運動部だから冬でも汗をかくのは当然だろう。けど「臭くないよ」って言っても言わなくても失敗な気がする。ここはスルースキルの発動だ。


 ピポンッ♪



 A.「大丈夫。ぜんぜん臭くないよ」


 B.「汗の匂いは頑張った証だから、恥ずかしがらなくてもいいよ」


 C.「臭ッ。もうちょっと離れてくれない?」



 っざっけんな!


 なんなんだよ、このいきなり出てくる選択肢!


 しかも毎回、Cが論外で、実質二択。しかも、ABどっちも、僕が絶対に言わないような台詞がピックアップされてる。くっそ。メロン艦長、助けて……。


 そうだ。メロン艦長だ。こういうとき、メロン艦長ならなんて言う?


 Bだ。艦長は、乗組員の努力を褒めてくれる!


「汗の匂いは頑張った証だから、恥ずかしがらなくてもいいよ」


「え?」


「キザなことを言ってごめん。でも、メロン艦長なら神谷さんの努力を褒めてくれるよ」


「……はい。ありがとうございます!」


 掃除の時の元気な声に戻った神谷さんがスキップするように近づいてきて、隣を歩き始める。


 とはいえ、掃除の時間よりかはやや距離が遠い。


 僕が女性VTuberだったらここで「くっさ! お前、くっさ!」と狼狽えて、オチをつけて笑いを誘う場面だ。


 しかし、空気が読めない僕でも、リアル女子にそんなことは言わない。実際、別に臭くないし。

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