22話 僕は後輩ちゃんを抱きしめる
「……あの」
「なんです?」
「……やっぱ、なんでもないです」
「敬語やめてくださいよー。私が玉城先輩に怒られます」
いったい誰が玉城先輩かは分からないけど、そんな、怒ったら怖そうな人はいなかったけど……。
僕は周囲を見る。
遠くにしか人はいない。小声で話せば聞かれない距離はある。
恥ずかしいけど、今を逃したら他に機会はないだろうから正直に言うか。
「先輩達に伝えてほしいんだけど……」
「部室にいた先輩達は二年生だから、先輩から見たら先輩じゃないですよ。先輩の同級生です」
「あ。はい。なら、さっきの人達に伝えてほしいんだけど……」
「はい?」
「僕、実は覗きを阻止したわけじゃなくて、あそこで、不良に絡まれていて……。それで、誰か人を呼びたくて、なんでもいいから大声を出そうと思って。だから、覗きを阻止したわけじゃなくて。感謝されると、めちゃくちゃ後ろめたい」
「えっ。じゃあ、里中って先輩は覗き冤罪ですか?! 先生に相談した私達が悪いことしちゃった感じですか?!」
「あ、いや、それは大丈夫で……。里中先輩は僕をド突いて三〇万円も要求したことを隠すだろうから、多分、痴漢未遂をした方を認めると思うし……。あ、いや、痴漢とたかりゆすりのどっちの罪が重いか分からないけど……」
カキーンッ!
唐突に運動場の方から鳴り響く快音が、僕の言葉を切り裂いた。
後輩女子が反射的に振り返り、同時に、野球のボールが僕達の方に勢いよく飛んでくる。
振り返る動作途中の後輩女子にボールを避けられるとは思えない。
「危ない!」
僕は後輩女子の肩を掴んで抱き寄せて半回転し、庇う。
(体のどこかに当たってくれーっ!)
実況プレイで人気のサッカーゲームに出てくるゴールキーパーのような台詞を脳内で叫びながら、僕は後輩女子を護った。
ドゴッ!
ボールは僕の後頭部に激突。
……痛くない?
痛みを覚悟したが、なんともなかった。
咄嗟のことで忘れていたけど、そういえばゲーム仕様が適用されているらしく、痛みがないんだった。
あ。視界下にあるハートマークが一つ消えた。
いや、そんなことはどうでもいい。
ヤバい。女子に抱きついてしまった。これは言い訳不可能な、確実な痴漢行為だ!
申し訳なさとか、羞恥とか緊張とか、失敗に対する自責の念とか色んなものが顔面で燃えてる。顔が熱い!
僕は慌てて離れ、テンパったテンションで謝る。
「ご、ごめん!」
「い、いえ……。それよりも先輩、頭は大丈夫ですか!」
「定番の台詞来たーッ!」
僕のテンションはおかしいし、後輩ちゃんもちょっとおかしくなってる。
「わ、わわわ。ごっ、ごめんなさい。そういうつもりじゃなく。頭、大丈夫ですか?!」
「大丈夫だ。問題ない!」
「たまに配信者が言ったりコメントに書かれたりする言葉! 元ネタ分からないから、先輩が本当に大丈夫なのか、分かりません……!」
「ふっ。乗組員なら誰だって部下を護るものさ。俺だってそうする……」
「でも、ボールが思いっきりパコーンって」
「そ、それよりもいきなり、ちゅっ、抱きついちゃって、ごーめーん♪」
「で、でも……」
「そ、そこは『急に歌ってキショッ』って言ってくれないと……!」
顔面真っ赤な後輩女子は目を潤ませていて、感情ごちゃ混ぜ状態みたいだし、なんだか逆に申し訳なくなってきた。
ピポンッ♪
びっ、ビックりしたーっ!?
変な音が聞こえたと思ったら、大きなチャットメッセージが眼前に表示された。
いや、違う。RPGの会話イベントで出てくるような選択肢だ。
A.「君が怪我をしなくて良かったよ」
B.「助けるためとはいえ、急に抱きついてごめん」
C.瞳にたまった涙を指でそっと拭いてあげる
なんだよ、この選択肢!
待って、どうしよう。Aが点滅している。
ストップウォッチらしき物の針が、ゼロに向かって動いている。
選ばないと、Aにされちゃいそうだ。
いや、しかし、Aのままでいいのか?
Cは論外だからAかBなんだけど、抱きついたことを蒸し返したくないから、ここはAだ!
「君が怪我をしなくて良かったよ――」
うっっ、わっ。勝手に口が動いた。
「――可愛い顔に傷がついたら大変だからね」
まって。なんか、選択肢の続きらしき台詞まで、勝手に喋っちゃったんだが?!
やめてくれ。恥ずか死する!
僕はこんなこと言わない!
えっ……?!
後輩女子の頭の上に、ピンク色のハートが一つ出現した。
体力が残り一って……コト?!
なんで、いきなり瀕死なの?!
僕の台詞が気持ち悪すぎた?!
「ねえ、ボール、君にも当たったんじゃないの?! 僕に当たったあと、跳ね返ってガンッて」
「え? あっ、だ、大丈夫です。先輩が庇ってくれたから」
女子はプルプルプルっと勢いよく首を振った。
顔が赤いし、息を荒くしている気がするし、挙動不審になっている。
疲労状態か?
体力が減っているのか?
いや、顔が赤いのも息が白くなるのも、冬のあるあるだから、気にしなくてもいいのか?
「どこか痛いとか、苦しいとかない?」
「へ、平気です。な、なぜか胸がドキドキしているけど……」
「大変だ! やっぱり何処か打ったんだ。保健室に行かないと」
「だ、大丈夫です。駆けこみしたくらいの感じですし」
「本当に? 練習のしすぎて疲れているんじゃないの? 休んだ方がいいよ」
「本当に大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
レッドベリーを食べてもらえば回復するんだろうけど、いきなり初対面の男から果物を手渡しされたら気持ち悪くて絶対に食べない。
僕には心配することしかできない……。
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