21話 謎のモテ期で調子に乗る
「ねー。ほら、唾液は冗談だし食べなって。いっぱいあるし。むしろ体重を増やしたくない女子に協力すると思って」
「あ、はい。いただきマッスル」
「ぶふーっ!」
僕がVTuberの決め台詞を口にしたら、背後で後輩女子が噴きだした。
「よかったね。牛乳、口に含んでなくて」
僕は首だけ振り返り、これまた、切り抜き動画が作られまくった名シーンの台詞を口にした。
ビシビシッ!
後輩女子は顔を真っ赤にして僕の背中に猫パンチを連打してきた。
この子は絶滅危惧種の暴力系ヒロインなのだろうか。いや、違う。笑いの衝動を堪えるのに必死で、手脚をバタつかせているんだ。……こいつ、笑いの沸点が低い。
「ねー。いただきマッスルってなにー?」
と下着女子が言うと、残る三人がなんと――。
「いただきマッスル」 × 3
奇跡のハモりを起こした。
「あははははははははっ!」
後輩女子が盛大にゲラ笑いをし、僕を突き飛ばした。
一緒に爆笑して不自然な姿勢になっていた僕は簡単にバランスを崩してよろめき、ロッカーにぶつかった。
「す、すみません!」
後輩女子が慌てて謝ってきたから、僕はまったく気にしていないことを、次の言葉でアピールする。
「おそろしく強い手刀。オレでなきゃ吹っ飛んじゃうね。――まあ、吹っ飛んだんだけど」
この時の僕は完全に、人生初のモテ期到来と錯覚して調子に乗っていた。
女子と和気藹々としていたから、色々と感覚が麻痺っていた。
数秒後の未来なんて、予期できるはずがない。
ギイイッ……。
僕がぶつかったロッカーの隣の扉が、軋みながらゆっくり開き始める。
かと思ったら、扉は急に勢いよく開け放たれ、中から何かが雪崩のように溢れだしてきた。
それは大量の、胴着やシャツやスパッツ、ブラジャーやパン――。
明らかに下着女子が身につけている物よりもセンシティブな物が出てきた。
僕は超高速で視線を逸らした。
もう、怖くて女子達の顔は見れない。
「ちょっと! 何でこんなところに! 片づけてって言ったでしょ!」
「洗濯当番、誰?!」
「いいから片づけて!」
女子がわちゃわちゃと騒ぎ、ロッカー前に殺到して散らかった物を拾い始めた。
不可抗力とはいえ、僕は覗きみたいに悪いことをしているのではないだろうか……。
「あ、あの……。チョコレートありがとうございました……」
僕は小声でお礼を言うと、気配を消して(そんなスキルはないが)、そーっと退室した。
ヤバかった。
もう、とにかくヤバかった。
いったい、なんだったんだ、今のイベントは。普通に混乱が収まらない。
人生最初で最後のモテ期というかラブコメというか、とにかく、すんごい。
僕は武道場を出ると、校舎に向かって歩く。
とたたたっ……。
誰かが近づいてくる。
まさか、今度こそ覗き疑惑か痴漢疑惑で捕まるのだろかと一瞬不安になるが、誰かは僕の隣を歩きだす。
後輩女子だ。部活には参加しないのだろうか。
「教室に鞄を取りに行くんです」
僕の心を読んだわけでもあるまいに、知りたいことを教えてくれた。
「えっと……。僕はよく見ていないから分からないけど、何かが散らかったみたいだけど、片付けを手伝わなくていいの?」
「それが……。手伝うべきなんですけど、犯人捜しが始まったら怖いんで。いったん退避です」
「女子柔道部の人ーっ。犯人見つけましたーっ!」
僕は驚いた顔をし、小声で叫んだ。
告発も密告もする気がないので、あくまでも隣にしか聞こえないほどの小声だ。しかし、声質には必死の絶叫感を混ぜた。
気分的には、宇宙船の中で殺害現場を目撃して、緊急通報ボタンを押しに走るクルーだ。
「もー、やめてくださいよ……。怒りマッスル!」
後輩女子は両腕をあげて、マッスルポーズ。小柄な女子がやるとシュールだな……。
僕は姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「あ、はい……。ごめんなさい……」
「ちょっと! 笑ってください。私が滑ったみたいじゃないですか!」
「……みたいというか、マジガチで滑り散らかしたのでは?」
並んで歩くため相手の顔を見る必要がないからか、後輩だからか、同じ趣味だからか、自分でも驚くくらい話しやすい。
もしかして、異性との会話スキルをユウに鍛えられたのかなあ。
だから、言うか。朝の覗き騒動の真実を……。
いや、けどなあ。
話しやすい相手だけど、話しにくい内容なんだよなあ。
でも、言っておいた方がいいんだよなあ……。
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