20話 女子集団と楽しく雑談?!

 学校でも艦内でも先輩の僕は、精神的圧倒的優位に立ったはずだが、次の瞬間、背中に冷たい物を感じる。


「先輩。私がさっきのカードを拾ったの、実は朝です」


「朝?」


「先輩、朝、女子柔道部の更衣室の横に来ていましたよね?」


 くそっ、はめられた!


 カードは掃除中ではなく、不良にしがみついたときに落としていたんだ。


 僕は女子に誘導されて、今朝あの場にいたことを自らバラしてしまった。


 なんか、ヤバい流れだぞ。


 掃除道具を片づけ終えた僕は、口を閉ざしたまま、昇降口に向かって歩きだす。


 後輩女子も目的地は同じだから、僕の横にピッタリくっついてついてくる。


 ヤバい。この距離、さっきは友達の距離だと思ったけど、違う。


 これは犯人を逃がさない警察の距離だ……!


 無言の緊張に耐えきれなくなった僕は、自ら話しだす。


「い、いつも同じ場所を掃除しているから……。カードは昨日、落とした……」


「さっき私が『犯人を捜している』って言った時、先輩は『囲まれたら危ない』とか『女子でも五人いれば不良四人に勝てる』とか言ってましたけど、おかしくないですか? なんで犯人が四人だって知ってるんですか?」


「……ッ!」


 こいつ、柔道女子のくせに(偏見ごめん)知略タイプだ!


 僕は少しでもこの会話――いや、既に尋問になっているかもしれない――から逃げたくて加速する。


 ガッ!


 僕は三叉路を直進して昇降口の方に戻りたいんだけど、後輩女子が肩で僕の二の腕を押し、強制的に進行方向を右に変える。


 小柄なのに、なんてパワーだ!

 太ももにロードローラー、巻いてんの?!


 抵抗して密着するわけにもいかない僕は、武道場の方へ誘導される。


「こっちです」


 後輩女子の笑顔が逆に怖い。


 僕は導かれるがまま、武道場に入る。


 階段を上って左に曲がり短い廊下を少し進んだ。


「どうぞ。入ってください。さっきメッセージを送ったから既に先輩達も待っているはずです」


「……」


 入れって言われても、女子更衣室の気がするんだけど。


 人目に付かないところでボコられるんだろうか……。


 うちの高校は帰りのショートホームルームが終わったら掃除の時間になり、掃除が終わったら部活に行くか帰宅する。だから、もう教室に生徒全員が集まることはない。僕が掃除から帰らなかったとしても、誰も気にしない。


 僕は背中を押されて、女子更衣室に強制的に入室させられた。


 ボコられるのは怖いし、この場を写真に撮られたら人生終了だ。


 中入った瞬間、終わったわ……。


 ピッピ、プピピー、プピピー、プピピー……。


 頭の中に間抜けなリコーダー音が聞こえてくる。


 けど、恐怖で瞼を閉じた僕に聞こえてくるのは、予想外の明るい言葉。


「お。来たな。君かー。ありがとー」


 ……?


 なんか歓迎ムードの声?


「なんで目ぇ、閉じてるのー」


「着替え中だって勘違いされたんじゃないの?」


「ほらー。だから言ったでしょ。別の場所がいいって」


 ……?


 なんか知らない声の女子が和やかな雰囲気で喋っているぞ。


 僕が恐る恐る瞼を開くと、四人の女子がいた。


 そのうちの一人は長椅子に座っており、「それってスポブラと呼ばれる一種の下着では?」と言いたくなるようなものを着ており、下も「それは下着ではないのか?」と言いたくなるようなピッチリとしたスパッツのような物を穿いている。昨日のユウとどっこいどっこいのセンシティブの気がする……。


 下着姿にしか見えない人から視線を逸らしつつ、僕は状況に身を任せる。今はドゥーではなく、ケンだ。


「君が覗きを止めてくれたんでしょ」


「……!」


 そういうことか。


 僕は覗き犯だと誤解されていたわけではなく、犯行を阻止したと思われているんだ。


 でも、だからって、なんで女子更衣室に……。


「変なところに呼びつけて悪かったね。ほら。これ、内緒だから……おいでよ」


 恐る恐る見てみると、下着の人が手招きしてる。怖い。


 間違いなくトラップだ。


 ラブコメみたいに、女子に顔を抱きかかえられて「む、胸が……」なんてことが起こるはずがない。


 僕が近づいたら、強制的に体を触らせて、その瞬間を写真に撮って脅すとか?


 既に録画……いや、生配信されている?


「えっと……」


 僕は怖くて近づけない。


「えー。甘い物、苦手ー?」


 甘い物?


 カラカラ鳴ったからなんだろうと思って見てみると、下着女子はチョコレートの箱を僕の方に差しだしていた。


 さらに見ると、下着女子が座っている長椅子には手提げの紙袋が置いてあり、チョコレートらしき箱がたくさん入っている。


「もらい物でごめんだけど、ほら、お礼だし食べて。たくさんあるし」


「女子からめちゃくちゃモテてチョコもらう女子、漫画あるあるのやつーっ!」


 ……ッ。しまった。


 安堵して気が緩み、空気を読まずに突っ込んでしまった。


「えーっ。何それ、あははははっ」


「正解! こいつ、あげたのゼロ、もらったの二〇超え。あははははっ」


「あげるチョコが余ったんじゃなくて、もらったチョコだってよく分かったね」


「あー。僕が一年だったときの三年にもいたから。女子にやたらとモテる女子……」


「それそれ、こいつ、そういうタイプ」


「ちなみに私もあげましたー。しかも手作りの本命ッ」


「やーめーろーよ。お前と寝技の練習、できなくなるだろ!」


「ほら、君も私がこいつにあげた手作りチョコ食べなよ」


「え? いいんですか?」


「大丈夫。変なもの入れてないし。入れたの、唾液くらい?」


「おーまーえーなー!」


 女子がじゃれあいを始めた。


 あれ。女性Vのオフコラボ配信みたいに和やかな雰囲気だぞ。


 この僕が、仲良し女子グループに普通にゲスト参加できてる。

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