19話 この子、まさか、艦長のファン?!

 スッ。


 女子が手を伸ばしてきた。


(……なんだ、この手は。まるで、立ち上がるのを手伝うから、掴まってくださいとでも言いたげな……)


 僕は女子の手を取らず、独りで立ちあがる。


 いや、まあ、女子に触れるは恥ずかしいよ。


 手の行き場に困ったのか、女子は左手で僕の右手首を掴み、右手で僕の手の平をはたいてきた。同じように左手もとられ、はたかれた。


 埃を落としてくれたらしいけど、いきなり女子に手を触られてしまった僕は、軽く行動不能に陥る。


 その間に女子は姿勢を低くし、僕の膝もはたいた。


 既に分かってしまった。この子は優しい良い子だ。


 まずい。僕は女子に免疫がなさ過ぎるから、たったこれだけのことでも、好きになってしまう。それが態度に出たら気持ち悪がられる。


「痛いところないですか?」


「うん。それはそうと僕のキモさが滲み出てしまう前に離れてくれ。君みたいな性格の良さそうな子からは嫌われたくないんだ」


 やっちまったー。キモいこと口走ってしまったー。


「え? 先輩キモいんですか? 大丈夫ですか? 保健室に行きますか?」


 めっちゃ良い子じゃないか。キモいの意味を誤解して心配してきたぞ。


「遠慮なく言ってください。上級生に怪我させたなんて知られたら、私が先輩に怒られちゃいます」


「あ、うん。平気」


 やけに先輩後輩の上下関係を意識しているしパワーもあるから、この子は体育会系の運動部っぽい。


 掃除の時間は有限だから、僕は箒とちりとりを手に取り、ゴミ捨て場を目指す。


 後輩女子は僕の真横を歩く。親しくなるイベントなんて発生していないと思うけど、友達の距離に来られてしまった。


「ねえ、先輩」


「はい……」


「今朝、武道場に居ました? さっき先輩が掃除していた辺りです」


「……?!」


 なんでそんなことを聞くんだ。


 ま、まさか、この子は今朝の犯人を捜している?


 僕が痴漢一派だと思われてる?!


 窓が開いたときに僕は這いつくばっていたし、背を向けたまま立ち去ったから、女子更衣室側からは僕の顔は見えなかったと思うけど……。


「武道場には、掃除の時しか、行かないよ」


「そうですか……。あそこって女子柔道部の更衣室なんです」


「そ、そうなんだ。知らなかった」


 やばい。声がうわずってる。落ち着け……。


「今朝、男子が覗こうとしてたんです」


「……?!」


「で、今朝から犯人を捜しているんです」


 すげえ。さすが体育会系。よく自分達で犯人捜ししようなんて発想が出てくるな。


「危ないからやめた方がいいよ」


「大丈夫です。私、強いですし。全中女子の個人四〇キロ制覇してます」


 全中女子というのはよく分からないけど、四〇キロって階級だよね?


 体重が四〇キロって……コト?!


 女子の体重なんて知らんけど、さすがに軽すぎるのでは?

 あ、いや、Vが運動系のゲーム実況で、体重バレするときは四〇キロ台だから、普通なのか?


 さっき激突したとき、僕の方が負けていたから、パワーは強いのか?


 でも――。


「囲まれたら、危ないと思う」


「大丈夫です。先輩達も犯人を捜しているから、大声で叫べば助けに来てくれます」


「あ。そうなんだ……。柔道部って何人くらいいるの?」


「五人です」


「なるほど……。相手が男子でも五対四なら勝てるのか……?」


「……あれ。おかしいですね。私、覗きが男子だなんてひとことも言ってませんよ?」


「誘導尋問下手くそすぎん?! 普通、女子更衣室を覗くのは男子だよね?! それに、『男子が覗いてた』って言ってたでしょ?」


 あ。やべ。ちょっと、微圧を込めて突っこんでしまった。


「女子だって女子の着替えに興味ありますよ」


 その話、詳しく……!


 僕達はゴミ捨て場についたので、ゴミを放りこむ。


「……あっ! そうだ! 先輩、これ、落としました?」


 女子はポケットから何かを取りだして僕の方に差しだしてくる。


 それは今朝生徒手帳に挟んできたVTuberカードのメロン艦長だ。


 さっき女子とぶつかったときに落としてしまったらしい。


 しかし「アニメのカードを学校に持ってくるなんてキモーい」と言われたらどうしよう。


 いや、何も恐れるな。メロン艦長を恥じるな。


「うん。僕の」


「メロン艦長、いいですよね」


「……!」


 カードのイラストを見て、これがメロン艦長だと分かったということは、この子は乗組員?


 いや、待て。乗組員といっても、ライト層の新兵かもしれない。


 裏面の文字を読んだだけの可能性もある。


 それに、メロン艦長は業界トップクラスの知名度を誇るから、VTuberに興味がない人でも名前を知っているかも……。


「私、船室紹介コーナーに投稿して、配信で紹介されたことあるんですよ」


「マ?!」


「はい。中学の時に『中学生のメスです。明日、柔道の試合があります。応援してください』ってコメントしたら『頑張れっ。柔道強い人って整体師とかなるよね。いつか私の体、気持ち良くしてね』って言ってくれたんです。優勝しました」


「自分のことメスって言うな……!」


 いや、というか、このノリ、こいつは本物の乗組員だ。


「……メンシ、入ってる?」


「軍曹です」


 女子は自慢げに言う。


 メロン艦長のチャンネルのメンバーシップは、加入期間によって軍隊風の階級が与えられる。


 二等兵から始まり、一等兵、軍曹という順に昇級していく。軍曹なら、二年以上メンバーシップに入っているはずだ。


「うわっ。マジでJK乗組員なんて実在したんだ……。艦長のファンって、おっさんしかいないと思ってた。たまに『女性ファンもいるんよ』って言ってるけど絶対嘘だと思ってた。男の僕でも艦長の歌枠とか九割分からないんだけど、分かる?」


「先輩、めっちゃ早口になってる」


 女子との会話に緊張していることがバレバレで恥ずかしいけど、僕は胸を張り、可能な限り偉そうに言う。


「私は上官だよ。口の利き方に気をつけたまえ」


「上官?!」


「私は大尉だよ」


「大尉ッ! 最古参の乗組員じゃないですか。失礼しました! どうぞ、これをお受け取りください」


「うむ。確かに受けとった」


 僕は、カードを受けとり胸ポケットにしまった。


 別にファンの間に上下はないけど、艦長のコメント欄ではこんな感じでふざけて上官と部下みたいな関係で交流することがある。そのノリを持ちこめば、もう、僕がこの女子に緊張する理由などない。


 ありがとう。艦長。

 艦長の配信を聞いていた御利益で女子と仲良くお喋りできました。


 僕達はゴミ捨て場から数メートルほど離れた倉庫に、掃除道具を片づけに向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る